喬ちゃんも情報を利用して策略を練ることを知っています。※
公瑾に案内されたのは、あずまや……周囲が水を引き込んだ池の中に建っている為に、周囲が見えやすく敵や間者を見つけやすく狙われやすい。
しかし、話は密談……聞いている人間が少ない方が良い。
と言う訳で4人はそこで向かい合い、侍女たちがお茶や菓子類を並べ去るのを待っていた。
しばらくして、侍女たちが立ち去った事を確認すると、公瑾が口を開く。
「で、孔明どのはどういう意見? えーと、うちの主を苛めるのは良いけれど、反戦派を黙らせる事を考えているのかな!? 」
「そうですね……」
孔明は、息子を見る。
「喬。策をある程度固めたんでしょう? 今、ここで話してご覧? お父さんが、時々修正するよ」
「はい! 」
「子供の遊びじゃないよ」
素っ気ない子瑜の言葉に、喬は、
「遊ぶのなら弟たちと、父と母とで遊びます!! 伯父上は聞いていて下さい!! 」
ムッとした顔で実父を睨む。
子瑜の挑発に、まだ幼い喬は流すことが出来ないのだ。
「喬。兄上の意地悪に突っかからない。ほら、落ち着いて……話してご覧? 」
孔明は宥め、促す。
「はい!! 僕とお母さんは、火計が最も良いと話しました。場所は『赤壁』です。公瑾どのの軍の訓練所から近く、船も駐留しやすいと思います」
「でもね……風が、問題なんだよ」
子敬が、少し苦笑するように告げる。
「あそこは強い風が吹く。曹孟徳軍の駐屯する筈の場所から、風がこちらの軍に流れ込む。火を用いれば、逆にこちらの軍に被害が及び焼ける。それは安易な策だ。君が、地形やこの地域を知らないからだよ。甘い考えだよ」
3人の言葉に、喬は家族で作った地図を広げ、示す。
「安易じゃありません。見て下さい!!この地図を。この区域が『赤壁』です。赤壁の周囲には名の通り壁があり、複雑な地形をしていますが、下流まで下ると長江の流れが広がり戦いにくいですし、上流から下流に攻める曹孟徳軍に有利になります。それに母と話しました。母は北の河の戦い方を聞きましたが、水上戦は殆どありません。それだけの大型の船はなくて、兵士を運ぶ為と怪我人を運ぶ……そう言った小型の船が多いようです」
4人は表情には出さないものの、顔を見合わせる。
「母は曹孟徳軍は北の河の事はある程度知っているけれど、長江の流れは解らない筈だと」
「でも、荊州の水軍があるんだよ? 」
子瑜の言葉に、
「蔡将軍たちの軍は、まだ曹孟徳の軍、参謀に完全に承服していることはありません。曹孟徳軍も長江の流れに慣れないと思います。地上では精鋭でも、江の上では……と言う事になる筈です」
「それは、どこで聞いたの? 」
「母と均叔父さんです。前に、江東に月英伯父さんと碧樹伯母さんと父と母と、玉音叔母さんと6人で建業に来た時に、月英伯父さんと玉音叔母さんが、船に酔って大変だったって。きっと伯父さんたちのように酔う兵士が出ます。その為に、ある程度の陣を駐留させる場所が必要です。そして、それは広すぎても良くないんです」
「どうして? 」
公瑾は優しく問いかける。
「軍船を燃やす為です。その為に地上はそこそこの幕舎を備えられるように、その残りは軍船で待機……船酔いに長距離の強行軍で来た曹孟徳軍は、疲労などもあって体力が奪われ、倒れる者が増えると思います」
「仮にそうなったとして、風は? 」
子敬に問われ、喬は……。
「風は動きます。江東の軍が追い払う策は、風が変わることによる火計です。今回、船に乗っていた時に、漕ぎ手をしているおじさんと話しました。ある時に風が変わると。それは何時かは解らない……だから、詳しく聞く為に、今日は母と行くつもりだったんです」
「風が変わる……? 」
初耳らしい大人4人の言葉に、
「船で赤壁を通った時に、風はあちらからこちら……こことここに陣を置くと曹孟徳軍がここに……そうすると曹孟徳軍も到着し、風を知りこちらを侮ります。それもあります。その気の緩みも利用します」
