琉璃ちゃんにとって、孔明さんはとても大きな存在です。※
琉璃は、『にいしゃま』こと、旦那様の孔明が大好きである。
にこにこと笑っていて、しゃべり方は穏やか、そして、いつも頭を撫でてくれる。
琉璃……いや、破鏡だった頃の自分が昔いた集団の中では、人々は笑うことなどなく、食事の内容や酒の分配その他のことで怒鳴りあい、殴りあい、隅の方でいた破鏡にもとばっちりがきたものである。
とばっちり……つまり、暴力や食事を奪われたりと言うことだ。
体が小さい上に当然幼く、軽い破鏡の他にはない異形を、周囲は蔑み、侮蔑、そしていたぶる為の道具となった。
喧嘩に負けたり、食事の配分に不満がある男たちが、破鏡に攻撃対象を移したのだ。
破鏡は逃げ回るが、捕まり、拳で殴られ蹴られ、いたぶられた。
その為、俊敏さを身につけ、瞬発力と隙を見切る力を身につけた。
そして、そのお陰もあってその集団の中で大将や、その副将格の傍にいられるようになったが、副将の一人の虎髭男には嘘を教えられ、もう一人の髭男は逆に何もなく、ただ何もない時には無視、もしくは居ないように扱われた。
一度だけ、その男が感情的になったのは、1つ年上の髭男の娘と手を繋いでいたのを見られた時だった。
男はつかつかと近付き、破鏡の手を外させると拳を振り上げ数発殴られた。
「私の娘に触れるな、汚ならしいガキが!! 2度と近づくんじゃない!! 」
頷くまで殴られ、頷いた時に蹴り飛ばされ、2度とその少女には会うなと誓わされた。
しかし、それ以来破鏡は避けるのだが、少女は追いかけ回し、そしてその姿を見つけられると髭男は、再び破鏡を責めなぶった。
大将ですら、助けてくれるはずもなく……人に近づくことすら恐ろしくて出来なくなったし、信じられなくなった。
笑顔の裏で何を考えているのか解らない男が恐ろしかったし、髭男は怖かった。
感情の起伏の激しい酒好きの虎髭男は、いつ、どこが怒りに変わるものがあるのか解らず、逃げ回った。
そして、あの戦いで背中を斬られ、一度目を覚まし周囲を見た時の絶望感は、いまだに恐怖を覚える。
生きた者のいない死の世界。
血の海に沈む世界。
その中を蠢くのは、死んだ兵士の防具や武器、衣を奪い取り、売り払う近隣の住民。
戦いで家や畑を失った代わりに生きる糧にする。
ごくごくあり触れた日常的光景だが、その手が光華に、自分に伸ばされるのがおぞましく、その手を切りつけ、蹴り飛ばし、残った力を振り絞って、光華を走らせた。
そして、戦場から離れたことを血の臭いで確認すると、そっと光華の耳元に、
「光華……らけは、にぎぇて……」
と、囁きそれ以降の意識はない。
気がついた時には、光華と共に『にいしゃま』に助けられていた。
その上、
「お、おうちにいていいにょ?は、はきょおが?小屋とかにょきしゃきじゃにゃいの?」
『破鏡』と自分を呼ぶと、『にいしゃま』は悲しそうな顔をする。
「琉璃?」
その優しく暖かい声に、自分が琉璃と言う名前になったのだと再確認する。
「琉璃は嫌かな?私たちと同じお家で一緒に暮らすのは?えっと……何をしてもいいんだよ?均と衣の着せかえっこしたり、月英のお部屋に出入りしたり、あ、そうだ。お勉強もしていこうか?琉璃はとても賢いから、すぐに覚えるよ?」
「お、べんきょー?」
「そう。お勉強。文字を覚えたりしよう。そうすれば今よりもお利口になるし、お利口になるとほら」
手のひらに乗せた石を数える。
「間違った嘘は正しく直そうね。それに沢山沢山頭の中に知識という種を植えて、水を撒いていこう。そうすれば、芽が出て葉を広げ、花が咲いて、きっといつか実になるから」
「は、はいにゃの」
頷くと、本当に嬉しそうに嬉しそうに笑う。
その顔を又見たくて、沢山見たくて、頷いた。
「琉璃は偉いね。じゃぁ、頑張ろうね?」
何度も頷いた。
一緒に居ていいんだ。
この人は笑ってくれる。
頭を撫でてくれる。
抱き締めてくれる。
何でもくれる。
だから、この人に嫌われないようにしよう。
絶対に大好きになって貰おう。
そうすれば、ずっと一緒に居てくれる。
離れないで、抱き締めてくれる。
だから……。
嫌わないで、好きになって……自分だけを見て……。
だから……。
今日も、『にいしゃま』は遅くまで勉強をしている。
怪我をした琉璃の牀の傍で。
薄く目を開けると、笑いかけてくれる。
「目が覚めたね? 熱が出ていたから、心配したんだよ? 良かった……」
「に、にいしゃま……だいじょぶ? 」
「大丈夫だよ。琉璃が無事で本当に良かった」
よしよしと頭を撫でてくれる。
その暖かい手が嬉しくて、暖かさが幸せで、ボロボロと涙を溢す。
「ど、どうしたの!? 琉璃!? 」
「『にいしゃま』……あいがと……、琉璃は、『にいしゃま』がだいしゅき……だいしゅき、だいしゅき……一番」
琉璃は絶対的に言葉が足りない。
でも、足りなくても、琉璃が言われて嬉しかった言葉を繰り返す。
「『にいしゃま』だいしゅき。いっしょいゆの、やくしょく」
手を伸ばし、何時もとは逆にぎゅっと青年の体にしがみつく。
「やくしょくしゅゆの、だいしゅき。いっしょにいゆの。だから、わやっててね? いっしょに、りゅーりもわやうかやね? 」
「……ありがとう、私も大好きだよ。一緒にいこうね」
……外での喧騒は、二人の元には届かなかったのだった。




