孔明さんたちはようやく笑顔を浮かべられるようになりました。※
孔明は最初、陸伯言の屋敷に送られる筈だったのだが、後を追ってきた呉国太と尚香に勧められ、呉国太の屋敷に滞在することになった。
それを決めたのは、気絶している間の子明と子瑜だった為、目を覚まし、見知らぬ場所に一瞬混乱したが、よしよしと頭を撫でる兄と弟、そして手を握ってくれていた妹に気がつき、微笑む。
「お早うございます……兄上、均、珠樹」
弱々しいものの笑いかけてくる孔明に、子瑜は、
「無理しないんだよ。私が今更言うのも何だけど、亮は頑張りすぎる。少し力を抜きなさい」
「兄上に言われても困るよね?兄様?でももう少し、ゆっくりするといいよ。あ、琉璃は寝てるよ」
「えっ!?ど、どこ!?」
弟の言葉に狼狽える孔明に、珠樹は兄を示す。
「そこですよ。兄様、ここにくる前から、琉璃姉さまのことばかりぶつぶつと呟いていて、姉さまが喬ちゃんたちを連れて駆け込んでくると、もうぎゅっと抱き締めちゃって、そのままですよ?」
「あれ?本当だ……。琉璃……寝てる?」
「起きてるよ。さっきからモゾモゾしているでしょ。琉璃。いつまで頑張っても、兄様の怪力には敵わないんだから諦めることだよ?」
均の言葉に、孔明は腕の中で動いている妻に、
「琉璃!!おはよう!!良かったよ!!いなかったらどうしようと思った~!!」
「あ、あの、あの……だ、旦那さま……。御兄様や御姉様が……」
「やだー。琉璃が居ないと駄目!!」
妻にわがままを言う姿に、食傷気味の均は、
「兄様!!我儘駄目でしょ?喬たち、今、子明兄上が面倒見てるんだよ?子供の前で、それは止めない?」
「でも、今日は琉璃とだっこしたいんだ!!琉璃とベタベタの日なんだよ、今日は!!」
「……亮って、どこまでいつまでたっても、新婚気分なの?」
子瑜の呟きに、
「昔からだよ。もう、琉璃に甘えっぱなし。琉璃?もう少し兄様にお説教して、ベタベタさせないようにしなきゃ駄目でしょ?もう6才と5才と3才の息子の前で!!情操教育に問題ありだよ!?」
均は説教するが、ちょうど現れた子明と子供たちの中で、
「お父さんとお母さんが仲が悪いと、統が一杯心配します。均叔父上。お父さんのしたいように……お父さんとお母さんが仲良しでいいんです。家は、それが普通なんです。ね?統も広も、仲良しのお父さんとお母さんが良いよね?」
喬の言葉に、二人は大きく頷く。
「はい!!お父さんとお母さん仲良しで嬉しいです!!ニコニコ笑うお家がいいです!!」
「おとーしゃんとおかーしゃん一緒!!こーたちも一緒!!」
二人は大きく頷く。
「これだから……」
やれやれと言いたげな均が、
「はい。兄上宛になってるけど、兄様に便り。読んで?辛いなら、僕が読むよ?」
差し出されたのは、3つの書簡。
「……士元に……月英!!……それに……それに、元直兄……!!良かった!!良かった……無事だったんだ!!」
涙をにじませる孔明に、子瑜は、
「月英のは土地の情報、荊州とはちがい、悪銭がかなり横行していて、扱う商品は多いけれど、銭を使って商売はかなり難しいらしいよ」
「そ、そうなんですか……」
「それ以外は私信だから、さっと目を通しただけで読んでない。それと、不気味なのが士元どの……あれ、何?」
不気味そうに示した書簡を、まず取ると広げ、覚悟を決めて読むと……、
「はぁ!?」
目を丸くして、叫ぶ。
「子供ができたあぁ!?あの士元が、デレてる!!デレてる!!」
「えぇ!?僕、聞いてないよ!?」
均が告げると、