6才の子供の淀みない発言に、子瑜、子敬、公瑾は心の中で舌を巻く。
父の孔明に相談した訳ではなく、母の琉璃と二人で作り上げたと言う策は、4人の大人が感心する程の内容だった。
「……凄いね……子瑜。君の長男の恪がこの策略考え付く? 」
子敬の言葉に、子瑜は首を振る。
「無理ですね。風が変わる……その曖昧な情報を調べに行くようなこともないでしょうね。目の前の事を繰り返すのが恪なら、喬はちょっとした聞き逃すような情報を記憶していて、それを本当かどうか調べると言う参謀の卵としての才能がありますね」
「えーと、幾つだっけ? 」
「6才ですよ。亮? もっと子供らしい子供に育てなかったの? 」
兄の言葉に孔明は、息子を抱き締める。
「何言ってるんですか、普段は可愛くて子供らしい子ですよ。私と公の立場をきちんと区別してるんです。私の可愛い息子ですよ!! 」
「ハイハイ。子供溺愛も良いけれど、武器は? 船上戦は、近距離の戦いに集中しては、こちらも火に巻き込まれたり……」
「強弓と箭です。遠くから攻めることと混乱させます」
「箭……そんなに余裕があるかな……」
考え込む公瑾に、喬は、
「そして、火は火矢ではなくもっと大きな物で着ける……そこまでは母と二人で考えていましたが、もう少し情報と策略を詰めようと……その前に休もうと眠った時に……」
唇を噛む。
「もう少し情報を集めないといけない。そして、もっと完璧な策略を母と二人で作り上げて、伯父上に母を認めて貰おうと……思っていたのに……」
「ほとんど、喬が考えたのかな? 」
子瑜の言葉に、言い返す。
「そんな訳ないでしょう!! 僕が情報を集め、その情報を母が経験と過去の情報とで練っていったんです。僕が賢くても、僕は母のように経験が足りません。ですから、僕一人では情報だけ集めて報告して、母が突き詰めていったんです。僕一人で、と手柄を横取りしません」
「……それは、怖いねぇ」
子瑜は孔明を見上げる。
「どうやって、ここまでに育てたの? 」
「興味があることをさせて来ただけです。勉強として無理矢理押し込むのではなくて、これは何? あれは何?と聞いてくるので、丁寧に説明していっただけです。でも、私が解らないことについては、その本職の人に聞いたり、琉璃や月英、均、や姉上たち、士元や元直兄……その道の専門がいたので……」
「ふーん……」
子瑜は呟く。
「琉璃についての考え方も改めないといけないね……侮れない存在だ。喬だけでなく……」
「もう苛めないで下さいね!? 兄上。琉璃は今、本当に参っているんですからね!! 」
孔明は牽制する。
「そうだねぇ……でも、本当にここまでとは思わなかった。亮の後ろに隠れているだけじゃないって良く解ったよ。それに武将としてだけでなく……『諸葛孔明』と名乗るだけあって……名に恥じない存在ってことか。亮は……自分を高めるだけでなく、育てるのも得意……う~ん。嬉しい誤算」
「味方となったら安心だけど、敵になったら厄介だなぁ。殿には念押ししとかないとね」
子敬は口に手を当て、考え込む。
「それにしても、まぁ、子瑜の弟たちだし、味方だからある程度の情報は知られて良いけれど、もしかすると、向こうも江東の事を研究しているに違いない。……向こうに誰かが情報を売ってる可能性もあるね」
「調べてみましょうか……」
一応中立派を表向き掲げている公瑾は、微笑む。
「そうだね。調べておいて、公瑾」
子敬は頷き、子瑜は、
「じゃぁ、亮と喬は今日は出掛けないように。ついでに公瑾どのに聞いたけど、亮。昨日の後、開いた傷の手当てしてないんだって!? 今すぐ、医者を呼んで貰って手当てをしなさい、良いね? 」
「……はい」
兄が怒るとどんな目に遭うか知り尽くしている孔明は、頷く。
「じゃぁ、又今度。会うまでには治しなさい」
「はい、兄上」
二人は地図を畳み、部屋を出ていったのだった。




