孔明さんと江東の二大参謀の邂逅です。※
嬉々として、孔明は戦いの前に箭を集める説明をする。
「……と言う訳です。皆さん解りますか? 」
「おいこら、お前……うちの軍を本気で馬鹿にしてないか!? 」
仲謀の文句に、真顔で、
「えぇ、そうですねぇ。家の6才と5才の息子ですら、思い付く単純な作戦ですよ? なのに、住んでいる人が思い付かないなんて、変でしょう? もっと考えませんか? ついでに気象、星見、気候……色々あるでしょう? それも見てない。父親が武将だから、息子も武将に? そんな訳ないでしょう。普通見ませんか? そして適材適所、武将も個性があるんです。その個性を見抜いて置いていく。貴方の兄上や父上の時代とは違うんですよ!! 配置替えをする。戦闘のやり方を変えるとか、周公瑾大都督一人に責任を押し付ける? どこの時代の話です? ……もっと考えましょう。知識は貯めるものではなく利用する……応用するものですよ」
その言葉に、参謀の卵たちはグッとつまる。
「それに頭の固い柔軟性のない人に、戦を語って欲しくありませんね。戦場に出ない参謀など、下の下!! それなら、兄……いえ、諸葛子瑜どののように、『私は文官でっす。何にも知りませんので、裏方頑張ります!! 』と嘘ついて下さい。その方がましですよ」
「嘘!? 」
周囲がくるっと振り向く中で、子瑜は、
「何でばらすの……折角隠してたのに!! 」
ブーブーと弟に文句を言う。
「まぁ、子瑜どのは、『孫子』も『六韜』も修めてますが、特に籠城する敵をこてんぱんにする、『墨子』の戦術に長けてます。そこらの参謀顔負けですよ」
「止めてくれる? 亮。私は、文官のロバでいいからさぁ……」
「何がロバです。なら、これは猿でしょ。父親と兄の物真似しか出来ない、猿!! 私と同じ年なら、いつまでも親の威光、兄の遺したものに甘えるな!! なーにが、事故だ!! 問題起こしても、父や兄の代から尽くしてくれている部下が揉み消してくれる、大丈夫と、ふんぞり返ってる暇があるなら、父と兄以上の主になってみせると言う気概を部下に見せろ!! この馬鹿猿!! 」
孔明は罵る。
よっぽど鬱憤が溜まっていたらしい。
その怒りの矛先は周囲の文官、武官にも向けられる。
「それに部下も部下だ!! は? 怖いので戦うのやめましょう? 甘ったれるな!! そんなんで、今まで先代、先先代が基盤を作ったこの地域を、住民を、住まいを、捨て去る気だったのか!? 片腹痛い!! 自分達は無事!? そりゃそうだ。でも、今まで培った代々の土地は奪われ、どこか辺境に移されるか許昌で、降伏した江東の人間と侮られ過ごす……そういう辱しめを受ける。それが嬉しいって言うのか!? 」
「ぐっ……」
唸る。
「それに、説客に来た人間に恥をかかせた主を諫めることすらせず、よくのうのうとここにいられるものだ。今まで通り、もしくは降伏する、それでいいなら、今すぐここから出ていってくれません? 話すだけ無駄です!! それに、重要な戦いの話をしますので、間諜に成り済まされても困ります」
「あの! 」
文官でも下位の席に座っていた青年が、手をあげる。
「星見……それに気象、曖昧なもので、戦えるんですか? 」
「? 曖昧? 完璧に整えられた、お膳立てされた戦いなどありませんよ。そういう戦いができる筈がないんです。穴は出るし、人間同士の戦いですよ。その都度その都度、参謀は指示を出さなければならないんです。それに、天候、星見利用して戦って何がおかしいんですか? 何でも使いましょう!! 使えるなら、猿も」
青年はちらっと主を見る。
「えーと、猿はちょっと……」
「私の尊敬する兄をロバ呼ばわりするので、猿で充分です。で、猿は戦うつもりなら、それなりに金を出しましょうね? 」
