鳳雛さんは次男坊を意識していますが、ライバルとしてです。※
龐家に着いた4人と一頭は、士元と孔明の敬兄である元直に迎えられる。
「久し振りだねぇ、孔明。相変わらず、ひょろひょろしてんなぁ? 」
「そちらは相も変わらず根性悪そうで、何よりです」
「何いってんだ。俺は、策を弄するのは大好きだが、このクソガキみたいに身内にまで嫌われて、はっきり言って家から出てけとまで言われた試しはないぞ? それに、俺は自分から放浪してるからな」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ、季常を見た士元は、
「ほら、来いよ。この性格悪。昨日の使者がお前の支度金持って来てくれたぞ、家に出入りするなってことだなぁ。良かったなぁ? 」
「そうですね。それに、私の方が士元殿より信頼されているんでしょうね」
フフフッと笑い返す季常に、表情を変えることなく笑みを浮かべている様に琉璃は光華から飛び降りると、孔明にしがみつく。
「大丈夫、大丈夫」
抱き上げ背中をとんとんと叩く。
すると、光華の蹄の音に気付いた厩番が姿を見せる。
「あぁ、お久しぶりです、諸葛の若旦那様。そして、お前さんも元気そうでよかった」
光華に近づき臭いを嗅がせると、よしよしと首を叩き撫でる。
目を丸くしている琉璃に、孔明は、
「琉璃、この人はこの龐家の馬の面倒を見ているおじさんで、琉璃が牀でお休みしている時に、わざわざ毎日お家まで光華の面倒を見に来てくれた人だよ。ありがとうってお礼を言おうね? 」
「あ、あいがとう、おいちゃん。琉璃の光華、だいじにしてくえて、あいがとう」
何度も何度も頭を下げる少女に、李翁と呼ばれる厩番は微笑み、首を振る。
「いえいえ、お嬢さん。この爺にこんな立派な光華の世話をさせて戴けて、光栄です。お嬢さんも元気になって、光華もほっとしたでしょう」
「おいちゃん、光華とおはにゃしれきうの? 」
「いえいえ、仕草や、鼻を鳴らしたり蹄で地面を蹴ったり、そう言うものである程度判断していますな。お嬢さん程解りませんよ」
目を細めて見上げた李翁は、
「では、お嬢さん。厩に連れて行き、光華に水と飼い葉を与えておきましょう。よろしいですかな? 」
「よ、よおしくおにぇがいしましゅ、おいちゃん」
光華にバイバイと手を振る琉璃に、孔明は誉める。
「偉いよ!! 琉璃。ちゃんとありがとう、言えたね。それに、よろしくお願いします、なんて凄い。お利口。賢い!! 」
「本当? ちゃんとできた? 琉璃、おいこう? 」
「お利口! 琉璃は本当に出来る子だ」
大袈裟な程少女を誉める、孔明の胡散臭さに、士元が不気味なものを見るような眼差しで問いかける。
「うっわっ!! 気持ち悪い。何だあれ」
「敬兄の家に居候中のクソガキですよ。均に聞いたら、あの馬の上で大怪我を負って、熱出して死にかかっていたのを敬兄が拾ったそうです。金もないのに子供引き取るって、どこまでお人好し!? うわー!? 私の敬兄が、あそこまで馬鹿とは思いませんでしたよ。しかもどこのどいつか解らない、名前もないガキに名前までつけるなんて! 」
季常の言葉に士元は、
「お前、孔明に手ぇ出すなよ? あいつそう言う趣味ねぇし、あのお気に入りにも手ぇ出すな。死ぬぞ」
真顔で忠告する。
孔明は、平和主義者である。
いや、平和主義と言えば聞こえは良いが、虚しい戦を度々目撃し、その上巻き込まれ逃げ惑い、ようやく辿り着いたのがこの荊州である。
その為、戦乱はこりごりだと考えている厭世家に近い。
孔明にとって現在の荊州は、ようやく辿り着いた理想郷である。
晴れの日は田畑を耕し、雨の日は読書をする。
当然、それだけでは生活出来ないので、一応師匠、水鏡老師の塾で後輩に授業をしたり、本を写したりして銭を稼ぐ。
今まで逃げ惑う間中、姉弟3人を守り続け、最近になって姉達は結婚し、弟も手を離れようとしている。
これからはのんびりと生きられる。
孔明にとっては、ここはそう言う場所だ。
しかし、度々外の世界を旅した士元は知っている。
この安息は薄皮一枚の頼りないもので、刃で一撫ですれば、すぐに現実が迫ってくる。
現に、大部隊を率い意気揚々と戦場に赴いたはずの袁本初の軍は、まだ小規模の部隊に過ぎなかった曹孟徳の軍に破れ、領地に逃げ込んだ。
この敗戦後、袁本初は体調を崩していると言う。
それも問題の一つである。
もう一つは袁本初には3人の息子がいるが、特に長男、顕思と三男、顕甫が対立しており、跡目争いも激化している。
しかも、ここ荊州と同じように、長男は前妻の息子、3男は後妻の息子と言う組み合わせである。
だが、荊州よりも最悪なのは、部下たちがそれぞれの息子の味方となり、最近まで結束の固かった袁本初軍が分断され、その上今まで力で押さえ込んでいた領地の豪族が曹孟徳に通じて、反乱を起こすと言う噂も幾つかある。
そしてそのいざこざに乗じて、曹孟徳が荊州を攻めてくる可能性があり、江東の孫仲謀も積年の恨みもあり狙っているという。
孔明は兄が江東におり、しかも孫仲謀に仕えている。
薄々は、兄の主君の野望も知っているだろう。
兄から、江東に来て共に仕えようと誘いもあるだろう。
どうするのか……士元は見極めたかった。
もし出来るなら、孔明の仕える主君と別の主に仕えたい。
そして、孔明とさしで戦をしてみたい。
主が決まれば空を駆け巡る『伏竜』、『臥竜』と周囲では噂される孔明に、主を見つければ『鳳』になって、翼を広げる『鳳雛』と呼ばれる自分。
どちらの度量が上か、采配は……そう考えるだけでぞくぞくする。
だがしかし、現在『伏竜』『鳳雛』も主を得ていない。
得たとしても、互いに大空を飛び回ることすら出来ないかもしれない。
運だ。
良い君主に巡り会えるかどうか……。
しかしまだまだ、自分もこれといった君主は見つけられず、孔明は『臥竜崗』で、その時を待っている。
噂に聞いたが、孔明は星宿図を見なくとも星を読むそうだ。
自分はその才はない。
代わりに孔明よりも達者な、激論を戦わせることが出来る。
負けはしない、勝ちに行く。
『龐家の恥さらし』と罵られ続けた自分を認めてくれた伯父と、『鳳雛』と言う名を与えてくれた水鏡老師に恩を返すのだ。




