統ちゃんの悲痛な訴えに、大人たちは奮起することを誓いました。※
韓義公は、パンパンと手を叩きながら、
「全く……何やってんだ!!あの周公瑾め!本当に馬鹿だったか!!」
「まぁ、馬鹿でも顔がありますから、満足じゃないですか?」
徐文嚮は淡々と、グッサリ告げる。
「それよりも……子瑜分裂?」
示すのは孔明の両側に並ぶ兄弟。
子瑜は苦笑しながら、
「義公どの、文嚮どの。この長身の子が7才下の弟の孔明です。その隣は11才下の弟の均と申します」
「初めてお目にかかります。諸葛孔明と申します。今回は主に参謀として、戦いに共に向かうこととなりました。よろしくお願い致します」
「初めてお目にかかります。諸葛均と申します。私は武器を作り、補助具を考える創作研究をしております。よろしくお願い致します」
二人は頭を下げる。
「ふーん……お前らはやる気あるんだな。覚悟も……」
「そんな方がいると言うのに……残念ですね」
二人は呟くが、孔明たちの後ろの5人に気づく。
「そちらは?」
「黄家の黄月英と申します。尚香さま……江東の勝利の為にお手伝いを……」
優雅にお辞儀をする女装の月英に、
「あぁ、商家の……?江東と縁があったっけ?」
義公の問いかけに文嚮が、
「直接はない筈……」
「私の妹が、孔明に嫁いでおります。わが家は、妹の琉璃と孔明に手を貸す……つまり、孔明たち諸葛家の決断、決意に、そして、尚香さまや皆さんが望む未来の為に投資と……均と共に、私も製作に回りましょう。戦う術はありませんが、別の方法で共に戦うつもりです!!」
「と言うか……お嬢ちゃんの細腕で……」
義公の声に、艶然と微笑んだ月英を孔明は示す。
「月英は男です。私より4才上です」
「はぁ!?女性じゃねぇの!?残念!!」
軽い口調に、月英は苦笑する。
「すみません。亡き母に似たもので……」
「へぇ……心の優しい綺麗な母上だったんだな……で、後ろの……」
ほっそりとした、頼りなげだが何故か戦衣を纏い、まだ幼い3人の子供に囲まれた少女が立っている。
「初めてお目にかかります。私は黄琉璃。諸葛孔明の妻であり、戦場では『趙子竜』として、戦うつもりです。力はなく技巧に頼る者ですが、どうか、共に戦うことをお許し下さいませ」
男装ではあるのだが優雅に挨拶をし、微笑む様に義公と文嚮が、
「は?え、あの『趙子竜』!?夏侯元譲とか……」
「曹孟徳軍を退けた!?」
「いえ、それは私です」
孔明が手をあげる。
「えと……ちょっと待て。どっちが『趙子竜』なんだ?」
二人は手をあげる。
「琉璃が曹子孝将軍と戦い……主に軍を率いています。で、他の一騎討ちと主に参謀として動くのは私です。しかし私が武将として戦いに出ている間は、参謀として采配を振るうのは琉璃です」
「参謀として采配を振るうのは努力中です」
「……ほえぇぇ……スゲーなぁ」
感心する。
「そんだけの覚悟を決めた夫婦もあれば、自分の立場として覚悟を決めない馬鹿もいる。で、この子たち……」
「諸葛孔明の長男、喬と申します。6才です。弟の統と広は無理ですが、私が体調不良の父の補佐、伯父の瑾の補佐として、戦場に立つつもりです。よろしくお願い致します」
喬の一言に、義公と文嚮が目を見開く。
「ちょっと待て!!6才……って……」
「6才の子供を……!?」
「子供と侮らないで下さい。私は父に、母に、そして徐元直伯父、龐士元伯父といった師の元で学んでいる者です。それに……」
喬の言葉を補足するように呂子明が、声をかける。
「喬くんは俺の師匠です。義公どのに文嚮どの」
「師匠……!?」
「えぇ最近、喬くんを師匠として、統くんと二人で『孫子』を。そして、子瑜兄上には頼み込んで『墨子』に『六韜』やその他を、亮にい……孔明どのや琉璃どの、伯言に少しずつですが……努力しています。その為今回は、程徳操都督の補佐として、参謀として采配を振るうこととなりました。今まで猪突猛進に突き進むしか能のない武将でしたが、武将としての勘と、学んできた成果を発揮するつもりです」
いつもならば、先頭に立って動いてやる!!と、熱く宣言していた筈の、子明の静かだが胸に秘めた強い決意に、義公は目を見開く。
「……お前……成長したなぁ!!スゲーじゃねぇか!!」
バンバンと肩を叩く。
「その姿……伯符さまに見せたら、どんなに喜ぶか!!お前は恐れるなよ。お前の利点は孔明どの夫婦と同じ戦いを知る参謀だ。戦いの凄惨さを知る者だ。だからこそ、お前はきっとなれる!!周公瑾以上の参謀兼武将になれ!!」
「心と共に、知識を磨き、義公どのの期待に添える参謀になれるよう、努力致します!!」
文嚮が感心する横で、
「お父さん……僕を、戦場に出して下さい」
長身の父親に近づいた子供が口を開き、訴える。
「お願いします。お父さん。僕も、お兄ちゃん……兄上と共に戦います!!」
「駄目だよ!!統!!」
喬は余り身長差のない弟をたしなめる。
「統には、もっと別の……そう、尚香さまのお側について護衛という役目があるんだ。広と二人で、尚香さまをお願いするよ」
「でも、兄上……兄上ばかり戦場に出るなんて、趙家の人間がと、祖父に嘆かれます!!」
「趙家?」
凌公績が首をひねる。
「趙家と言うのは……」
統は、家族以外の周囲を見回す。
