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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
赤壁への道は遠すぎず、又近くもないようです。
216/428

江東の人々の意識が変わりつつあるようです。※

 子敬しけいは、しばらく仲謀ちゅうぼうのお守りを兼ねた上、出仕拒否をする……つまり、溜まりにたまった休暇を最愛の弟につぎ込む子瑜しゆや、訓練の為建業けんぎょうを離れた公瑾こうきんの代わりに、忙しく動き回っていた。

 表面上は切れ者の本性を見せずのんびりとした雰囲気を見せているが、内心は焦りと言うより、


『全て押し付けやがって……、この馬鹿文官、参謀さんぼう、武将共が!! 』


と、怒り狂っていた……のだが、


「あのぉ……子敬どの」


 珍しく困り果てたように声をかけてくるのは、子敬が内心猪武者と侮る子明しめいである。


「どうしました? 」


 忙しいのに……と思いつつ、近づいていくと、


「子敬どの。この文なのですが……意味が解らないんです。昨日教えて貰いはしたものの……理論的にはあっていると思うのですが、自分がその立場になれば、無理だと思うんです」

「どう言うことです? 」


 子明が差し出したのは、『孫子そんし』の書簡の一部分。

 余り綺麗な文字ではないが、書き写した文字一つ一つはおおらかで、性格が出ている。


「……これは……? 」

「あ、今勉強しています。きょうくんと孔明こうめいどの、孔明どのの奥方に伯言はくげん、子瑜どのにも教えて戴いて……。でも、分からなくて……少しでいいので、教えて戴けませんか? 」

「子明どのが勉強!? 」


 呆気に取られる。

 子明は江東こうとうの武将でも、一番の向こう見ずな武将……甘興霸かんこうはと並ぶ、暴走武将の一人である。

 それが、どこをどうやったら勉強なのだろう!?


「は、はい。この年になって、恥ずかしいのですが……勉強を始めました。孔明どのの息子さんたちが勉強して、その上戦術まで考えられると言うのに、自分は全く出来ないなんて……と思いまして。で、この部分……こう言う戦いでは駄目なのでしょうか? さっき、部下の訓練中に思い出して……本当は今日は学びにいく日ではないので……」


と、丁寧にと言うよりたどたどしく、戦いでの実際の経験談と、『孫子』の文面を照らし合わせ、どこがおかしいか、解らないかを説明する。

 子敬は、舌をまく。

 子明は自分より年下だが、実戦経験は豊富である。

 『孫子』を読み解く際に、自分の経験を重ね、それを利用して知識を得ている。

 そしてそれを、自分のものにしようとしているのだ。


「……『江東こうとうもう坊や(呉下阿蒙ごかのあもう)』って馬鹿に出来ないってことが、よーく解ったよ」


 呟いた子敬に、背筋を伸ばしにこっと笑い、


「『人は、3日も会わないうちに成長するものですよ(士、別れて三日なれば、刮目かつもくして相対あいたいすべし。)』。子敬どの。それに一時的な勉強ではなく、子敬どのや大都督だいととくに信を得られるように努力致します」

「それは楽しみだ。じゃぁ、この場合の説明をしようか」


 子敬は文章を示し、そして意味を説明し、子明が語った過去の戦術とどう違うかを細かく伝える。

 すると、


「あぁ!! そうだったのですか!! ようやく意味が解りました!! ありがとうございます!! 感謝します!! 」


 理解出来たのが心底嬉しいと言いたげに、満面の笑みを浮かべ頭を下げる。


「……こちらこそ、子明どのがこれ程努力家だとは思わなかった!! 知ることが出来て、本当に良かった。感心したよ。これからも頑張って」

「はい。又、相談させて戴きますが、よろしくお願いします」

「こちらこそ。楽しみにしているよ」


 子明を見送った子敬は、


「……この戦い……勝てる!! 」


と呟く。

 最近、程徳謀ていとくぼう黄公覆こうこうふくと言う重鎮が、度々孔明たちを訪問し、情報を交換しているらしい。

 通り一辺倒の戦いだけではもう駄目だと、重鎮たちも理解し始めたらしい。

 孔明、いや琉璃りゅうりを連れてきたお陰で、安穏に浸っていた江東は変わり始めた。

 子敬は、ふふっと口が緩む。


「これは楽しみだ……どんなものが出来上がるんだろう……」




 そして、こちらは伯言である。

 普段、陸家りくけの御曹司と馬鹿にされているのだが、今日は違っていた。


「皆さん!! 真面目にやりなさい!! 」


 突然の大声に、ペチャクチャと喋っていた兵が、キョトンとする。

 普段穏やかに丁寧に……つまり、おっとりとした印象の伯言が、雷を落としたのである。


「80万と言うのは嘘だとしても、私たちが戦うのは、中原ちゅうげんの覇者、曹孟徳そうもうとくの軍です!! 無駄話や、上官の命令、指示に従わないものにはそれ相応の、罰を与えます!! 」


 伯言は、続ける。


「江東は、今回の戦いに勝たねばならない!! 曹孟徳に、この江東の実力を、見せつけなければならない!! それなのに、何を考えているのです!! 貴方方の甘い考え、気を抜き惰性に走ることで、我々の住む場所が蹂躙じゅうりんされ、廃墟と化すのです!! 甘えは許しません!! 私の指示に従いなさい!! 従わなければ、部隊を離れなさい!! 」


 伯言の言葉に、次第に静まり返る。


「……この戦いは、生きるか死ぬか……と言うよりも、我らの国を土地を、家族を仲間を守りきれるか、それだけ重要な戦いです!! 甘ったれた考えで、戦うのならこの場を去れ!! 江東の実力を、誇りを見せつける気がないのなら、尻尾を巻いて逃げ出すがいい!! 私は、一人でも戦って見せる!! 」

「で、ですが……」

「言い訳も、及び腰な意見も聞かない!! 私たちは戦うのだ!! それだけの気概を意識を高く持ち、皆の気持ちを一つにして行くんだ!! 戦え!! 出来ないなら去れ!! 」


 激しい演説に、周囲は息を呑む。

 大人しい印象の……豪族の御曹司と侮っていた伯言の心に秘めた想いに、兵士は目を開く。


「……そ、そうだっ!! 陸参謀のおっしゃる通りだ!! 」

「俺たちの国を守れ!! 」

「家族を守れ!! 」


 わぁぁー!!


と、歓声が沸き起こる。


「皆の力を一つにし、江東の実力を見せつけるんだ!! その為の戦い!! 行くんだ!! 」

「はっ! 」




 江東は変わりつつあった。

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