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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
次男坊はこういう方々から非常に愛されています。
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腹黒敬弟の暴走は、これで止まるのでしょうか?※

 季常きじょうは非常に機嫌が悪かった。

 季常の本性は薄々義理の姉に知られていることに気づいていたが、初対面のしかも目の前の子供に気付かれ、その上あっかんべーをされた……それだけではない。

 あのクソガキは、


「にいしゃま、にいしゃま!! 」


と言いながら、敬兄けいけいである孔明こうめいのをチョロチョロと追いかけ回すのだ。

 こちらが孔明に話すいとますら与えず……。


 今回季常は、孔明が目を輝かせて喜んでくれそうなものを、大金を払って取り寄せた。

 金持ちのボンボンの特権である。


「そんなものを手に入れて! 何を考えているの、季常さん!? 出仕もせず、体が弱いからと言って、家でぐうたらしている居候の癖に。あんたは馬家ばけの金を食い荒らす、とんだ金食い虫だわ。『白眉はくび』とか呼ばれて良い気になっているのね、あぁ嫌だ」


と、それを知った金にうるさい長兄の嫁はぶつくさと文句を言ったが、本当の金食い虫とは彼女の事である。

 度々無断で宝玉や衣装を買い、仕立て、夫である長兄に叱られても、


「馬家の嫁が汚ならしい格好でいろと言うの!? 私に、あの仲常ちゅうじょうさんの嫁と同じみすぼらしい格好をしろとでも!? 」


と叫ぶ。

 こういう風に彼女が度々、次兄の嫁である紅瑩こうえいの悪口を言い、それは敬兄に対する侮蔑の言葉と化し、最後に、


「馬家も落ちぶれたものだわ、あんな徐州じょしゅうの小役人の行き遅れの女を嫁に迎えて、恥をさらすだけじゃないの? あんな不細工女。子供が生まれたからっていい気になって……」


 ぶつぶつと呟く義理の姉を見、長兄は顔をしかめる。


 長兄夫婦には、子供がいない。

 義理の姉との間に生まれず、本当はめかけを探し傍にと言う話もあったのだが、癇癪を起こす。

 彼女は襄陽じょうようの生まれではないが、とある街の金持ちの令嬢であったから、もし実家に告げ口でもされてはと長兄は口を閉ざすしかなかった。


 しかし、増長した義姉は単純に侍女に命じ、さも当然のように毒を盛らせ、紅瑩姉はそれを口にした。


「えっ……!? 」


 普段楽しげににこにこしている姉が、顔を歪ませる。

 そして、袖で口を覆うと後ろを向き吐き、倒れた。

 結婚の経緯はどうであれ、快活で賢く、学問バカの自分に新しいものを教えてくれる妻を、深く深く愛するようになっていた次兄は、真っ青になり抱き上げ、


「い、医者を! 医者を呼んでくれ!! 紅瑩! 紅瑩!! 」


 狼狽える周囲の中で平然と、と言うよりしてやったと言いたげな顔をしていた長兄の嫁に、周囲はすぐに悟った。

 幸いなことに、紅瑩姉は子供の乳離れを済ませていた上に、長い間の流浪生活で毒を慣らしていたらしく、少し体調を崩しただけで命に別状はなかった。


 幸いでなかったのは長兄の方だった。

 すぐに見つかった犯人が嫁が実家から連れてきた侍女であり、毒を盛るように命じたのが嫁だったからである。

 元々嫉妬深く、気位が高く、自分の実家の力を口にしてはあちこちに騒動を起こす彼女の代わりに、毎回頭を下げて回っていた長兄だが、今回ばかりはぶちきれた。


 長兄と次兄は元々年子で仲が良い上に、紅瑩は少々以上に男勝りだが、賢くそして孔明の姉だけあり学問にも通じている。

 女性としては対象外だが、友人として学問の仲間として、義理の妹として仲良くしていた紅瑩の、はたまた甥の命を脅かした犯人が、子供のまだいない妻と聞いては、キレるのも仕方がない。