「何か叔常……じゃない球琳どののつわりが酷くて、紅瑩姉上があれこれ手伝ってくれてるらしい。しかも、球琳どのが酒の臭いが駄目になったからって、あのっ!!あの、士元が酒止めたって!!雨降る……嵐が起きる!!絶対だ!!」
「……いやぁ……亮にいに言われた方も、可哀想じゃないか……!?」
子明の言葉に、孔明と均が首を振る。
「本当だよ!?『鳳雛』って言うより『放蕩』と『放浪』、毒舌に、酒飲みながらじゃないと仕事できるか~!!ボケ~!!とか怒鳴り散らす士元だよ!?」
「そうだよ!?頭が物凄くきれるけど普段は片手に酒!!反対は筆!!それで書簡読みながら、出入りする部下にあれこれ命令だよ!?声だけで誰か判断だよ!?この兄様より仕事こなすんだよ!?……まぁ、兄様は背中に連弩で射ぬかれた傷もあって、熱で朦朧としてたけど……」
「いやいや……亮にい。そんなときは、休めよ!!」
子明の突っ込みに、孔明は、
「だって、士元は悪いけど判断基準が厳しいんだよ。元々参謀系で内政には余り向いてないし、しかも、次々仕事与えて……何人か一睡もせずに食事もとらずに仕事して、倒れちゃって……。季常は内政派だけど熟考してしまって進まないし、幼常は迂闊で、いつも『季常兄上、これどうしよう……?』とか聞きに行って、季常の集中力を途切らせて、季常は書簡投げつけて癇癪起こすし、幼常は私に『季常兄上が怒った~!!どうしよう……?』だよ?もう、休んでられなくて……」
「……どこのガキなんだよ、その幼常ってのと季常ってのは……」
呆れ返る子明に、孔明は真顔で、
「私のお馬鹿な敬弟の馬季常と弟の幼常。士元は、『鳳雛』龐士元。奥方は季常の姉上の球琳どの。球琳……というよりも叔常どのという方が有名なのかな……季常よりも賢くて、琉璃程ではないけど、強い。凄く優しい、琉璃のお姉さんだよね?」
「はい!!凄く凛々しくて、優しくて、強い御姉様です。赤ちゃん……嬉しいでしょうね……。士元御兄様は凄く喜んでいるんですね……良かった」
微笑む琉璃に、はっと子瑜と均と珠樹、子明は思ったものの、孔明が、
「男でも女の子でも、叔常どのに似てると良いと絶対に思う!!士元の瓜二つなんて最悪だ!!」
言い切る。
「絶対士元には似て欲しくない!!」
「まぁ……あの士元兄さんに似ると厄介だけど……叔常どのに似ると、美少年……女の子でも美少年……それも考えないと……」
均の呟きに、孔明は、
「士元よりまし!!……所で、均。士元がやってたあの策略どうなったの?」
「んー……士元兄さんの希望より、ずれたみたいで……季常が、徹底的に索と関平どのに武将としての心得を叩き込むとか……言ってるみたいで……。姉上がやったやり方を踏襲して、逃亡する関平どのを追いかけて、頭突きに投げ飛ばしと、『お前なんて愚弟だ!!それのどこが女性だ!!お前は男!!そのつもりでいるからやれ!!』とか、ブチキレてたりしてるよ。何か吹っ切ったね。結構真面目に速く仕事を済ませるようになったみたい」
「へぇ……吹っ切ったのか……まぁ、今までにやって欲しかったけれどね……遅すぎる」
冷たい声で呟くと、続いて、義兄月英の書簡を読む。
「……ねぇ、琉璃!!琉璃に妹か弟が生まれるんだって!!義父上と義母上……凄く、琉璃に見て欲しいだって!!琉璃のように可愛い女の子が欲しいだって!!」
夫の弾むような声に、恥ずかしさの余りに掛け布の中に潜り込んでいた琉璃は顔をだす。
「えっ!?」
「ほらほら!!」
示された箇所を読んだ琉璃は、涙を浮かべる。
「良かった……お父様とお母様、お兄様方もお元気なのですね……良かった……」
「当たり前だ!!仕事に趣味に、情報収集!!それと琉璃と孔明たち皆を含む家族を守るのが、お兄様の役目だ!!」
