もうすでに孔明さんはイロイロと動き回っていたようです。※
玄徳は、雲長と驪珠、季常、幼常を連れて、益徳の屋敷を出ていった。
そして、ゴタゴタを何とか押さえ込んだ益徳の屋敷で、夕食と摂ることになったのだが……。
「おい、こら……何だそりゃ!! 」
益徳の声に、孔明は顔を上げる。
「はい、何ですか? 益徳どの」
「その食事風景は何だ!? 」
「いつもの事ですが、何か? 」
膝の上に乗せた琉璃にあーんと食べさせながら、首を傾げる。
「普通の家の光景ですよ? あぁ、本当は片膝に琉璃、もう片膝に息子を乗せて食べてます。片膝が寂しいですね……」
「おい、月英!! 元直!! 黄承彦どの!! これが、本当に普通なのか!? 」
益徳の示した先で、イチャイチャしている夫婦を見て周囲は、頷く。
「えぇ、そうです。何時もの事です。7年前からこれですよ」
月英は真顔で答え、元直は苦笑する。
「琉璃も、孔明と住み始めた頃からこれなので、益徳どのや美玲どのもご存じのとおり不器用なんですよ。一人での食事は」
「食事の仕方教えなかったのか……!? それとか、裁縫とか……」
愕然とする益徳に、元直は首を振った。
「その点は琉璃は器用で、炊事、料理、裁縫、洗濯、畑仕事に、学問に馬の世話等も幼常以上に修めてますよ? ねぇ、月英? 」
「まぁ、女性としてのたしなみも、孔明の姉達は全く無理でしたけど、琉璃は器用で出来の良い妹ですよ。私に似て美人ですからね、それに性格は彩霞さまに似て、穏やかでいて芯の強い娘ですから」
「逆に教えれば教える程に吸収してしまうので、孔明が逆に拗ねた……と言うより、甘えてくれないのは嫌だとか言い出して、嘘を教えたんですよ」
溜め息をつき、首を竦める。
「で、孔明の弟や月英が結婚した時に、ようやく琉璃が気づいて……でも、もう遅かったと」
「遅すぎだろ!? 琉璃」
突っ込む益徳に、モコモコと頬張っている琉璃を抱き締めた孔明は、
「良いんです!! 私の一番の特権ですよ!! 夫が嫁を抱っこして何が悪いんですか!! しかも、私の可愛い嫁の琉璃ですよ!! 久しぶりに抱っこ出来るんです。気の済むまでさせて下さいよ!! しかも娘がお腹にいるんです!! それに、息子は私が琉璃を抱っこしていないと、夫婦喧嘩をしたんだと泣くんですからね!! 」
「……俺、馬鹿と天才って紙一重って嘘だと思っていたが、紙一重って本当なんだな……」
呟いた益徳に、孔明は真顔で、
「私は天才じゃないですよ? 天才なんて天災ですよ? 変人ですよ? 季常や、家の兄と兄の友人の魯子敬どのがゾロゾロですよ!! 私は普通です!! 只、嫁と息子にでれ甘なだけの普通の夫で父親です!! 」
「普通って言ってるよ……こいつ、あの兄ぃに喧嘩を売った勇者だぞ……その上、漢寿亭侯の両腕をねじり折った強者だぜ!? それが普通って、もぐらんちは変だ!! 」
益徳の言葉に、考え込む。
「まぁ、そうですねぇ……姉二人は、そこらの武将より強いですよ? まぁ、短期決戦はですが。上の姉の紅瑩は投擲武器を持たせたら右に出る者はいませんし、下の姉の晶瑩は拳と蹴りで、何度か二人で泥棒退治してますね。あぁ、琉璃に棒術や、他の武器の扱い方を習ったので、ますます強くなりました。二人で季常と幼常の根性を何度か叩きのめしてたんですが、無理だったようです」
「おいおい……普通叩き直すだろ……? 」
「姉達いわく、普通は叩き直す。でも、それが無理な場合は叩きのめす、そうです。姉達の恐ろしさに、季常は実家に帰らなくなったそうです。叩きのめす相手が幼常だけなので不満だそうで……時々私に来いと、言うんですよね……まぁ、最近鍛えてないので行こうとは思ってるんですよ。もし良ければ行きますか? 益徳どの」
孔明の一言に、眉を潜める。
「あのなぁ……もぐら。俺は、武将だぞ? 一般のしかも名家の奥方に拳は、いかんだろう……」
「大丈夫です!! 」
孔明ではなく元直が力一杯頷く。
「紅瑩どのと晶瑩どのなら、本気でしないと血を見ます!! この私ですら一撃ですよ!? 初対面で一発でのされましたよ!? 」
「げっ……」
元直の過去を聞かされていた益徳だが、その元直すら一撃と言うのは……。
「あ、そう言えば、もぐら、アイツの両腕をねじり折ったよな!? 」