「猿言うな!! 白髪頭!! 」
がうーっと噛みつく仲謀を、いなす。
「猿真似しかできない猿に言われても、痛くも痒くもありません。それよりも貴方は……」
孔明が見ると、青年が頭を下げる。
「私は陸伯言と申します」
「あぁ!! 江東の陸家の!! ……兄に伺っていますよ。とても有能な方だと。確か、私より3才年下とか……」
じっくりと青年を見た孔明は、
「貴方は優れた参謀になるでしょうね。真っ直ぐに正直に生きる。しかし、気を付けましょう。貴方の素直さは、他の人には鬱陶しいと思われるでしょう。ハッキリと直言するより、例えを用いて納得させる……そういう知恵を身に付けましょう。大丈夫です。そういう方法は子瑜どのが得意です」
「子瑜どのに……」
「えぇ、子瑜どのは、物心付くか付かない頃の私を背負って、『孫子』に『春秋』、『荀子』に『六韜』を教えてくれましたので……叩き込みますよ? めちゃくちゃ凄いですよ? 4才の私を家から大人の足で二日の距離の廃城に閉じ込められて、出てこいですからね。水も食料もなく置き去り。泣きながら必死で出ていきましたよ」
周囲はシーンとなる。
その中で、子瑜は真顔で答える。
「だって、4才ですよ? それまで叩き込んだ知識を、どれだけ使えるか見たいじゃないですか!! もう、本当に叩き込んだ知識は使えない、使わないと、駄目ですからねぇ。その分亮は賢くて、応用もできて、自慢の弟ですよ!! 」
「ふ、普通……4才の子供に……」
仲謀は顔をひきつらせる。
「そこまでやるか!? 」
「やりますよ。徐州は中原に近く危険だったんですよ。私は、12の時に遊学に出ましたからね。何があっても対処できる術を身に付けさせたんです。それ位の気概を持たないと、生きていけませんでしたよ。それが何か!? 」
子瑜が立ち上がり、弟に近づく。
「12才で徐州の大虐殺から逃れ、各地を転々とし、荊州にたどり着いた16才には、半分白髪だったそうです。それだけ苦労したんですよ。で、去年、一日で全てが白髪に。それ位の苦労をしてきたんです。殿? 先程、家の弟に『白髪頭!! 』とか言いましたよねぇ? 」
うっすらと口元に笑みをはいた子瑜は、
「苦労知らずの人間に、人の身体的特徴を嘲られる程、腹の立つことはないんですよ。白髪頭とか、ロバとかね? それにね? 殿は、諸葛家に謝罪一つないんですよ? そんな殿に、家の弟は策略を提案した。さて、殿は何を返すべきでしょうか? 」
「……す、すみませんでした……もう、しません。そして、ロバとか白髪頭とか、言いません!! 」
仲謀は頭を下げる。
「よろしいでしょう……亮も良いね? 」
「まぁ、もう二度と近づかないで下さい。私はそちらと違って、そういう性癖はありません」
「俺もないわ!! 」
がうーっと食って掛かる仲謀を鬱陶しそうに扇で止め、
「顔近づけないで下さい。気持ち悪いんで」
「こ、こいつ腹立つ!! 」
「同じですよ。こっちも。それでも説客に来てあげたんですから感謝して下さいよ」
「くぅぅ……!! こ、こいつ、あぁ言えばこういう!! 一つ一つに嫌味を乗せやがって!! 」
「嫌味で結構。じゃぁ、今回は大都督どのもいらっしゃいませんし、帰ります。喬。帰ろうね? 」
傍にいる息子を見下ろす。
と、喬は首を傾げ、
「……お父さん。伯言どのと子明どのとお話ししたいです。何か解りそうです」
「……へぇ、そうなの? じゃぁ、お話ししようか。伯言どのと子明どの。お手数ですが、お話をお伺い出来ますか? 」
「俺で解ることなら」
「はい、大丈夫です」
二人は一応主に頭を下げ、孔明親子と子瑜の後を追い、退出する。
「……子瑜兄貴が、こえぇ……」
呟いた仲謀に、子敬は冷たく、
「あれが子瑜の素ですよ、素」
と言ってのけたのだった。