 長兄は即刻嫁と離縁し、嫁の実家とも縁を切った。

 兄の名前ではなく、馬家の次期当主として。


で、だらだらと思い出したが、実際、これはうるさい義理の姉を陥れる罠で、考えたのは季常である。

 嫉妬深いが、頭は良くない姉を陥れる策は単純で簡単だった。

 紅瑩にも、毒を盛ったことで、いい牽制になっただろう。


 これで、上手くいくよう策を練っていくのだ。

 その為には、もっと『鳳雛ほうすう』には、各地を転々として貰って、対の存在がここ荊州けいしゅうの片隅で、大空を駆け昇る日を待っている。

 つまり、主を得なければ空を飛べないと、宣伝すればいい。


 主を見極めるのは、季常。

 孔明と言う操り人形の影で、自分がこの国を動かしてやるのだ。

 だから、季常は手綱を操る。

 締め付けすぎは反発するか、孔明にこちらの野心を見抜かれる。

 それには、ある程度調節が必要である。


 数ヵ月に一回、一月ほど様子を見、確認する為に孔明の邸に滞在し、その時の土産は珍しい書物。

 今回は、遠い地域で別の言葉で書かれたものを写したと言う書簡。

 遥か天竺てんじくから西方の砂漠を通って伝えられた『仏陀ぶっだ』と言う思想家の弟子が、『仏陀』の教えを書簡にしたものらしい。


 余りにも難しく、その上現在は戦乱の世の為、大本おおもとには平和を唱えるその教えは大して役に立たないと焼かれるところだったのを貰い受けたのだ。

 それを敬兄に読んで貰い、感想を聞いてみたいと思ったのに、お邪魔虫がいる。


 気に入らない、気に入らない。

 転んでビービーと泣くだけで、孔明に助けを呼ぶだけしか出来ない弱い子供。

 幾つなのか解らないが、舌ったらずの頭の悪そうな会話しか出来ない。


 どこで拾ってきたのか?

 それより誰が拾った?


 同じ胡人こじんの血を引くあの月英げつえいか?

 それとも、女装しているバカのオカマか!?

 それなら、幼常ようじょうに手を回し嫌がらせをしてやろう……と狙うのだが、最初のひっかけ以来警戒しているのか孔明の傍から離れず、紅瑩は妹の晶瑩の屋敷で滞在すると帰っていくと、用意された部屋は幼常と同室。


「あの子は? 」


と聞くと、季常と年の変わらない、本性を知っているきんが嫌そうに振り返る。


「あんたに聞く資格あると思う? この、根性悪!! 家の紅瑩姉様を、策略に利用したんでしょ!? 毒ですってぇ? 信じらんない!! 今度と言う今度は兄様に言いふらしてやる! 」

「やってみれば? それに、どこに証拠があるのさ」


 ふふーんっと鼻を鳴らすと、均はにやっと笑い返す。


「女には女の繋がりがあるのよねぇ? 紅瑩姉様言ってたわ? あんたと姉様に毒を盛った侍女、デキてたんですってねぇ? 」

「なっ……!? 」

「ほほほ……!! 」


 均は口を覆い笑うと、幼常を見る。

 単純馬鹿な幼常はすっかり顔色を変えている。

 舌打ちしたい気持ちを押さえながら、均をみる。


「何が条件だ!? 」

「条件? 家の兄様の幸せを取り上げないで……それだけ」


 真顔で告げる。


「兄様は、多分いつかは飛び立つと思うわ。でも、それを決めるのは兄様で、あんたじゃない。もし、兄様以外が関わって出ていくとしても、絶対あんたじゃない。あんたは家の兄様の本当の姿見たことないでしょ?あんたじゃ手に余るわ、無理無理」

「なっ!! 家の季常兄上を馬鹿にするのか!! 」


 幼常の言葉に、均は冷たく、


「僕の兄弟を馬鹿にしてるのは、お前達だろう!? はっ! どうせ、お前も例の長兄にいさんの元の嫁さんみたいに、何でもかんでも金を出せば手に入らないものはないって思い上がっているんだろうが!! 戦乱の恐ろしさ、おぞましさ、虚しさを知らないお前達が、僕たちを甘くみるな!! 思い上がるな!! クズが!! 」


 さげすむ眼差し、その気迫に黙り込んだ二人に、クスッと微笑んだ均は、


「私達を利用するつもりなら、あんた達、今すぐ官渡かんとに行って来なさいよ。あんた達みたいな甘ったれたボンボンのいれる場所じゃないから、あはは、じゃぁねぇ? 口先だけの馬鹿な坊っちゃん」


 きゃはは……と笑いながら部屋を出ていく均の背中を、季常は睨みつけたのだった。

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