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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
引きこもり竜が穴蔵からおいだされるかもしれません。
41/428

もしかして、新しい腹黒登場してしまいました!?※

 襄陽じょうよう、いや荊州けいしゅうの商売関係を一手に引き受ける黄承彦こうしょうげんの策略に、荊州中が大混乱となった。

 銭さえあれば何でも手に入る、それが当たり前だった街である。

 それが買い物に行くと、持っている銭が悪銭あくせんだと言われ、売れないと言う。

 悪銭とはどう言うことだ、と問いかける客に、


董仲穎とうちゅうえいが、作った質の悪い銭ですよ。今まで主は目をつぶってお客様の為にと悪銭での買い物にも対応しておりましたが、最近の宮城は、対策一つとらず我々商売人は困っておりまして、今回、宮城に解って戴けるようにと、このようなこととなりました」

「何だと!? わしは、荊州牧けいしゅうぼく劉景升りゅうけいしょう様に……」


 自分の身分をひけらかそうとすると、


「荊州牧様の家臣がそんなに偉いのですか? 」

「偉いに決まっているではないか!! 」

「そうですか、では尚更売れません。高貴なご身分でいらっしゃるあなた様に、このような物を売る訳には尚更いけませんでしょうから。では、お帰りください」


 あっさりと告げる商売人に、慌てて、


「あの、いや……州牧の家臣とはいえ、下級の役人なんだ、私は。だから、頼む」

「それが、黄家こうけの命令で売れないのですよ。実は」


 耳をと言われ、近づいた下級役人に、商売人が囁く。


「午前中、州牧の次子『そう』様が黄家に侵入し、飾っていた花瓶等を蹴り壊し、侍女達だけでなく、黄家の主と後継の若君、お嬢様にも乱暴を振るわれたそうです」

「な、何!? 」

「しかも、龐家ほうけの知人を介して養女に来て貰ったと言うお嬢様は、手を切り大流血、黄家の当主も殴られ、跡取りも髪をつかみ乱暴し放題。そして、家を物色し盗みまで……昔から、州牧の奥方も連れ立って、侵入しては同じことを繰り返していたそうで、その様子を見たお嬢様の夫君が、追い出したそうですよ」

「そ、それは……」


 口ごもる。

 下級役人とは言え、主劉景升の後妻で、蔡家さいけ出身の奥方とその息子の暴言等は知っている。

 しかし、もうすでに死んだ妹の嫁ぎ先までいって、暴力や略奪までしていたと言うのか……愕然とする下級役人に、追い討ちをかけるように、


「お客様には平等に買って戴きたいのですが、そうすると、悪銭がばらまかれたり、黄家の様に権威、権力を振りかざされて家に侵入され、ものを盗んだり壊されたり、暴力で押さえ込まれたり……そのように我々にされますか? それが怖いのですよ、我々は。あの、大商人の黄家を暴力で押さえ込むくらいですから、我々のような一般の者など……もしかして……」

「い、いや、ぼ、暴力はしない。しかし今日は……」

「申し訳ありませんが、お売りできません、悪しからず」


と、頭を下げられる。


 そして、他の客が州政府に訴えると言うと、


「どうぞ。主、黄承彦の命令です。今までは悪銭と蔡家の事に、目をつぶっておりましたが、最近の悪銭の増加に対処しない上に、蔡家の増長にも対処をなさらない。そのふがいなさに呆れてものも言えません。どうぞ? 結構ですよ? とのことです」


との返答。


 城からも出られない、道も歩けない、水等にも事欠く次第に、一気に不満が宮城に殺到した。


「早く黄家に謝罪をしろ」

「この状況を何とかしてくれ!! 」

「水も食事もできないし、外にも出ていけない!! 」

水鏡老師すいきょうろうしの弟子たちが、一斉に仕事を放棄してしまったそうです!! 」


 次々と来る苦情に、最初はただの普通の商人の文句、苦情と気楽に考えていた劉景升だが、門を閉ざされ、一気に城を制圧してしまった黄家の力に総毛立つ。


「今すぐ、黄家に使いを。こちらに来てほしいと伝えるのだ」


 使いを送るが、すぐに、


「玄関には猛獣の置物が暴れ、裏口は落とし穴、使用人通路には罠、土塀には尖った針か釘のようなものが刺さっていて入れません!! 」

「それを何とかしろ、兵を連れて……いや、数人護衛を連れていけ!! 」


 怒鳴り散らし、そして妻と次男のもとに向かう。


「あぁ、貴方!! 私たちの『そう』が、『そう』が、乱暴な目に遭ったのですわ、黄家に仕返しを!! 黄家は増長しているのです!! 私の妹を嫁にしておきながら、子供を作らず、下賤なめかけの子供を正式に息子にするなどと……黄家をとり潰しましょう!! 良い考えですわ!! そうしましょう!! 」


 オホホホっと、自分勝手な考えに悦に入る後妻の蔡氏さいしに、景升が、


「何を言っとるか!! 『そう』が、黄承彦やそのせがれ、娘にまで暴力を振るったり、使用人も暴行し、家具を壊し、度々お前と共に金目のものを盗んでいくと噂になっとるんだぞ!? お前は、何をやっておるのだ!! 」

「わ、私の妹が苦労したのですわ!! あの男が、妹と結婚前に下賤で野蛮な女を屋敷に住まわせ、嘆き悲しんで死んだんですのよ!! その恨みを晴らさずにおれますか!! 」

「何が恨みだ!! お前たちが、黄承彦のその妾をいびり、殺したこと知っているぞ」


 冷たく言い放つ。


「それよりも、どうすると聞いておるのだ!! この街が混乱に陥っている!! お前たちの浅はかな行いのせいで、わしが迷惑を被っておるのだぞ!? 」

「それよりも、『そう』が……」


 言い合う夫婦に、


「ハハハ……」


と楽しげに笑う声がする。


「な、なんだ? 玄徳げんとく殿ではないか!!どうやってここまで……」

「いえ、混乱していて、その隙に。しかし、この程度で宮城が混乱してしまうのは、困りますね」


 40になったばかりと聞いているが、若々しく落ち着いた物腰と、丁寧な言葉遣い。

 端正ではないものの微笑みひとつで人を引き付ける。

 同じりゅうの姓を名乗っているが、景升が、代々中央官吏を排出していた有力な、皇帝の縁戚であるのに対し、玄徳は前漢王朝の劉勝りゅうしょうが封じられた地域で小役人をしていた末裔である。

 しかし、勝は120人もの子供を正妃愛妾もろもろに生ませていて、勝の血を引くと言い張る偽皇族は山といる。


 そのような中、この目の前の玄徳は、主上に信頼され気に入られ、対立した曹孟徳そうもうとくにまで、


『この世の中での英雄は、余とそなただ』


と言わしめた。


 今はその曹孟徳との争いに破れた形で、この地に逃れているのだが、感情を表さない微笑みは不気味である。


「し、仕方がない。この馬鹿息子が、嫁が権威を振りかざし、嫁の妹が嫁いでいた家に侵入し、当主や家族を痛め付けたり、盗みを働いたり、使用人を傷つけたのだ。黄家はこの荊州でも一番の豪商、怒らせてはいかんと言っておいたのに……だから、田舎者の嫁は要らぬと……」


 ぶつぶつとぼやく。


「まずは、こちらから直々に謝罪をしたいと使いを送り、謝罪せねば……この街の混乱は収まらぬ」

「あの、景升どの。私も、同席させていただけますか? 」

「構わぬが……」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げた玄徳……劉玄徳は、下を向いたままにぃっと嘲笑った。

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