孔明さんは、孫家の収入源などの情報を調べているようです。※
朝の着替えをしようとした琉璃は、持ってきていた荷物がないことに気がつく。
聡明な喬ですら、焦っていたのか持ち出していたのは、荊州で孔明と琉璃と3人で作り上げた地図だけだったらしい。
その為なのか、公瑾か木蘭が気を利かせてくれたらしく、侍女たちが幾つかの荷物を持ってきた。
それは、夜の間に準備された女性ものの衣一式と、木蘭の使っていたらしい装飾品の数々。
荊州では、『翡翠』を中心とする『硬玉』、『軟玉』の類いが多いのだが、木蘭の装飾品には、見たこともないものが多い。
「あぁ、これは『明珠』だね。貝が産み出す丸い宝玉。他には『珊瑚』に『瑠璃』、『玻璃』に『瑪瑙』、『しゃこ』もあるねぇ…あぁ『琉璃』は『瑠璃』と同じ石だね」
覗き込んだ孔明は、一つ一つ示す。
「だ、旦那様……ご存知なのですか……? 」
「あぁ、徐州に住んでいた時に、父の仕事の手伝いで取引を見ていたんだよ。『珊瑚』は南の海の、『しゃこ』も南方の貝、『瑠璃』は青い石だね。『瑪瑙』は色々な色があるよ。『玻璃』は壊れやすい石だから注意だね。でも、よくこんなに集めたね……凄いなぁ……江東は侮れないってことか……」
感心する夫に、
「そんなに、お金……」
「う~ん、荊州に運べば、相当儲けるよ。でも、私が言いたいのは、これだけのものを貿易で手に入れてるって事はそれだけ、財力だけでなく船の出入り……港の整備もされているし、入港料を得たらもっと……。そうか……孫家は、それで独立を保てるのか……凄いな」
感心したように、ぶつぶつと呟く。
「はぁ……そうか……西の貿易の道だけが道じゃない。海にも道があるんだ……」
「旦那様……? 」
「あぁ、御免ね。ちょっと考えちゃって……利用出来るといいなぁと……。うん、後で聞いてみよう。あ、喬と統と広? お母さんに似合う飾りを選んで? お母さんの衣は淡い色にするからね」
孔明は装飾品の箱を運び、そして衣をじっくり確認すると、
「これ。うん、琉璃に似合う。琉璃、着替えようね」
「は、はい」
琉璃は女性用の衣に着替え、髪は孔明に結って貰う。
過去、毎日のようにその様子を見ていた喬は、嬉しそうに母につけて貰う髪飾りを選ぶ。
「お母さんは、淡い色が似合うんだよ。お父さんは良く解ってるんだって」
「あ……ねえねえ、お兄ちゃん。この飾り、お母さんにどうかなぁ? 」
兄に付き合い、飾りを覗き込んでいた統は示す。
「あぁ、いいね。すごく綺麗。統は見つけるの上手。それに広はさっきの選んだの、可愛かったねぇ? 」
喬は二人の弟に笑いかける。
「ほんと~!! 広もおかーしゃん、かわいいのしゅき!! 」
「だよね」
「3人とも、飾りを決めたかな? 」
息子たちを見る孔明に、喬は統が選んだ飾りを、
「統。持って行ってあげて。統が選んだんだから、お母さんを飾るお父さんのお手伝いもね? 」
「えっ。ぼ、僕? 」
「そうだよ。お願いね」
統は恐る恐る手に取ると、両親に近づく。
「お母さん……えとね、僕が選んだの」
「まぁ、綺麗」
「本当だね。琉璃に似合いそうだ。統は見る目があるねぇ」
二人に誉められ、照れ笑う。
「じゃぁ、お父さんと飾ろうか……お母さんがもっと綺麗になるね」
「はい!! 」
統は父親に手伝って貰いながら、琉璃の髪に耳に飾る。
「ほーら、お母さんの綺麗な姿の出来上がり」
息子たちの前に、琉璃の手を引いて歩いてくる。
「どうかなぁ? 皆」
「わぁ!! お母さん綺麗」
3人は手を叩き、喜ぶ。
「うわぁ……うわぁ……」
「おひめしゃま、おひめしゃまだぁ。おかーしゃん、おひめしゃま」
