あれでいて姉たちは、とても弟を可愛がっていたようです。※
姉たちはどうしてもと言いながら益徳と話をすると残り、孔明は家に残ってくれている義兄たちに挨拶に出向く。
弟の姿が家の中に消えると、一瞬にして表情を変え、益徳を睨み付ける。
「……琉璃を追い詰め、亮を出仕に追い込んだ貴方方を、私たちは一生恨むわ」
淡々と紅瑩は告げる。
「亮は頭は回るわ。でも、少し……ううん、かなり懐が広すぎるのよ。琉璃の事を引き取ったのは許せるわ、琉璃は本当に幼くて怯えていて亮にしか懐かなかった。亮しか抱き締めてあげられなかった。全てに怯えて、亮が『大丈夫だよ』『安心して』『大好きだよ』と囁いて……それでも夜は一人で眠れず、夜泣きしてこの家や庭、光華のいた厩に行って泣いている……。全てを恐れてただ、何もかも失った琉璃に名前を与え、家を与え、全てを与えたのは亮なの!! 」
「それなのに、ようやく幸せを手に入れた琉璃を、ささやかだけれど畑を耕し、炊事洗濯、掃除、裁縫、刺繍に舞踊、歌に可愛い衣装に装飾、コロコロと笑うようになったわ。亮の後ろでびくびく怯えるだけだったのに、私たちにすら笑って、『今日はこういうことを習ったんです』『士元お兄さまのお話が難しくて、首を傾げていたら、旦那様と元直お兄様に教えて貰いました』『今日は、一緒に散歩に行きました。お花が綺麗だったです』……キラキラ目を輝かせて嬉しそうに報告する琉璃に、私たちは喜んだわ。手の武器を持った時に出来るたこが無くなって、別のたこが出来るのが嬉しかったわ。なのに、琉璃の、亮のささやかな、本当に小さな幸せを奪った!! 」
晶瑩は一歩前に出る。
「過去を忘れ、諸葛家の嫁として生きてきた琉璃と、ささやかな幸せをようやく手にした亮を、地獄の底に追い落とし、琉璃には私たちを人質に、亮には琉璃や元直どのを人質に……腐ってるわ!! 」
「……亮の懐の広さも悔しいけれど、琉璃の事を利用したことと、元直どのまで巻き込んだのは赦せない!! そして、家の義弟……季常と幼常……敬兄と口先では言いながら、元直どのや亮と琉璃と均に士元どのを売ったあの二人は、諸葛家を侮り、馬鹿にし、そのような方法でしか取り入ることしか出来なかった。二人の馬鹿さ加減に呆れを通り越して憐れみたくなるわ」
「本当。毒しか盛れない馬鹿と、兄に追随するしか出来ない、依存するだけの弟!! 」
はっ‼
と、女性だが、男らしい強い口調に、益徳は感心する。
愚かな女性を何度も見ていた益徳だが、この二人は女性だが、愚かどころか彩霞……いや、瑠璃と呼ばれている義姉である女性や、嫁とほぼ同等の知恵者である。
流石、孔明の姉と言えよう。
益徳は、言い訳はしなかった。
ただ聞き入る。
「そんな馬鹿しか雇えない、部隊なんてたかが知れてるわ!! 」
「そうね!! あの瑠璃姉上様を妾に貶めるようなのが筆頭武将? 片腹痛いわ!! 家の亮を扱える訳ないじゃない!! そんな下の下の皇叔? 萎縮じゃないの? 」
「それよりも狂人よね」
「大人しく出来る訳ないじゃない。亮は普通の大人しい竜じゃないんだから!! 絶対、扱える訳ない。まだ、瑾兄上の方が扱いやすい位よ。馬鹿よねぇ……」
けらけらと楽しげに笑う。
「えと……お伺いしても、良いですかね? 」
益徳は、ようよう口を挟む。
「あの……普通の竜じゃないと言うと……」
「あら、知らないのかしら? 亮は懐の大きい、温厚さを表に出しているけれど、本性は心が狭いし大切だと決めた物を奪われたら、暴れ狂う竜……世界を壊す竜よ。だから、兄は足手まといである私たちや弟を足枷にしたの。戦の虚しさ、苦悩、苦難に屈して狂っていかないよう……。でも、私たちはここに逃げ込んだ先ですでに行き遅れと揶揄され、徐州から逃げ込んだ戦災孤児。諸葛家は名家ではないけれどそれでも、亮は一軒一軒回り、私たちに嫁ぎ先を探した」
「そして、均も嫁を娶ることが決まりつつあった。足枷がなくなりつつあったのよ」
瓜二つの姉妹は、益徳を見る。
「足枷になってくれたの、琉璃が。あの子が竜にとって、亮にとって『龍珠』、『如意宝珠』……。その竜が大事にしてた『龍珠』を奪ったのは貴方方」
「亮を怒らせた!! 眠りを欲したのは世界を破壊し尽くさないように、そう願ってきた亮から『龍珠』を奪い、逆鱗に触れたわね……亮は、琉璃を探していた時に宣言したそうよ。琉璃を奪った者にはそれ相応の報いを受けさせると……」
「……!! 」
「……覚えておかれることね……。亮は、必ずやり遂げるわ」
「貴方は、亮が仲良く出来る良い方のようだから、忠告しておくわ。逃げることをお勧めするわね」
真剣な眼差しに、益徳はその言葉が冗談でなく真実であることを知る。
「張益徳さま。弟たちをよろしくお願いします」
「亮が壊れることのないように……琉璃たちをお願いしますね」
二人は頭を下げる。
「わ、解った。私が、必ず引き受ける!! 出来うる限り……努力する」




