大人は解ってしますが、子供は知らないうちにします。※
「……りしゅ」
熱が出ていた琉璃が、魘されながらぽつりぽつりと、言葉を呟く。
泣きながら、何度も何度も繰り返し告げる言葉は、たどたどしさが強ければ強い程、必死にこちらに訴えかける伝言となる。
それが、なおいっそう愛しさ、いじらしさが増していく。
「だいしゅき」
この一言が孔明にとって、どれ程の威力となって胸に、心に届いたのか……琉璃には解らないだろう。
いや、解らなくてもいい。
自分の心の中で、そう言って貰える幸せを噛みしめるだけだからだ。
しかし、今……孔明が知らない言葉を呟いた。
「……り、しゅ……、あにょ、ね……」
フニャッと頬が緩んだ。
孔明が予感した通り、誰かの名前らしい。
愛馬の光華の名前以外は髭オジサン、虎オジサンしか口にしなかったので、仲の良い者は居なかったのだと思っていたため、意外だったのだ。
「あにょね……『にいしゃま』、だいしゅき、にゃの……らからね、琉璃の『にいしゃま』は、だいしゅきれ、琉璃もだいしゅきにゃのよ。いっしょいゆの……やくしょくしたにょ……」
嬉しそうに笑う琉璃の愛らしさに、一瞬叩き起こそうとした孔明はしなくて良かったとホッとする。
「らからね、『りしゅ』は……琉璃にあいにこにゃいれ……琉璃は……『はきょう』ないない……」
「……!? 」
息を飲む。
魘されるように呟く。
「『りしゅ』は、ちがうにょ……琉璃は、ちがうにょ……。お菓子をもやったって、いいにこにゃいれ。おかあしゃまに、きえいなこよもを着せてもやったって、みせにこにゃいれ……しょばにちかじゅいたやらめって、ゆわえていゆんれしょ? ……『りしゅ』はおこやえるし、琉璃は、なぐらえるしけられる、いたいいたいの……」
顔が歪む。
「『りしゅ』の、こと、しゅきってゆった……けど、しょばにいりゅたびに、なぐらえる、『りしゅ』はいいけりょ……琉璃は……」
ひっくひっく、しゃくりあげる琉璃を孔明は抱き上げると、よしよしと背中を撫でる。
「……琉璃。大丈夫。もう痛いことは起きないよ。安心して。私が傍にいるよ……」
耳元で囁く。
すると、涙に濡れたまぶたが開かれ、孔明を見上げるとホッとしたように泣き笑う。
「大丈夫。ここには、今兄様と琉璃だけだよ。『りしゅ』という人はいない。痛くないよ」
「……あい、にゃの……れも……」
表情を翳らせる琉璃の額に額をくっつけると、囁く。
「そんなに泣いちゃう程、悲しくて、痛くて、辛い記憶なんか、忘れよう……琉璃。その、『りしゅ』という人のことも忘れなさい」
「……にいしゃま……」
「琉璃。ここにいる琉璃は琉璃でしょう? 違う? 琉璃だよね? 」
琉璃は、頷いた。
「あい、にゃの……琉璃は、琉璃にゃの」
「でしょう? じゃぁ、もう『破鏡』はいないよ。いないんだから、『りしゅ』っていう人も琉璃は、知らない。そうだよね? 」
「……う、ん……琉璃は、琉璃。しやにゃい……」
「そうだよね? 琉璃は、知らない。だから、安心してお休みしよう。お休み、琉璃」
「おやしゅみにゃしゃい……」
目を閉ざし、すぅぅっと眠りにおちていく琉璃の涙を親指でぬぐいとると、それを舐める。
琉璃の心の傷の代わりに……。
そして、子供だけに残酷なことを琉璃にした、『りしゅ』という名を心に留める。
父親に、琉璃に近づくなと言われていたのだろう、『それ』は。
しかし、友人だという口先だけの名目で、隙を窺って琉璃に会い、それが見つかると連れ戻されるだけ、ただ叱られるだけで済んだのだろうが、琉璃は殴られ蹴られた。
その痛みに、会わないようにしようとするが、『それ』は子供ゆえに、琉璃を追い回し、そして再び殴られ蹴られ……それを繰り返してきたのだろう。
子供ゆえと言うには余りにもむごい行為である。
「琉璃」
囁く。
「『破鏡』はもういない。私が『破鏡』を消したから……大丈夫。だから、安心して眠りなさい。怖い夢はもう見ないから……」
半月の月が、窓から淡い光を降り注ぐ。
星を観る時に、月も観るが……今日の『破鏡』は腹立たしさを増す程美しい。
月明かりの中、孔明は琉璃を抱き締めたまま牀に横になる。
そして、自分が抱き締めたままの琉璃の温もりを、衣でくるみ、目を閉じた。




