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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
江東だけではなく、様々な場所で、思惑、策謀と日常が移りゆきます。
262/428

元譲さんは優しい眼差しで娘婿の背中を見つめます。※

所で、きんが主だった武将の武器や防具を確認して、修正する作業をすることに専念していた。

それに対し、月英げつえいは武器や防具の制作はせず、昔、孔明こうめいと作っていた、運搬用の荷車を作っている間に、密かにある所に便りを送っていた……。




その送り先は……。


「……孔明が……!!」


顔色を変え、全身を震わせ月英からの書簡を読むのは、徐元直じょげんちょく……。

江東こうとうにとって敵軍である曹孟徳そうもうとくの支配する中原ちゅうげんに住み、産み月に近い妻の玉樹ぎょくじゅの暴走を押さえ込み、ハイハイから支えが必要ではあるものの、立ち上がり、伝い歩きを始めた月亮げつりょうに目が離せない。

今は、月亮を本当の孫として可愛がっている、義父の夏侯元譲かこうげんじょうが、庭で遊んでくれている。

その間に、月英から届けられた書簡を読んでいた元直は、瞳を潤ませた。


弟のように……いや、自分が年上だったが、甘えてしまう程優しく強い孔明が、倒れてしまったと書かれていた。

いや、本当に強いのではない……。

優しすぎて、必死にもがきあがき、運命と言う曖昧なものから抗い続けた敬弟けいてい

もろさを、弱さを抱えながら、前を向き進もうと努力し続けた……まるで、きゅうを限界まで引き絞って……その弓弦ゆづるがぶつっと切れてしまったのだと……月英は書いていた。

涙を拭い、読み進める。


それによると、江東の家族を守る為に、荊州けいしゅうを逃走してすぐに、連れ去られるようにして長江ちょうこうを下った琉璃りゅうりきょうを、引き取ったあの二人の子供、とうこうを連れ追いかけた。

そこで、散々な目……はずかしめや侮蔑ぶべつあざけそしりを受け、そして荊州で負っていた傷が悪化した上に、心身的な疲労とで倒れたのだと……。

辱しめの一つと言うのが、孔明の最愛の妻……琉璃を暴行しようとした男が謝罪一つせず、周囲の者も男を責めもしなかった……。

その上、兄の子瑜しゆがその男の為に戦えと……でなければ琉璃に、孔明と離縁しろと遠回しに強要したのだと言う……。


琉璃と喬……特に、傷ついた琉璃を苦しめる江東の人間……その中には、尊敬している兄もいる……。

しかし、優しすぎる孔明は兄を憎めず、嘲る人間から妻子を守る為に、策略を考え動き回った……。

だが、必死になるのは……孔明たちだけで、本来戦う筈の江東の殆どの武将や、文官は堕落した生活を繰り返すのみ……。

数人の友人となった若手の参謀や歴戦の……老齢に差し掛かっている武将達、江東の女性たちが支援してくれていたものの、孔明は努力すればする程追い詰められ、倒れたのだ……。

しかも、倒れた場所が悪く、回廊の柱の支石に頭をぶつけ……休養、静養をと忠告されたものの、『自分は病ではない!!何ともない!!この国を、妻子を守るのだ』と、しょうを逃げ回り、友人たちに気絶させられ、連れ戻される日々。

暴れまわる日々を終わらせたのは、愛する妻と息子たち……。


苦しみ続ける夫を、父の姿を見ていた家族は、『愛している、大好きだ』と……『傍にいるから泣かないで』と告げ、涙を流す孔明を抱き締めた。

そして休めば良いと言うのに、すぐに動き始め……月英や孔明大好き弟のきんと、途中で自分の愚かな行為で孔明を傷つけたと反省した子瑜たちが動きだし、孔明と琉璃を傷つけた張本人である江東の覇者はしゃと自ら豪語する孫仲謀そんちゅうぼうを引きずり下ろし、孫仲謀の妹の孫尚香そんしょうこうを主として戦うとまで、子瑜たちは宣言し、戦いの準備を進めていると言う……。

それだけでも充分だと……尚香たちは孔明たちに言ったのだが、最後まで見届けると言い張っているのだと……。


「馬鹿……!!」


唇を震わせ、元直は声を絞り出す。


「孔明……どうして、どうして!!そこまで自分を追い詰めるんだ!!馬鹿が!!」

「……そうだな。私も、二度会っただけだが……諸葛孔明しょかつこうめいは強く弱い、脆く……それでいてとてつもない才能の持ち主だ」


その声に振り返ると、遊び疲れて寝入った月亮を抱いた義父が立っている。


「義父上!!」

「……諸葛孔明程、武将、参謀に相応ふさわしく、又相応しくない人間はいない。元直……お前と同じだ。元直もあの男も、甘えや驕りを許せない……努力を続ける。上を……さらに上を求める人間だ。お前たちは、許しを求めない。留まることも望まない……それは傲慢であり……私たちから見れば哀れで、見るのが辛い時がある。お前は玉樹と共になってくれて……留まるすべを得られた。しかし、諸葛孔明は……いかに家族がいようとも、道を求め、先を進もうとする。……求道者であり、先駆者。……幾ら安易な道があると理解しても、あえて険しい道を選択する。……愚かでもあり、馬鹿でもあり……自分に厳しすぎる男だ。周囲には幾らでも愛情を、好意を、そして知識、策略を与えても、見返りを求めない……。本当に、甘い!!その甘い男を、戦場に立たせるこの時代程……諸葛孔明が生き抜くのが辛いだろうな」

「義父上……」

「……敵軍の参謀とはいえ、あの男には色々と恩……と言うよりも、悪いが少し腹が立っている」


元譲は渋い顔になる。


「あの男は、敵である私を殺すこともできたのに、敗戦武将として生き残らせた……悔しいが、瓊樹けいじゅを泣かせずにすんだのは、あの男のお陰だ……その情報を、使わせて貰う……」

「孔明を……殺す……!?」


蒼白になる元直に、元譲は、


「孫仲謀……とその周囲の馬鹿共を利用させて貰うだけだ。元直も知っての通り、荊州の愚か者を潰すつもりだ。元直。その書簡……借りて良いか?孟徳以外には見せない」


義父の言葉に、元直は躊躇ためらいなく差し出す。


「……お願いします!!孔明を……敬弟たちを……お願いします!!義父上!!」

「……解った。それよりも、元直。先程、又玉樹の部屋から爆発音が……」

「えぇ!?す、すぐいきます!!では、義父上!!」


頭を下げ、去っていった元直の背を見つめ、


「元直は……肩の荷を下ろし、力を抜き、自分を許したのに……。諸葛孔明はどれだけ重い荷を負わされて来たのだろうな……哀れだ……」


そう呟いた元譲は、孫を寝かせに行くと、従兄であり主君の元に向かうのだった。

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