「僕と弟は……本物の……お母さんに名前を譲った、先代の『趙子竜』の孫です。常山郡真定県で生まれました。弟の広が物心つくかどうかの時に戦乱に巻き込まれ……家族と生き別れました。だから……国の平穏のため戦うと言い残して、旅だった祖父の行方を探して……二人で……旅を続けたんです。途中から同じように家族に会いに行くというお兄ちゃんと3人で……」
「……!!」
尚香を始めとする女性たちや、子供たちを可愛がっていた徳操に黄公覆も、息を飲む。
常山郡は、ここからでもかなり遠い北の地域……。
それを子供たちが、祖父の名だけを頼りに必死に旅をしたと言うのか……。
「……祖父がいると思った新谷で、もうすでに亡くなっていたことを知って……僕は、絶望しました。……祖父だけが、頼りだったんです。他には広しかいなかったんです!!僕には、それ以外なかったんです!!でも、お父さんとお母さんが家族になろうって……お兄ちゃんと妹がいる。皆で家族になろうって……そう言ってくれました!!お父さんとお母さんも僕たちも……本当は戦場なんて、戦いなんて、空しくて、苦しくて、絶望しかないと解ってます。それでも、戦うことで平穏を得られるのなら、戦います!!」
統は、両手を握りしめ、周囲を見回す。
「僕は、この街が軍隊に踏みにじられるのだけは、見たくないんです!!僕の故郷のように、荊州のように……ボロボロの家や、踏み荒らされた田畑……焼け焦げた街に、息のない人たち……。兵士じゃない……苦しむのは、普通に生活している人たちなんです!!先日までお話ししたり、遊んだり、田畑を耕していた人ばかりなんです!!だから……お父さんとお母さん、兄上と広。それに伯父さん伯母さん、お爺ちゃんたち……皆が頑張るなら、僕も手伝いたいんです!!お願いします!!僕や広のような子供を、作らないで!!僕が手伝います!!だから…伯父さんたち……お願いします!!手伝わせて、下さい……!!」
涙をこらえ必死に頭を下げる統に、スッと近寄り、膝をついたのは尚香。
「趙統どの。お願いがあるのです。聞いて戴けますか?」
「は、はい!!」
統は頷く。
「これからすぐ、もう一度だけ孫仲謀どのに、覚悟を……戦いを逃げ、我儘なまま、怠惰な……怠けて、甘えたままでいるか、戦い抜くかを選んで貰おうと思います。もし、変わらなければ、もう私たちだけで戦います。ですが、もっと……江東には力がある筈なのです!!私の父、それに伯符兄上の時代には、もっとこの国を守り抜こう!!と強い意思を持った者がいた筈なのです……」
「……どうして……いなくなったのでしょう?」
涙目の統の頭を撫で、尚香は苦笑する。
「江東は、趙統どのの故郷に比べ、長江の……河が縦横に巡らされ、戦いにくいのでしょう。そして、父、長兄の基盤を地盤をそのまま受け継いだ仲謀兄は、ろくに努力もせず、そのまま……。統どののように、もっと戦について、民の苦しみを考えられないのでしょう……」
「どうして!!権力者だから……一番偉いから、この江東を何でもしてもいいのですか!?そんなのおかしいです!!一番偉いなら、尚香さまと同じように、皆を心配して、戦わないといけない筈です!!一番偉いからって威張っても、僕たち民がいなくなったら、どうするんですか?そんなのおかしいです!!変です!!そんな人がこの国を支配するなんて……そんなの、僕は絶対嫌です!!絶対!!僕たちのように……泣きたくても、我慢して、お腹が空いても、お水を飲んで……荒れた田畑で食べられる物を探して……寝る時も、人買いに連れ去られないように、深い眠りにはならないように何度も起きて……いつになったら、お祖父様に会えるんだろうって……広が眠っている時に、声を殺して泣いてた……」
震える息子の体を、背後から抱き締める孔明。
「お父さん……お父さんとお母さんだって頑張ってるのに!!どうして!!どうして!!一番偉い人が僕たちを守ってくれないの!?守れないなら、威張るな!!何もしないなら、出ていけ!!僕たちのように泣く子供を作るな!!馬鹿あぁぁぁ!!」
父親にすがり付き、泣きじゃくる。
「お父さん……お父さん!!どうしてこの国は力を持つ人が愚かなの!?おかしいよ……おかしいよ!!絶対、おかしい!!それなのに自分が正しいんだから全て従えなんて、意地悪だ!!横暴だ!!ずるい!!そんなの、従うなんておかしい!!なのに、公瑾伯父さんは、何で従うの!?木蘭伯母さんだってお兄ちゃんたちだっているじゃない!!大事なものあるじゃない!!どうして、それを捨てるの!?主君がそんなに大事なら、木蘭伯母さんと結婚しなかったらいいんだ!!木蘭伯母さんを泣かせるなんて、そんなのそんなの……」
「そうだね……統が言っているのは正しい」
よしよしと何度も頭を撫でる。
「ねえ?統。尚香さまと一緒に、頭の固いおじさんたちを怒りに行こう。統が思っていること全て、言ってこよう。ね?」
「はい……お父さん!!」
「うん、いい返事。さすがお父さんとお母さんの息子で、『趙子竜』将軍の孫。統をお父さんとお母さん、喬も自慢に思うよ」
息子を慰める孔明の周囲の男たちは、顔を見合わせ決意する。
決して、統や広のような子供たちをつくってはいけないと……。




