元直さんは大人しく口数の少ない生真面目な人のようです。※
琉璃をベタベタ甘やかせている孔明を見るのがイタイ士元は、
「まぁ、オレはこの季常と旅の準備してくらぁ。元直、お前は幼常連れて水鏡老師の元に挨拶に行けよ。で、孔明、お前はそのちびと一緒に、伯父貴のところに行け。客人がいる」
「客人? 」
「そーだ。お前の姉上殿たちもいるな」
季常を引っ張りながら、ヒラヒラと手を振る。
「諦めろよ~孔明。お前はもうすでに包囲されてるからな。逃亡出来ないぞ」
「は? 何のこと? 士元! 意味不明なことを言い残して去っていくな!! って、元直兄も、どうして逃げるんですか!? 」
こちらは、幼常と共にそそくさと立ち去ろうとした元直を呼び止める。
「……今回は……きっと逃げられない、覚悟した方が……いい、と私は思う」
振り返り淡々と、珍しく饒舌な語りを聞かせてくれた美声の主は、心底申し訳なさそうに、
「今回は、逃がすなと言われた。だから、あの光華殿を連れていったんだ。済まない、孔明諦めてくれ。私の旅費と母や弟夫婦への土産物……晶瑩殿に戴いたのだ……」
「あ、姉上が、元直兄を買収したんですか!? なっ、何考えてんだ!! あの人は!! 」
孔明は、顔色を変える。
元直は元々幼い頃に父親を亡くし、母親の手で弟と二人育てられている。
人を殺したのも、当時世話になった人が殺され、敵討ちだったのだ。
しかし、その為に国を追われ、剣を捨てて学問を志した。
そして、苦学の末一人立ちし主を探しているもののまだ巡り会えず、仕方なしに、孔明のように老師の代わりに授業や写本にお使い等々で金を稼ぎ、そのほとんどを仕送りしている。
そんな元直に、当然余分のお金はない。
それを知り尽くした姉が、恩を押し売りしたに違いない。
それなのに、目の前の元直は頭を下げる。
「済まない、私は不器用で、孔明のように器用に何でも出来ない。塾の講師の費用だけでは、実家に帰れなくて……」
「いえ、元直兄、私は兄を責めている訳ではなくて……」
「勉強も修め、何とかなると思ったが、私のような凡才がどうなる訳でもなく……」
次第に落ち込んでいく生真面目な元直に、
「元直兄! 解ってますから!! 怒ってませんから、ですからしょげないで下さい。母上や弟さん達のお話は又、聞かせて下さい。私は行きますから、兄も幼常を連れて水鏡老師の元に挨拶に……元直兄! キリッとする!! 行ってらっしゃい! 」
「あ、あぁ、行ってくるよ、ありがとう。孔明、それと琉璃ちゃん、又ね? 」
「あ、あいっ!! にいしゃま、ま、またね……? 」
「今度、お話ししようね? 」
と、琉璃ににっこりと微笑んだ元直は、幼常の背中に軽く手を置き、歩調を合わせるようにゆっくり歩いて屋敷を出ていった。
二人を見送った孔明は、一気に脱力する。
「にいしゃぁ? だいじょぶの? 」
「う~ん、大丈夫じゃないかもしれない……けど、琉璃がいれば大丈夫だよ、きっと」
心配そうな顔の琉璃の頭を撫で、微笑みかける。
「じゃぁ、仕方がないから、二人で行こうか? このお家は晶瑩姉上の嫁ぎ先で、時々お邪魔するんだよ。きっと、これからも琉璃が来ると思うから良く見ておこうね? 」
「う……は、はいにゃの! 」
「偉い偉い」
この先で、どんな策略が襲いかかるか、二人は知らなかったのだった。




