孔明さんの義理のお姉さんもかなりのつわものです。※
喬が熱を出した。
喬は元々それ程丈夫な方ではなく、昨日弟たちと遊んだ後、汗をかいたまま寝入ってしまい風邪を引いたらしい。
久々でも、孔明と琉璃には何時ものこと、しかし統と広には初めてのことで……。
「やだぁ……やぁだぁ!! 」
駄々をこねる喬。
「牀に一人でねんねしない~!! お母さんと一緒!! 」
琉璃の衣の袖を掴み、ぐいぐい引っ張る。
「お母さんとねんねする!! お父さん、向こういくの!! 」
「喬? そう言って、お薬飲みたくないんでしょう? ダメダメ。ちゃんと飲みなさい。じゃないと熱が下がらないよ? 」
めっと孔明がたしなめると、
「やぁだぁ~!! 苦いもん。僕嫌い!! うわーん」
ぎゃんぎゃんと泣きじゃくる喬の姿に、実の両親である子瑜や玲衣も驚き、目を丸くする。
「お薬、やだもん。嫌いだもん。飲みたくないよぉ……お母さ~ん」
琉璃にしがみつき訴える。
「お母さん、お薬、苦いの飲むの嫌だよね? お母さんも好きじゃないもんね? 」
「そ、そうねぇ……お母さんも……」
「ほらぁ!! お母さんも言ったもん」
喬は孔明を見上げる。
「お母さんも好きじゃないって。だから……」
「駄目。お口あーんしなさい」
孔明は促すが、嫌々と首を振る。
「琉璃は駄目だから……兄上!! 喬の頭を押さえて下さい!! 」
弟の突然の言葉に、子瑜は、
「えっ!? 私!? 」
「もう、喬は頑固なんです!! 飲めばすぐに熱が下がるのに、ぐずぐずするから長引くんです!! 即飲ませて眠らせます!! 手伝って下さい」
「え、えぇ……!? 」
「やだぁ!! 父上、お父さんの味方するの嫌い!! 」
ぎゃぁぁん……
と激しく泣き出す。
養子には出したが、可愛い息子の嫌い発言に衝撃を受ける子瑜。
しかし、強者はいた。
子瑜の横からスッと出た玲衣は、喬の耳元に囁く。
「喬ちゃん。お熱が出てしんどくて、苦い薬も嫌なのも解るけれど、飲めば一瞬よ? 今頑張って飲んだら、統ちゃんと広ちゃんに『お兄ちゃん凄い!! 』って思われるわよ。でもこれ以上嫌がれば『お兄ちゃん弱虫!! 』って言われますよ。カッコ悪いお兄ちゃんって呼ばれたいの? 」
その言葉に、ピタッと抵抗をやめる。
そして、ちらっと弟たちを見て、涙目で、
「お、お父さん……僕……お薬、飲む……」
「偉い!! 喬」
孔明は、薬湯を飲ませて、その後干し果実を食べさせる。
苦味が舌をヒリヒリさせるのか、ひっくひっくとしゃくりあげていたものの、泣き疲れたせいもあり少しして眠ってしまう。
「……まぁ、2日3日は、休ませないと……」
孔明は、喬の顔をぬぐい、まだ熱い額を撫でる。
「で……所で姉上。喬は何時もかなりぐずるんですが、今日はすぐに飲んでくれて助かりました。どんなことを言ったんですか? 」
すると、孔明と琉璃、子瑜に聞こえる位の声で囁く。
「『統ちゃんと広ちゃんの前で、お兄ちゃん凄い!! 』って思われたくないの? それとも、『カッコ悪いお兄ちゃん』って呼ばれたいのって言ったのよ」
「……!? 」
3人は硬直する。
「あ、あの……姉上。もしかして……」
「家の恪ちゃんは、変な理屈こねて、我儘言い回るから制裁!! だけれど、喬ちゃんはその点素直でお利口さんだから、分かりやすいのよねぇ。それに、亮さんや琉璃さんが真っ直ぐに育てているから、余計に……」
コロコロと笑う玲衣。
「でも、今位よ? 『お薬、やだぁ』は。喬ちゃんは、余り我儘言わない子だし、思う存分聞いてあげると良いわ」
「は、はい。そうですね……ん? どうしたの? 統と広? 」
様子を窺っていた二人は、父親に近づくと、
「お薬……お兄ちゃんがあんなに嫌がる位苦いの? お父さん。僕が、この間まで飲んでいたお薬よりも、もっともっと? 」
「こー、にがいにがいのやだぁ……」
ちなみに統が飲んでいたのは、主に疲労を回復させる効果のある薬湯で、喬が今飲んだものとは違う。
しかし、そこまで詳しく説明すべきか……そうして薬を嫌がられたら、今度、二人が風邪を引いた時に困ると、顔をひきつらせた孔明の横にいた子瑜が、
「統に広。お薬はね? 体に良いものだけれど、お薬の元になる薬草は色々な味があって、混ざると苦くなったり、酸っぱくなったり、辛くなったりするんだよ」
