戦いは、兵の数よりも、策略と士気が高い方が勝てる可能性が上がります。※
その日の夜、曹孟徳軍が進軍を始めていると偵察部隊の報告が入る。
翌朝、広場に集まった軍は大きく4つに分かれる。
主軍である、玄徳率いる騎馬部隊を含んだ小部隊。
この部隊は特別な場合以外は動かすことはない。
つまり日より見部隊である。
そして、一番大事なのは、今回の策略に最も重要な部分を任されている囮部隊。
率いるのは関雲長と、季常である。
しかし、雲長が恥ずかしい理由で怪我をしたことは、前妻との離婚騒動と共に知れ渡っており、怪我を押して出陣する姿は、いつになく小さく感じる。
その横には、前日のうちに馬に乗る特訓をさせられ、おしりの痛みに泣きわめく関平とその補助役として幼常。
ちなみに実は季常は一人で馬に乗れず、輿などあろう筈もなく、ガタガタと揺れる荷馬車に何度も吐きながら現れた。
そんなおかしな様子を別部隊の兵は失笑し、嘲笑する。
それに、部隊の人間は耐えられず、戦意は落ちる。
元々気位の高い雲長が集めた、精鋭部隊である。
その自負に自尊心を、次々と貶めるのが当の雲長であり、雲長の気位の高さのみと美貌……しかし、兵士に落とされてからは罵声に、泥だらけ、そして媚びるような仕草に、度々怠けては、脱走、逃亡と迷惑ばかりをかける元お嬢様にうんざりである。
そして、参謀を名乗る白眉という別名を持つ男は、策略に固執する。
だが、それはただ一つのみで、何かあった時の予備の策を、幾つも次の手を考えておらず、固執した策が成功しないと怒り狂い、怒鳴り散らす。
そんな暇があれば次の策を、簡単な手でもいい考えて欲しいというのに…それで、部隊は士気が落ちていく。
その代わり極端に士気が上がったのは、第三の部隊、囮が成功した時に伏兵として中間部を攻める部隊である。
しかも、諸葛孔明と言う新しい参謀の率いる部隊である。
最初は士気が低かった。
元直はともかく、孔明はあの季常の敬兄だという。
季常ははっきりいって軍の者を見下し、人と見ないような所があった。
今度来た彼も同じように見たのである。
その上、 本来の主将となる趙子竜と言う将軍は、実は女性であり孔明の妻であると言う。
本来ならば、戦に出て当然なのだが身ごもっており、出ていない。
普通そこで士気は下がるのだが、戦に出ない代わりに、ゆっくりとではあるが、馬に乗り戦場に現れたのである。
長い髪は黄金色で、簡素に纏められ、小さな軽い鎧のような衣を纏い、ニッコリと微笑み手を振る。
夫にのみ振ったのかと思いきや、近づいてきた黄金色の小柄で驚く程柔和で愛らしい武将は、夫の手を借りて馬を降り、部隊の兵に頭を下げる。
「皆さん、7年ぶりに復帰しました。趙子竜と申します。若輩の上、女……そして身籠っている為に、皆さんと共に戦えませんが、傍にいて、皆さんと同じ思いを分かち合いたく思います。今日の闘いは、だ……諸葛孔明殿から伺ったかと思いますが、この部隊はとても重要な部分を任されています。しかも、初采配を振るう孔明殿の策略が勝敗を分けるものとなるでしょう!! ですが、この方は『臥竜』!! 雲を得れば空を駆ける竜。そして私の字は『子竜』!! 二頭の竜が貴殿方と共に勝利の空へ駆け登って行く事を約束いたします!! 皆さんも、私達を信じついてきて下さい!! 大丈夫です!! 『臥竜』は目を醒ましたのです。信じて下さい!! 」
コロコロとした可愛らしい声だが、部隊の者の耳にしっかりと届く。
「ねぇ、りゅ……子竜将軍? 」
小柄な将軍を抱き上げるのは、細いが別部隊の将軍益徳と同じ位、長身の青年孔明。
驚いた事に、まだ若いというのにほぼ総白髪である。
「そんなに『臥竜』『臥竜』って連呼しないで。そこまで大袈裟にして、後は失敗したって事になったら、恥ずかしいでしょう? 」
「だって、だ……孔明殿の『臥竜』と、私の『子竜』……同じ竜がついていて、嬉しいんです」
「じゃぁ、土の竜って書く……『土竜』でいいと思うんだけど? 」
「駄目です!! もぐらさんでは一緒に行けないじゃないですか。一緒に……」
うるうると潤む瞳は空の青。
孔明は微笑む。
「分かってる……解っています。子竜将軍。私の『臥竜』と言う別名は貴女と共にある為の証なのでしょう。部隊の皆さんにも誓います。私は子竜将軍の為に策を献じ、皆さんの為に共に戦いましょう。私は、皆さんと共に戦う同士です。仲間です。上から押し付けるような策を作る事はせず、皆さんと戦い、皆さんの戦い方を見て、次の策を伝えます。お願いします。共に戦い、勝利を竜の姫将軍の為に!! 」
上から目線の季常とも、近くに来て献策を行う元直とも違い、共に戦場に立つと言う新しい参謀に、部隊は一瞬静まり返ったが、次の瞬間わぁぁっと割れんばかりの歓声が上がる。
「我らの竜の将軍に勝利を!! 」
「そうだぁー!!美しい戦女神に捧げろ!!勝利を!! 」
「そして、竜軍師どのに勝利を!! 」
「そうだ!! 我らの軍の参謀と将軍に間違いはない!! 我らは二頭の竜が守って下さる!! 」
次々と声が響き、広がっていく。
みるみる士気が上がっていくのを隣で様子を見ていた益徳は、にやっと笑う。
「もぐらは反対したが、琉璃の決断は正しかったってこった。あいつは、知ってるからな。士気は生き物だ。上の行動いかんで上がり下がりする。もし、もぐら一人入っていっても、季常のせいで不協和音の隣の軍と同じになっただろうぜ」
「でも、孔明のいつものぼけ……と言うか、益徳どのの軽口のお陰で、親密さ……親しみ易さも感じられて、好感も得ましたよ。最強ですね。殿の想像以上に」
「……まぁ、まずは勝てればいい……。あの士気の低い軍が迷惑さえかけねえといいけどな」
益徳の心配が現実となるとは、周囲も、本人すら、思いもしなかったのだった。