勇ましい男装の多い母親の初めて見る姿に、統に広は目を見開く。
「だよねぇ!! お母さんはお姫さまみたいだねぇ」
遠くから、近くから見ていた孔明は、うんうんと満足げに頷く。
「やっぱり似合う!! 琉璃はやっぱり国一番!! 」
「そ、そんなことは……」
ぱぁぁっと頬を赤らめる。
「やっぱり、琉璃は男装よりも、こういった色の、柔らかなフワッとした衣が似合うよ。ほんのりと化粧すると、艶やかになるし……」
楽しそうに、愛おしそうに目を細める孔明に、気恥ずかしくなり琉璃は視線をそらせる……と、どういう訳か目を遠くした義兄の子瑜に子敬、公瑾が立っていた。
「お、お兄様!! 」
「……一体何時まで新婚気分なの……? 亮と琉璃は」
呆れ返ったと言わんばかりの呟きに、孔明は真顔で、
「自分が満足するまでですよ。決まってるでしょう!! 兄上!! それに見て下さい!! 私の琉璃の愛らしさを!! 琉璃程可愛くて、愛らしくて、努力家で、完璧な嫁はいませんよ!! この姿を見せるの、時々躊躇うんですよね……特に季常に見せるのは」
「あぁ、あれ? あれってさぁ…お子さまだよねぇ……」
子瑜が呟く。
「何時までもお子さま、じゃあるまいし、気を引きたいなら別の方法をとれば良かったのにね」
「……? 旦那様、お兄様? 季常どのが何か? もしかして、旦那様を!? 」
顔色を変え、夫と義兄を見る。
琉璃にとって、季常は関平と共に『鬼門』である。
苛める人、苦手な人という認識らしい。
その姿に、子敬は、
「琉璃どのは、そのまま可愛いままで充分だよ。うん、可愛い嫁って良いねぇ。孔明どの」
「えぇ、自慢の嫁ですよ」
「まぁ、その話は後にして、開戦派としての話をしておきたいんだけど。子瑜と3人で、話せる? 」
子敬の言葉に、喬が手を挙げる。
「僕も行きます。僕も母とここに来るまで……ここでも話していたんです!! 参加させて下さい」
「子供の遊びじゃないよ? 」
子瑜の言葉に、キッと喬は実父を見上げる。
「母も父も、僕も物見遊山に来たつもりはありません!! 一応、ち……母と統の静養もありますが、説客としての責任は果たします!! 」
「それならいい。じゃぁ、喬も来るといい」
「ありがとうございます。来たからには、それなりの成果をご覧にいれます」
「それは楽しみだ。喬」
ニッコリと笑う実父をキッと睨み付ける喬。
「喬。実のお父さんに喧嘩を売らないんだよ。本当に、兄上に喧嘩を売れるのは、早々いないよ。あの世を見るよ……」
孔明は、忠告する。
「まぁ、琉璃は、統と広と遊んでなさい。お願いね? 」
「はい、いってらっしゃいませ」
「行ってきます」
長男の手を引いて、先を歩く3人を追いかけ孔明は部屋を出ていったのだった。
翡翠には硬玉、軟玉があり、加工しやすい軟玉で様々な工芸品を作っていたようです。
翡翠と、インド翡翠とも呼ばれるアベンチュリンは違う石です。
珊瑚は、この連載時は勉強不足のため、普通に桃色珊瑚、白珊瑚があると思っておりましたが、桃色珊瑚と白珊瑚は深海に生きる珊瑚で、当時は滅多にお目にかかれなかったようです。
現在、中国が乱獲しているのはこの二つの珊瑚です。
で、当時は西から渡ってくる紅色珊瑚が有名で、取引がされていました。
現在の地中海原産の珊瑚です。
明珠は真珠の別称です。
瑠璃と琉璃はラピスラズリのことです。
玻璃は天然のガラスや、古いガラスのことも指しますが、水晶の別称として記載されることもあります。
瑪瑙は縞めのうが多く、ブルーレースと言う薄い水色の縞模様の石もその一種です。
しゃこはシャコガイのしゃこで、磨くととても美しいので珍重されました。
よろしくお願いいたします。