その言葉に、特に広は泣きそうな顔になる。
ハラハラする孔明を尻目に、生真面目な口調で子瑜は続ける。
「でもね? その代わり、薬が効いたらすぐに良くなる。今、喬が我慢して飲んだのは、体を早く治すから統と広に心配しないで、大丈夫って言いたかったんじゃないのかな? 苦かったけど頑張って飲んだんだから、早く良くなるよ。元気になったら、また喬と遊ぶと良いよ」
「本当? 伯父さん。お兄ちゃん、元気になる? 僕と広が昨日お兄ちゃんに無理させたから……もう遊んでくれなくなったりしないかなぁ? 」
二人、特に統は、兄の熱を自分達が振り回したせいだと思っているらしい。
その言葉にも、子瑜は首を振り話す。
「喬は、小さい頃から……伯父さんのお家にいる頃から、季節の変わり目とか、急に寒くなったりとかすると熱を出してたよ。でも、その頃よりも元気だし、う~ん多分ね、荊州と、空気が違う江東の風のせいだよ。二人のせいじゃない。だから、心配しないで」
「はい!! 伯父さん。僕、お兄ちゃん大好きだから、早く元気になってねってお願いしに行ってきます。お兄ちゃんが良く空を見てるから、空にお願いします」
「こーも!! きょうにーたんだいしゅきらもん!! おしょらにおねがいしゅゆ!! 」
二人は手を繋ぎ、庭に出ていった。
「統と広は……いい子達だねぇ」
その背中を見つめ見送っていた子瑜は呟く。
「喬はいい子に育ったし、良い弟たちに恵まれたね。良かったよ。亮や琉璃のお陰だ」
「兄上と姉上が、慈しんでいたからこそです。素直で頑張り屋で……少し意地っ張りですが、可愛い息子です」
孔明は、息子の頬を撫でると振り返り、兄を見る。
「でも、兄上? 昔、喬に変なこと教えてましたね? 今でも恪や他の子達に教えてたりしてないでしょうね? 駄目ですよ!? 」
「何のこと? 」
解っているが、知らぬ振りをする兄に、
「しらばっくれないでください!! 喬が言ってましたよ!! 『おとーしゃんは亮ってゆーの。おかーしゃんはいにゃいの』とか『きょうはかくしごにゃのよ』とか、もう……琉璃の父上の承彦さまには嘆かれるし、士元はあちこちに嘘の噂を流していくし……琉璃はしばらく、物陰でしくしく泣くし……何回も繰り返して、お父さんは私、お母さんは琉璃って覚えさせたんですよ!! 」
「だって、面白かったんだもん!! 」
「何が『だもん!! 』ですか!! 35になる兄上が言っても可愛くありませんよ!! それに、そんなことを覚えさせたから余計に、恪とも仲が悪くなったんじゃないんですか!? 」
甥に嫌われていても、やはり心配する孔明であるが、兄夫婦は揃って、
「昔からだよ? 恪が喬を苛めてたのは」
「あの子、遊び仲間の子供たちに『弟と違って、『孫子』も覚えてないのか』って言われて、癇癪起こして石投げてたのよ。で、比較される喬ちゃんに意地悪をしてたのよ。喬ちゃんは体が余り丈夫じゃなかったし、恪ちゃんが追いかけ回して、河に突き落としたりされて良く泣いてたわねぇ……で、風邪引いて寝込んで……元気になったら又……。もう、恪ちゃんを同じように河に突き落とそうと、何度も思ったわぁ」
「いやいや、玲衣。君、恪を突き落としたでしょ? と言うより、投げ込んだ……」
子瑜の言葉に、孔明と琉璃は義理の姉を見る。
「違います!! 投げ込んだんじゃなくて、船で河の中程に行って、綱を腰にくくりつけて、放り込んだんです!! 泳げ!! って、ちなみに冬です」
「えっ!! それ聞いてないよ!? 玲衣。私が聞いたのは、冬は冬でも櫂のない小舟に乗せて、沖に蹴り飛ばして、泳いで帰れって……」
「それもやりましたわねぇ……懐かしいですわ……恪ちゃん、最近は私の前では悪だくみしなくなっちゃって……つまらないこと」
余りにも残念そうに言ってのける玲衣に、
「あ、あの……姉上? 冗談、ですよね? 」
「あら、江東は河の街でしょう? 泳げないと大変なのよ? だから泳ぎの練習と、いたずらの罰の一石二鳥!! 」
あっけらかんと言ってのけた姉を……孔明は、
『やっぱり、兄の嫁になれる人だ……』
と、思わずにはいられなかったのだった。
そして、喬は孔明の見立て通り、3日で元気になり弟たちと遊べるようになったのだった。