今まで部屋の隅で大人しく控えていた女官が顔をあげる。
「げ、月英!!」
「えぇ!!本物!!」
孔明と均が叫ぶと、明るい茶色の髪の美貌の持ち主が、にっと笑う。
「心配してたぜ!!孔明、均に琉璃!!」
呆然とする兄弟の横をすり抜け、琉璃は女性……兄だという……人物に抱きつく。
「お兄様……お兄様!!……ふぅぅあぁぁん……!!」
糸が切れたように泣きじゃくる琉璃を抱き締め、月英は、涙を浮かべくしゃっと妹の長い髪を撫でる。
「琉璃……偉かったな……よく頑張った。さすがは兄様の妹。自慢の妹だ!!親父どのも母上も、碧樹も琉璃を心配してた。良かった……お前に本当に会いたくて会いたくて、こうやって抱き締められるとは……思わなかったよ」
どう見ても美貌の女官にしか見えない月英を愕然と見つめるのは、子明と統と広。
「子瑜兄上……兄上!!あの人、あの人は……」
こそこそと囁いた子明に、平然と、
「琉璃の兄、黄月英だよ。私より3才下だから、子明どのとそう年は変わらないね。知らない?荊州の豪商の黄家」
「知ってます…え?琉璃どの、黄家のお嬢様!?」
「そうといえばそう。本当は養女だけど、ご両親に月英は実の妹のように可愛がっているんだよ」
子瑜の言葉に、月英はちらっと視線を動かす。
その仕草は、子明が信じられない程、動きは優麗で微笑みは色気を放つ傾城傾国……。
「子瑜兄さん……家の琉璃、苛めようと画策してたんでしょう!!本気で仕返ししますよ!!」
「そ、それは止めて!!御免なさい!!本気で御免なさい!!反省してたの!!本当にここに来させるんじゃなかったって!!だから!!」
必死に訴える。
「本当だよ!!本当に……だから!!作った道具の実験台は止めて!!私は体力ないし、本当に無理!!本気で御免なさい!!」
「もう一度したら、均と二人で、子瑜兄さんを滅多うち!!」
「うわーん。怖いよ!!子明どの!!助けて!!」
子瑜に引っ張られ、前に押し出された子明は、
「あ、あぁ、ご挨拶がまだで申し訳ありません。私は呂子明……諸葛家の珠樹の夫で、この江東の者です。年は31。よろしくお願いいたします。兄上とお呼びしても宜しいでしょうか?」
深々と頭を下げる子明に、月英は一瞬目を見開き、微笑む。
「このような姿で申し訳ありません。私は黄家の次期当主、黄月英……。妹の琉璃と弟の孔明が大変お世話になりました。感謝致します」
「えっと……普段から、そのような姿を?」
子明の問いかけに、真顔で、
「楽なんですよ。元々女性として育ちましたので。孔明たちの姉二人に均に琉璃の礼儀作法全般は私が」
言い切った一言に、一人だけ違和感のある名前に気づき……。
「あ、姉上たちと琉璃どの……ですよね?」
「いいえ、均もです。今じゃもう無理ですけど、均は17位まで女装していたので。私は完璧主義!!女性は可愛く、優雅で礼儀正しく、微笑むのが一番!!琉璃はすぐに出来たんですけどね……出来なかったのは、自分から甘えるのと、孔明をタラシ落とせ!!でしたが、無理でしたね……残念」
「タラシ落とせ……って……」
「孔明は頑固で、幾ら熱を出しても動き回り、でかい図体でうろつき回り鬱陶しいので、琉璃に『旦那さま、一緒にお昼寝しましょう?』と、言わせたけれど、琉璃の方が先に寝つくので……まだまだだと……どうだ?琉璃。孔明に勝てるようになったか!?」
「えっと……」
「……無理か……ちっ!!孔明にもっと迫れ!!大丈夫だ!!琉璃ならやれるぞ!!」
どんな声援だと思いつつ、これが諸葛家なのか……ついでに自分もこの中に含まれるのか……と遠い目になった子明だったのだった。