「知りませんでした? 普通、自分より強い相手の戦意を喪失させる為には、自分を強いと思わせることと、骨を折るか、関節を外したら良いんです。でも、琉璃の首を絞めていたので、首から即外すのと、一ヶ所を集中的に攻撃しようと思いまして……本当は握りつぶすか、手首を掴んで床に押さえ込んで真ん中を踏み締めて折るつもりでした。それに、琉璃のお母さんの前でこう言うことを言うのもなんですが……元お嬢さんを投げ飛ばした時、本当は、益徳どのの息子の苞君と同じ目に遇わせるつもりでした……」
孔明は暗い目をする。
「琉璃に殴ったりしてましたよね。あれは慣れた人間の行為です。琉璃以外もされていたかもしれませんね。それに……琉璃と暮らすようになってから……『驪珠』と言う名前は鬼門でした……私と月英と碧樹どのや弟夫婦にとって。琉璃は覚えてないと思うけれど、最初の頃は熱でうなされながら、元気になった後も、怖い夢を見ているのか、夜泣きをする度に名前を言っていたんです。近づかないで……叔父さんに殴られて蹴られるの、怖いの、食事抜きの方がましなの。驪珠は自分はお菓子と言うものを貰ったと言うのに、私には泥団子を食べさせるのって泣いて……その悲しげな顔がよぎって、一瞬本気で……でも、方向を変えました。済みません。こんな義息で……」
「何を言っているの!! 」
彩霞は微笑む。
「優しい方だわ、そして強く誠実な人。琉璃は本当に素敵な方と一緒になれたのね」
「はい、彩霞お母さま」
琉璃はほんのり頬を赤く染めながら、頷く。
「とても、とても……素敵な旦那さまです。琉璃には勿体ない位……」
「私も同じことを思うよ? 琉璃は可愛くて、美人で、優しくて……言葉では語りきれない程の……」
「語るな!! お前が琉璃と喬の話を始めたら、夜も更ける!! 」
月英が制止する。
「琉璃、良いか? 琉璃のこの旦那は、琉璃がいないと暴走する!! 絶対に孔明の視界から逃げるなよ!? 頼むぞ!! でないと、本気で暴走する!! 現に琉璃がいない間に、こいつが何をしたと思っている!? 滅ぶぞ!! この国が!! 」
「失礼ですねぇ……殿の屋敷の情報系統をメチャクチャにして差し上げたのと、女性の敵の、雲長どのの強欲な嫁という人の実家に、裏からイロイロさせて戴いただけです。あぁ、そうです、そうです。益徳どの。曹孟徳どのが攻めてこられるように、しておきましたよ? 益徳どのが指揮している部隊は元直兄が、ちゃんとサポート出来ていたので、手を入れられませんでしたが……雲長どのの部隊は、雲長どのと季常の噛み合わない指令に混乱していて、入り込みやすかったんですよねぇ……」
「えっ!? 」
絶句する益徳に、にこにこと、
「自分の力に自信を持つ雲長どのの強気の指揮と、季常は口先だけの献策しか出来ず、本当は自信のない癖に意地をはって策を推し進めようとする、ほぼ正反対の策略に浮き足立っていた軍が、偽りの伝令に食い付いてしまったようですよ? さっきからざわざわしてるでしょう? 」
「な、な!? 」
立ち上がる益徳に、
「大丈夫ですよ? 幼常宛に、姉の夫である義兄の仲常兄上の名前を借りて、策を授けておきましたから。雲長どのは怪我、季常が使えないと言うことは、誰が、あの軍を率いるのでしょうね? 殿の部下で武将の駒は少ない。そして、琉璃は益徳どのが、自分の部下だから手を出すなと宣言してますしね……まぁ、薄々、あの殿ならやりそうなのは、あの人ですし……まぁ、私の献策だと気づいて悔しがる季常の顔が見たくて堪らないんですけど……それより琉璃の可愛い笑顔に、美味しそうにお菓子を食べる姿を見ながら抱っこしている方が楽しいですからね」
クスクス笑う孔明は、部屋を飛び出そうとした益徳に、
「止めておいた方がいいですよ。あの季常の自尊心をズタズタに切り裂いたので、ピリピリしてます。あの殿の怒りの炎に油を撒くようなものです。冷静に遠くで見守ることをお勧めします。もし、あの策を用いずに崩れた場合のみ、益徳どのと元直の出番です。待つのも仕事ですし、それに、益徳どの。貴方は自分が敵と見なした、奥方と苞君を傷つけた相手を簡単に許すのですか? それで、良いと思いますか? 元の義兄だという人が、次に同じことをしないと言い切れますか? それよりも、奥方や苞君を守るのが今一番の役目でしょう? 」
その言葉にはっとした益徳は、しばし思案し頷く。
「そうだな……解った。こちらは動かない。元直。頼むぞ」
「解りました。益徳どの」




