星宿は孔明さんの戦う赤壁に風を運んでくれるのでしょうか。※
孔明は、子明と伯言が案内してくれた赤壁に近づいて来ていた。
喬は大丈夫だといっていたが、長時間の乗馬は体力を失ったのか青い顔になっていた為に、孔明が背負い、眠らせる。
先日熱を出した喬である、又無理はさせられない。
「大丈夫ですよ!!お父さん!!僕は……」
「ダメダメ。喬は疲れたとか言わないんだから、休んでなさい。又到着して、様子を調べる時には起きて貰うから、いい子に休むこと」
「お父さん!!僕は6才で……」
最後までぐずぐずと抵抗する息子に、真顔で、
「琉璃は、8才でも体が弱ってるのにちょこまか動き回ってたから、おんぶしてたよ。喬はその頃の琉璃より2才も小さいです。親子なんだから大丈夫!!」
その一言に、喬は諦める。
父は、あの手この手で言いくるめる……というか、心配の余りに何でもする……嫌がっても無駄である。
それに……自分も口では嫌だと言っても、父親を独り占め出来るのは少し嬉しい……と思ってしまう。
弟や妹がいるのは嫌ではないが、急に増えた兄弟が少し羨ましかったりする。
羨ましいのは、統や広の素直さと優しくて強い所……。
二人とも可愛いし自慢の弟たちだが、あの二人のように素直に大好きと言えない自分が歯がゆい。
二人のことも、両親のことも大好きなのに、『僕も大好きだよ!!』と、すぐに返すことがどうして言えないのだろう、甘えられないのだろうと時々自分の頑固さと意地っ張りな性格が悔しい。
その様子を、息子が戸惑っていることを成長の証だと、孔明は見て微笑む。
大人しく気の弱い頃よりも、しっかりとしているが、まだまだ肩肘を張っている子供である。
可愛くて仕方がない……。
と、
「なぁ?亮にい」
子明の問いに、孔明は振り返る。
「はい、何ですか?子明兄上」
妹の夫と知った孔明だが、年上の子明を兄上と呼ぶ為、子明は『にい』と呼ぶことにした。
兄上と呼ばれると、居心地が悪いと孔明が言い張ったのだ。
「なぁ、先まで喬が乗っていたその馬に着いてる、それ……何だ?」
「あぁ、それは、長時間の乗馬は、お二人ともご存知でしょうが、太ももや尻、腰に負担がかかるでしょう?なので、この布で縛った輪に足を掛けて中腰を保つようにしているんです」
説明する。
「最初は、馬に乗りなれない人間や、喬のような子供を乗せる時に、補助が必要ないように考えたものですが、体力のない喬にまだ小さい統や、益徳どのの息子の苞くんが安全に安定して乗せられるように、改良しているんです。試作品です。なので本人が試しているんですよ」
「ほ、本人って……え?喬が作ったのか!?」
とっさに大声をあげたことに気がつき口を押さえ、すやすやと眠っている甥の顔を見る子明。
「作ったのは弟の均です。一応、製作部隊の上司は私ですが、均がほぼ掌握しています。『諸葛連弩』も、均が作りました。子供のおもちゃの為に最初作って、改良したそうです。で、それは喬が、馬に乗る練習をしていた苞くんや、新谷から江夏まで逃げるのに、馬に乗れない大人が乗りやすいようにと、考えたのです。で、均が有り合わせの物で作り喬が試して、こうして欲しい、あれをつけて欲しいと相談して……で、乗るだけでは勿体無い、両足を掛けて腰を浮かして、疾駆け出来るようにしてみれば……となったようですね」
「ようですねって……孔明どのは……」
伯言に問われ、
「基本的にと言うか、均は本人は気づいていないのですが、兄と違う意味で天災だったようです。様々な道具製作の基礎を教えたのは、琉璃の兄の月英ですが、月英は道具や防備機具の創作に関して天才です。が、均の方は大掛かりな機械や、武器などの創作力に長けていたようです。本人は余り、納得はしていないんですが……まぁ、普通に物を作りたいだけなんですよ……でも、この時代ですからね」
苦笑する。
「でも、喬くんは……」
「均が苦悩しているのを、知っているんです。でも、喬は自分は……自分達は戦うしかない……割り切ろうと子供心に考えているのだと思います」
「考えて、これか!?」
感心する子明。
「まぁ、幾らこの補助機具を利用したとは言え、まだ6才ですから……長距離の疾駆けは疲れたのだと思います。で、そろそろ、赤壁ですよね?」
孔明の言葉に、二人は頷く。
「ここだ。で、この対岸……見えないが、向こうにもここと同じような広い場所がある」
