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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
心配症なお兄ちゃんたちが、孔明さんたちにはいます。
225/428

絳樹さんと関平さんは合わせ鏡のようなものでした。※

その頃、江夏こうかにいたかん夫人、絳樹こうじゅは寝付いていた。

日々、チラチラと様子伺いと称して、関平かんぺいは顔を見せ、新しく仕え始めた侍女たちの前では殊勝な態度で、


「大丈夫ですか?余りにも大変なことが続いて、お疲れなのでしょう……ゆっくりとお身体を癒されて下さいませ。阿斗あとさまも心配されておられますよ」


などと言う。

そして、侍女を下がらせると、


「あははは……いい様ね。あんたにそんなやわな所があるなんて、思っても見なかったわ。それとも何?威張れる子分が皆いなくなって、味方がいないからって弱々しく見せてるの?今更よねぇ?」


と、嘲笑あざわらいながら、ポイポイっと出された菓子を口に放り込む。

その時、ぽてぽてと危うい足取りで幼児が現れる。

キラキラ、ふわふわとした金色の髪に青い瞳、顔立ちは柔和で愛らしい……。


「マーマ。マーマ」


手を伸ばし近づいてくる幼児を見て、青ざめた絳樹は顔を背け、


「あ、阿斗。お母様は具合が悪いの。近づかないで!!」


きつい口調で拒絶する絳樹に、阿斗と呼ばれた幼児はくしゃっと顔を歪め、しくしく泣き始めた。

顔立ちですら、髪や瞳の色ですら、過去を思いだし苛立たしいと言うのに、泣き声もわんわんと泣きじゃくるのではなく、繊細な儚げな過去の影が心の奥にしまい込んでいた憎悪を呼び起こす。


「女々しく泣くんじゃないわ!!お母様は、具合が悪いと言っているじゃないの!!泣くのなら、出ていきなさい!!」


激しい口調にビクンっと怯えた阿斗は、声を殺し、必死に泣くのを堪えようとする。

しかしそれすら、絳樹の怒りを煽るものとなり、カッとして側にある手鏡を投げつけた。

泣くのを我慢して立ったままの阿斗に鏡が当たる寸前、飛び出したのは一人の幼児。


「そーしゅ!!」


阿斗を抱き締め庇った幼児の額に鏡が掠め、床に叩きつけられ割れる。

絳樹がはっと見ると、幼児の額からダラダラと血が流れ落ちていく。

その血に……前の戦の時に、目の前で次々と見た光景が重なり……絳樹は絶叫する。


「きゃ、きゃぁぁぁ!!血が、血が……いやぁぁぁ!!」

「いやって、おばちゃんがやったんだりょ!!いてぇじゃねーか、バカ!!そえに、そーしゅになにしゅんだ!!」


張益徳ちょうえきとくの長男のほうである。


「そーしゅ!!だいじょぶか?いたいいたい、ないのか?」


自分は大怪我をしていると言うのに、腕の中で泣いている阿斗を心配している。

そんな中で、混乱し周囲のありとあらゆるものをあちこちに投げつけていく絳樹を、


「おい、絳樹姉貴!!何してんだ!!自分の子だと言うなら、ちゃんと面倒を見やがれ!!物投げてどうする!!」


息子と共に様子を見に……親子の目的は絳樹ではなく、阿斗と名乗らされている……。


「そ……阿斗は無事か!?それより、苞どうしたんだ、それ!!……おい、絳樹姉貴!!あんた、何を投げた!!」

「それよ、そーれ!その鏡投げたの。阿斗さまに」


危険のない場所に真っ先に逃げ込んでいた関平が、笑いながら告げる。


「関平!!お前も、何でここにいる!!お前は、季常きじょうにみっちり『孫子そんし』から叩き込まれてたんじゃないのか!!」

「逃げたわよ。あんなの。面白くない。あんなの学ぶのなら、この女で遊ぶ方が面白いじゃない。あははは。楽しい。女帝のように振る舞っていた女が、ここまで堕ちるなんて、いい様……じゃぁね~!!又遊びにくるわ、あはは!!」


笑いながら、出ていこうとした関平が硬直する。

目の前には、怒髪天をついた……つまり周囲に全く注意を払えない程、怒り狂った馬季常ばきじょうが立っている。

いや、季常はにこやかに笑顔を関平に向けている。

通常仕様の季常は、あの普段の取り澄ました顔をしているか、神経質の性格の為眉間にシワや自分が嫌な時には、嫌そうな顔をはっきりと露にしている。

その為、周囲は季常のご機嫌度合いをすぐに見切っていたのだが、最近笑顔が増えた。

一つは、関索かんさくと話している時の緊張のほぐれた楽しげな笑顔であり、もう一つが……。


「……関平どの?こちらにいたのですね?索と待っていたんですよ?索も一緒に勉強したいと言っていたのに……こちらで、何を怠けていたんですか?」


ニコニコと笑いながら近づいた季常は、そのまま関平の襟元を掴み、頭突きをかました。

このような事をひ弱そうで、ひょろひょろの季常が仕出かすと思わず、目を見開き絶句する益徳の目の前で、


ゴーン!!


