孔明さんは倍返しどころか、追い詰め仕返しするそうです。※
益徳と別れた孔明は、一応、月英の防犯対策に異常がない事を確認し、一晩時々夜中に目を覚まししくしく泣き出す息子を抱き締めながらあやし続け、ほぼ無睡のまま翌朝を迎えた。
早朝、昨日の残りを口にすると、子供返りしてしまった息子を抱き締めながら、
「お祖父様や月英伯父さんのところに行こうね? 」
「いやぁん」
うぎゃぁぁぁん……‼
いつもは聞き分けの良い息子をどうすれば良いか、困り果て、わしわしと頭をかく。
そして、余り濃くはないが髭が気になり顎をさする。
琉璃は、うっすらと髭の生えた夫の頬に自分の頬をすり寄せるのが、何故か嬉しそうだった。
昨日の朝も笑って、頬をすりすりし手でも撫でた後、頬と額に口づけをくれた。
最後だと覚悟していたのか……あの時には既に……。
しかも、一月もの間苦しんで悩んでいたことに気づかなかった自分にも腹が立っていた。
そして、ほぼ不眠だったせいもあるが疲れ、益徳ではない、一応、敬弟としては生かしておいた季常の暴走に、孔明は心底怒り狂っていた。
……その怒りの為に気配に散漫だった孔明の背中に、
「おい、あほ孔明。お兄様のお帰りに気づかねえのか!? 」
声を投げ掛けられ、はっとして振り返る。
「士、士元!! ど、どうしてここに!? 季常と幼常に見張られてるんですよ!! とっとと逃亡しないと!! 」
「見張られてる……!? あぁ、元直が言ってたなぁ……で、お前が慌てていると言うのは何かあったのか? 」
唇を噛み締める孔明の腕の中にいた喬が、泣き出しながら士元に訴える。
「伯父さん!! 伯父さぁん……お母さんが、お母さんがぁぁ……」
「どうしたどうした……喬。それに、孔明……」
孔明が持っていた書簡を差し出す。
そして昨晩来た、張益徳の話をする。
それを読みながら聞いていた士元は、飄々(ひょうひょう)とした普段の顔を強ばらせる。
「……おい、今すぐ、伯父貴のところに行け!!そんで、相談しろ!! 俺は早速、喬を江東に送っていく」
「えっ!? な、何で喬を江東にと……」
「お前! これ以上人質を増やす気か!? それこそ馬鹿だ!! それに、『臥竜』のお前を捕らえようとしてるって事は俺が狙われる!! 勘当してくれやがった家族は、人質なんぞ万歳!! ですむが、伯父貴家族や月英のおやっさん、師匠に迷惑かけるのも嫌だ!! と言う訳で、親子のふりして逃亡する!! 」
「わ、解った!! 喬を頼む!! 」
孔明は急いで、喬の旅支度を整える。
「……お、お父さん……」
「必ず!! お母さんと二人で迎えにいくから!! 瑾お父さんのところにいるんだよ!! 大丈夫。必ず、お母さんは連れ戻すよ!! 」
ボロボロと泣き続ける息子を抱き締める。
「おい、こら!! 急げ!! 」
「はい! じゃぁ、喬。約束! 今度会う時は1つ欲しいものをあげるよ、何が欲しい? 」
「い、妹……」
琉璃が消える前から言っていることを繰り返す息子に、クスッと笑い、
「解った。約束は守るよ。喬の妹」
「それにお母さん……家族一緒が良い……」
唇を震わせる喬の頭を撫で、
「そうだね、家族4人で暮らそうね? だから喬。泣かないで江東に行きなさい。ね? 」
「……は、はい! 喬、泣かない!! お母さんに偉いねって、良いお兄ちゃんねって言われるんだもん!! 」
「そうだね。喬は良いお兄ちゃんになる。だから……いってらっしゃい、喬」
士元の側に連れていき、深々と頭を下げる。
「喬を、頼む!! それと、士元は逃げられるだけ逃げろ!! 絶対だ!! 」
「そん位、解ってるさ。そんじゃ、伯父貴たちによろしく」
士元は、想像以上の気軽さと優しさで喬に話しかけながら出ていった。
……孔明は、誰もいなくなった家を見回し、つい数日前までささやかではあったが幸せだったこの家庭を、一瞬で破壊した男の名を呟く。
「劉玄徳……手加減はしない。……ヤツを私は……破滅に導いてやる!! 奴は噂では48……私と丁度20違いだ。……20年じゃ長いし、かといって5年は短すぎる。……10、いや15年位か? ヤツを恐怖と地獄の淵に陥れ、裏切り、反逆、暗殺未遂、大事なものの死……全てを見せ、弱気にさせ、そのまま気の迷いと気が触れて死を願うようにさせてやる。……覚えていろ……諸葛家の家訓は『有言実行、もしくは無言でも実行』だ!! 」
孔明はその日、宣告する。
劉玄徳に、味方だと誓った益徳たち以外の、その周囲のものに死を与えることを……決意したのである。