説明する子明に、孔明は見回し風を確認する。
「西北の風ですね……想像以上に強い風です。でも、空気が重い……統が言っていた霧が湧くのは、天候的に言って有り得る……喬……?」
背中で眠る息子に声をかける。
目を覚ました……と言うより、半分寝ぼけている喬は、目をこすりながら周囲を見回し、
「風……曹孟徳軍も多分これを狙ってます……。でも……お父さん……僕は余り見えないけれど……あっちが火に巻かれて逃げ惑う兵たちは見えます……。お父さんは見えてますよね?いつ、東南の風が吹くか……」
「そうだね。見える。でも、その火攻めを成功させるには、又別の策略が必要だ。それはどうすればいいか……」
「公覆お祖父様に相談してみましょう。お祖父様は、強い方です……」
呟くと、そのままこてんと首を倒し眠ってしまう。
「……どういう……ことですか?」
伯言は不思議そうな顔で問いかける。
孔明は振り返る。
そして淡々と、
「星見です」
「星見って……今は……」
伯言は再び問いかけようとするが、子明は、
「伯言。昼間にも星宿がある。亮にいと喬は、見えているんだろう?」
「……そうです。見えています。ですから、厄介なんです。余り見えすぎても……困りますし、でも、近い人は見えないんです。だから、子明どのは余り見えなかったので、どうしてだろうと……兄弟と知って納得しました」
「でも、昼間にもあるとは言え、よく見えるし、読み解けるよな?……伯言は読み解くのは……」
「夜に書簡を確認しながら、ですね。星宿の目印を探してそれぞれをと言うとかなり時間がかかります」
伯言は頷く。
「俺も、まだ星見出来ねえ~。珠樹に一つ一つ示して貰って、やっとだ。『元々勉強してないから、余計に解らないんですよ』って、毎回言われてるんだ…珠樹の方が頭がいいし……」
子明はため息をつくが、すぐに孔明を見て、
「それに、亮にい。心配しなくても、俺も伯言はにいの星見は全く気にならない。それより、大変だなぁと思うだけだな」
「そうですね。星見は判断材料として利用できる事もあるので、時々見る程度でも、判断に迷うだけだったりします。厄介な物……情報になったりすることもあります。見えすぎる……それは本当に辛くなると思います。ですが、星見が得意とかは初めて聞きました」
「……そうですね。隠していましたし、使うつもりも……」
孔明は呟き、伯言は、
「じゃぁ、今までその力を使わずに、自力で、戦ってこられたのですね。それは凄いです!!」
「家族や友人たちが助けてくれましたから……」
「星見より、その方がすごくないですか?孔明どのには手助けしてくれる人たちが、それだけいるんですよ!!曖昧な星見の力より、孔明どのの知恵と知識と、他の能力を認めているんです。その方がすごいですよ!!」
力一杯伯言は告げる。
「孔明どのは、星見が無くても大丈夫だと思います。私は自信をもって、説客として舌戦をしてほしいです。この江東はまだ未開の地です。まだまだ力をつけることも出来るはずです。でも、今の状況に安穏とした曖昧なままのここで甘えているだけでは成り立たない。孔明どのは、もっともっと、この江東を引っ掻き回してもいいと思います!!でなければ、変わりません。私は、変わりたいです!!もっと変わっていく江東を見てみたいです」
「自分で変えてやるって言わないのか?伯言」
子明はやれやれと呆れる。
「それだけのことを言ったんだ。自分もやります!!位言えよな」
「まだ発言力がないですし、殿の姪の婿としか思われてないんです。なので、今回の戦いで発言力を得たいと思ってます。権力まではいりませんが、自分もいるということを認められたいんです!!なので、孔明どの!!一緒に頑張りましょう!!」
想像以上に熱血漢の伯言の励ましに、ふっと微笑む。
「……そうですね。頑張りましょう。私も力を尽くします。よろしくお願いしますね?」
「……あ~あ……。俺は無視かよ?ずるいぞ!!暴走武将を差し置いて、二人で行くぜ!!はないだろ?俺も入れろよな。俺も、孔明にいの味方だぞ!?忘れるなよ」
にっと楽しげに笑った子明と伯言に、孔明は、
「お願いします。共に……戦い、勝利を呼び込みましょう!!」
誓う……戦いに勝利することを……見えた未来を、自力で修正する……そして、最善策を採る。
負けるものか……滄珠を取り戻すまでは……。




