策略は思った以上に混乱を与えているようです。※
子翼は、建業の宮城にほど近い屋敷に連れていかれる。
そこは瀟洒で美しい屋敷なのだが、何故か少々色褪せた、くすんだ印象を受ける。
友人はすでに話を通していたらしく、すぐに奥の部屋に案内される。
そこには端正ではあるが、少々疲れきった武将が立っていた。
「突然お呼びだてしてしまい、申し訳ない」
声もくたびれている……と、
「母上~!!帰ってきたの……?」
泣きじゃくりながら子供が、扉を開けて入ってくる。
「胤!!急に入ってくるんじゃない!!客人に失礼だろう」
主である周公瑾が、息子を叱りつける。
「だって……だって、母上……本当に帰ってこないの!?どうして!?」
「で、出ていったからに決まっているだろう!!」
「じゃぁ、何で僕は置いていかれたの!?」
自分が言ったこと、母親を怒らせたことをすっかり忘れている胤は、
「ち、父上のせいなの?父上が、悪いんだ!!」
「静かにしなさい!!私は仕事だ!!お前は勉強の日だろう!!行きなさい!!」
「うわぁぁ……父上なんか大嫌いだ!!」
飛び出した息子を見送り、溜め息をつきながら扉を閉める。
「申し訳ない……妻とは色々あり……、その……上の二人を連れて出ていったので……」
「そうでしたか……まだ幼いお子さんには辛いことでしょう……」
「そう言って戴けると有難い……さぁ、こちらに……」
席を勧められた子翼は、腰を下ろす。
そして、
「先程、彼から聞いたのだが……水軍が訓練をしているとか……?」
「そ、それは……」
おどおどと周囲を見回す。
「大丈夫。ここは人払いをしている……さ、先程の息子はその目をかいくぐっただけで……」
「それでしたら……」
ホッとしたように溜め息をつくと、
「……こちらの先鋒は荊州の水軍……蔡瑁どのが……指揮すると、それ以上は……」
「確か、荊州の船は大型が多かった筈……数は……」
「いえ……私はそこまでは、詳しくは……」
本当のことだから首を振る。
聞いていないと言うより、荊州の水軍など、子翼にはどうでもいいのである。
「あ、あの……この話は、内密に!!お願いします!!でなければ……私の命だけでなく、家族親族まで……」
「解っている。話を聞かせてくれてありがとう」
「は、はい……では、これでよろしいですか?」
子翼は、ほっとした様子で、友人と共に出て行くことが出来た。
そして、お礼の宴会をすると言う友人に断り、とっとと逃走したのだった。
頼まれた仕事は終わったのだ……後は、主がどうにかするだろうと……。
子翼と友人が、公瑾の屋敷から出ていったのを、偶然、相談の為に訪れた魯子敬は、眉をひそめる。
見覚えのない男が、公瑾の屋敷から出てくるなどあり得ない……どう言うことだと……。
公瑾に会った子敬は問いただすと、子翼から聞いた情報を告げる。
「公瑾どの!?」
愕然とした顔で、公瑾を見る。
「そ、それは……」
言いかけた子敬と、公瑾の耳に、ざわざわとざわめきが聞こえる。
「謀叛だ!!」
「周公瑾が、裏切った!!」
「引っ捕らえろ!!」
公瑾は呆然と立ち尽くしたのだった。




