循ちゃんは、策略の弱点を見抜く才能があるようです。※
孔明と琉璃は、喬と循、玉蘭と共に歩いていく。
統と広を迎えに行き、一旦、呉国太の屋敷に戻るつもりである。
ちなみに、ふらつく孔明が倒れた時の為に、子明と均も着いている。
循と玉蘭の間にいる喬は、二人の手を握り、
「うわぁ……二人共、手が固い……それに、傷だらけ……痛くない?」
「……私は大丈夫。でも、循はアザだらけで痛がってる。父上は、容赦なく打ち込んでくるから……私は避けるけど、循は避けきれずに殴り飛ばされて……その上、胤が、アザの所をわざと殴り付けるから、アザが広がって……」
「酷いね!!それ!!意地悪だ!!お父さん!!」
喬の声に、
「うん、そうだね。循くんのアザはしばらく湿布しておこうね。……じゃぁ、はーい、とうちゃーく」
休憩室に案内された為、牀にはすよすよと、統と広が眠っている。
「えと……」
「止めろよ?亮にい。俺が統を抱くから……」
「僕が広」
子明と均が二人を抱き、そして宮城を出ると、馬車で呉国太の屋敷に向かう。
そして、孔明たちが滞在する部屋に、通された双子は目を丸くする。
「……こ、これは……何ですか?」
循の問いに、喬は示す。
「床にあるのは、今度の戦いの場、赤壁の地図です。で、こっちの壁にかかってるのが、星宿図。こちらが東漢の地図になります。今、統が覚えているんです。で、今いるのはここ。僕たちがいたのは、この江を遡っていった、ここです」
「えぇ!!こんなに東南なの!?」
玉蘭の声に、
「えぇ。江東と言う通り、江の東です。で、ここが中原……」
喬は説明していく。
循は、床に広げられた赤壁の地図と、おもちゃの船に人形を乗せたものに興味を示す。
「これは……?」
牀に座った孔明は微笑む。
「広がね、遊びながら、作ったんだよ。その船。で、浮かべているの。船に、藁で出来た人形を乗せて、敵陣に向かうんだよ。霧の深い時だから驚かせて、箭を貰おうと思ってね?そうしたら、公瑾どのが策略を盗っちゃったんだけど……」
「……あの……えっと……」
口ごもった循に、孔明は首を傾げる。
「循くん?何か気になる?大丈夫。おじさん、ゆっくりでも……たどたどしくても、平気だよ?お話ししてくれる?」
「は、はい……あの……このお人形……どうしてこっち側だけなんですか?えっと、もし箭が一杯突き刺さると重くなって、傾くんじゃないですか?危ないです。沈んじゃいます。もし、行くなら、反対側にも箭を受けるようにしないと……」
その言葉に孔明だけでなく、琉璃に子明と均、それに、喬と玉蘭まで振り向く。
「……」
返事がないことを、悪い意味に取ったのか、
「ご、御免なさい、余計なこと……」
「何言ってるの!!凄いよ!!循くん!!君は本当に賢い!!」
孔明は、立ち上がると循を抱き上げくるくると回し、そして抱き締める。
「そんなこと、思いもつかなかったよ!!そうなんだよ!!平衡感覚を無くしたら、船は沈む……こんなことを忘れてるなんて、大人は頭が固い!!循くん。君は本当に賢いよ!!教えてくれてありがとう!!」
「えっ!!あの……余計なことって……言わないんですか?」
抱き上げてくれている孔明の瞳を見つめる。
「余計?そんなことないよ!!重要だよ!!最重要課題!!しかも私たちだけじゃなく、公瑾どのも考え付かなかった筈だよ!?と言うか、今も思い付いてない!!循くん、君はお父さんよりも思い付いた!!そして、おじさんたちに教えてくれた……と言うよりも、これは戦略の補足をした。君は将来、お父さん以上の参謀になる。絶対なれる!!良いかい?循くん」
孔明は循を降ろし、腰を屈め循の細い肩に両手を置く。
「循くんは、お父さんと違う方法で勉強するべきだよ。あの人は頭のいい人だけれど、教育者にはなれない。自分がすぐに出来たからと言って、勉強を同じようにしろと強要するのは間違っている。循くんは循くんのやり方で勉強するべきだ。循くんは努力を怠らず勉強することで、知識を溜めていく性格だよ。そして成長してから、その今まで溜めた知識を取り出して使える、こつこつ頑張る子だ。すぐにはそれを引き出すことはない。それはひけらかすものじゃないと解っているからだね。本当に大事な時に、必要な時に使う……それを理解しているんだ」
頭を撫でる。
「君はとても賢い。君は愚かじゃない。とても……おじさんやお父さんよりも賢くなれる素質を秘めた逸材だよ。良いかい?お父さんに言われたと言って、自分が愚かだと卑下するのは駄目だよ?君は本当は、とても賢くて強い意思の持ち主なんだから……一つ一つじっくり深く理解しようとするから、時間は掛かる。でも、その時間は無駄ではない。きっと後で君の力になる」
「力に……?子明おじさんみたいに矛を持つような……?」
「違うよ。君は武力よりもっと強い、知識と言う武器で、お父さんよりももっと優れた人になれる。武器はおじさんも持てる。でも、知識はすぐに身に付くものじゃない。循くん……知識は、書簡を読んだらそれで良い訳じゃない。循くんがさっき教えてくれたように、知識を知ってて、指摘出来る、説明出来る……それだけ出来ないことには、知識を理解したことにはならない。学問はそれだけ深くて、強いもの……循くんは、その強さの意味を理解している……し始めている」
「僕……が?」
孔明の言葉に、信じられないと言いたげに首を振る。
「そうだよ。君は将来優れた人になる。これはおじさんの予感。おじさんの予感はとてもよく当たるんだよ?だから、自分が愚かだと思い悩むのは止めよう。愚かだと思うなら勉強をしよう。良いかい?おじさんと約束しよう」
「勉強を……?」
「そう。君のお父さんじゃ無理。おじさんと、もしおじさんが帰ったらあの子明おじさんと、陸伯言おじさんに教えて貰うと良い。その方が絶対良いと思うから……ね?循くん勉強しよう」
循は孔明を見つめ返し、頷く。
「はい!!頑張って勉強します!!」
「よし。良い返事。お利口」
孔明は嬉しそうに、微笑んだのだった。