と、凄まじい音と共によろめいた関平を、そのまま投げ飛ばす。


「……全く……貴方も懲りると言う言葉を知らない、馬鹿ですね!!私以上ですよ、貴方は!!」


ふんっと、鼻を鳴らしパンパンッと手を叩く季常だが、額が赤くなっている。


「な、ななな、何するのよ!!あ、あんた、女に……」


打ち付けられた額に、投げ飛ばされたのは壁…痛みにフラフラしながら立ち上がり、キャンキャン叫ぶ関平に、季常はにっこりと、


「女?誰がです?がさつな上に性格が悪くて、仕事もまともに出来ない、勉強も真面目にしない、顔だけの関平どのが女なら、家の姉の方がまだ女ですね。あぁ、女と言うと殴られる。女性です。姉はあれでも、ある程度礼儀作法やたしなみも習っているんですよ?あぁ、そうです。ハッキリ言って、関平どのは女性じゃありません。男です!!そして年も下なので、家の弟と同様に扱います。でも、弟より出来が悪すぎるので、どうすれば真面目に励んで戴けるかと考えまして……姉に昔やられていた、今回のやり方をすることにしました。結構やられるのも痛かったですが、やる方も痛いんですね……では、行きましょうか」


すたすたと近づき、今度は関平の襟首をひっつかみ、ずるずると引きずっていく……と、思い出したように益徳親子を振り返り、


「馬鹿な弟がお邪魔しました。益徳将軍。後で、きちんと謝罪させますので、まずは失礼致します。ほら、愚弟。行くぞ!!」

「誰が愚弟よ!!それに、衣が脱げる!!裸になったらどうするの!!」

「男なら裸を見せておけ!!愚弟!!それに、前は見ろ見ろ言ってただろう。今更だ」


言い合いながら立ち去る二人を呆然と見送っていた益徳は、絳樹を見、


「そ…阿斗は、俺が預かるからな!!兄ぃに言っとけ!!苞。行くぞ!!もう少し我慢しろ!!」

「おう、とーちゃん。おりぇは、つよいんだじょ。なくもんか!!」


目尻に涙は溜まっていたが、にかっと笑顔を作り、阿斗を見る。


「そーしゅもなくな。ないたら、りゅーりねーちゃんも、りょうにいも、きょうにいも、とうにいにこーもしんぱいしゅんぞ。そーしゅはかわいいんらから、わらえ」

「にーに……」


幼すぎて意味は解らないだろうが、阿斗は涙をこらえて笑う。

それは、益徳にとっては懐かしい面影に瓜二つ。


「……それじゃ、阿斗も行くか。美味しいお菓子食べような?」


益徳は、両腕に息子と阿斗と呼ばれている幼児を抱き締め、狂乱が収まり力を抜き座り込んでいる絳樹を見る。


「絳樹姉貴。分かってるのか?あんたが自分で自分の首を絞めてるんだ。あんたが嘘をつき続け、周囲を振り回しておきながら、自分がその立場に立つと弱い立場の……あんたが嘘をついた為にここにいる羽目になった子供に八つ当たりかよ……最低だな!!」


静かだが、その分怒気をはらんだ声に、絳樹はおおのく。


「昔から、俺はあんたが嫌いだったが、今ほど憎いと思ったことはねぇ。あんたが自分で認めろよ。自分の醜さを、あざとさを、見苦しさを‼……知ってるか?昔のあんたと今の関平……同じ顔をしてるぜ。傲慢ごうまん驕慢きょうまんで愚かだ。あんたは、関平に仕返しされていると思っているようだが、俺には過去の自分の姿を、自分のしでかした行いを報いを目の前で繰り返し見せられているだけにしか見えねぇんだよな。それを理解しろ。出来ないなら、劉皇叔りゅうこうしゅくの正妻と名乗るな!!季常は、関平を愚弟呼ばわりだが、俺はあんたを愚かな女としか思えない。姉貴とも呼びたくないな……じゃあな、絳樹どの」


言い捨てた益徳は、後ろも振り返らず去っていった。




絳樹は、思い知る。


自分は、自分で……自分の全てを、捨てていったのだと……。

自分が正直であれば、もっと誠実で賢く、素直にあれば……皆は自分を認めてくれたかもしれないと……。

しかし、今それを知っても、遅すぎるのだと……。


絳樹は涙を流す……。

その涙は後悔であり、もう……どうにもならないのだと理解したものでもあった……。




余り日をおかず……絳樹は、静かに息を引き取った。

夫である劉玄徳りゅうげんとくにも、息子と呼ばせた阿斗にも会うこともなく、一人で……。


遺言となったのは、亡くなる少し前、益徳の夫人、美玲みれいに来て貰い、


「お願いします……趙子竜ちょうしりゅうどの……いえ、諸葛孔明しょかつこうめいどのと奥方に、『申し訳ないことをしてしまった。謝罪しても許されないと解っています。でも本当に……今になるまで、理解出来なかった愚かな私のことは構わない……でも、劉皇叔さまだけは……許して欲しい。あの方を変えたのは、私……全て、私が悪いのです。全ての罪を償う時間はもうない……全てを持って逝きます』と……それだけしかできない自分が、愚かだった自分が、今では悔しいですね……」


夫は忙しいと顔を見せず、阿斗と自分が言いはった子供は、益徳に預けられている。

寂しい空間に一人横たわる絳樹に、元気になってと声をかける美玲の言葉に、


「ありがとう……その言葉だけで充分です。淑玲しゅくれいどのたちにも、謝らねばなりません……劉皇叔さまを……阿斗と言う役柄を演じることになった……あの子を、よろしくお願いします」


絳樹の言葉に、今までの嘘偽りはなく……瞳は澄んでいた。

美玲は、絳樹の言葉を受けとめ、安心するようにと頷いたのだった。


美玲が帰った後、侍女が様子を見、眠っている絳樹を起こさないよう、少し席をはずしていた間に絳樹は旅立ったのだった。

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