衝撃が強すぎたのか、士元さんの珍しい弱気発言です。※
孔明は、昏々と眠りながら馬車に揺られる。
士元の腕から下ろされた広と、琉璃と滄珠が、先程の十連式連弩の実戦の報告書を書き込んでいる均と一緒に馬車に乗っている。
「大丈夫か? 」
後ろから追い付いた益徳が馬車の中を覗き込む。
「おいちゃん、おとーしゃんねんねしてうよ。ねんね」
広が、とたとたと駆け寄る。
「お、広か!! 元気そうだなぁ。いい子だ」
子供好きの益徳は頭を撫でる。
「で、血は……」
「止まりました。解熱の薬も飲ませてます」
均は顔をあげて答える。
「基礎体力がありますから、大丈夫でしょう。それよりも、連弩の使われ方も考えないといけないなぁと……」
「お前、仕事熱心だな……根気強さはもぐら譲りか? 」
益徳の言葉に、苦笑する。
「兄様程の熱心さはありませんよ。兄様は、何でも完璧主義です。出来て当然なので」
「……まぁなぁ……もぐらの根気強さは、俺でも感心するぜ」
「でも、琉璃? お前、本気で統や広を引き取るのか? 索も」
士元の問いかけに、琉璃は頷く。
「はい。旦那様がそう言ってますし、それに、趙子竜おじいさまのお孫さんです。私の兄弟のようなものです。出会ったんです。ですから、面倒を見るのが当然ですし、喬ちゃんの兄弟が増えて嬉しいです。私は家族沢山欲しいです」
嬉しそうに微笑むと、腕の中の滄珠にほほを寄せる。
「滄珠ちゃんのお兄ちゃんが沢山ね。嬉しい、嬉しいね」
「まぁ、それならいいが、まぁ、無理はするなよ? もぐらが良くなるまで、琉璃、4人の息子と娘一人じゃ手に余るだろう? 」
益徳の問いに、
「はい。でも、士元お兄様と均お兄様と、虎叔父がいるので大丈夫です」
琉璃の返事に、一瞬絶句するが、破顔し答える。
「おう、任せとけ。琉璃」
「所で、益徳将軍。しんがりは……それに、敵は? 」
均の一言に、益徳は両腕を抱き締めるようにしながら、ブルブルと震えて見せる。
「お、思い出したくねぇ……」
「思い出したくないって、連弩の威力ですか? 」
「それはまし」
士元は首を振り、微妙な表情で告げる。
「それがなぁ……曹孟徳が……」
「えっ? 大将が出てきたんですか!? 」
「ああ……こっちの戦闘意識を壊滅してくれた……」
げっそりとした顔で呟く。
「お前の昔の姿が、よっぽど可愛かったぜ……」
「は? 女装して出てきたの? 」
「深紅の派手な衣装で、髭があって……」
「普通じゃない」
突っ込む均に、士元は、
「だから、姿は男のままで、話し言葉が女言葉……余りにもちぐはぐすぎて、気持ち悪かった……」
「は? 」
「だから格好は男、喋りは女言葉で、部下を叱る時は、夏侯妙才どののことを『妙才ちゃん』とか……。一応来てた元譲どのは呼び捨てだったが……『元直ちゃんは戴いたわよーん』とか……言ってて……不気味だった……」
「あれは幻聴、幻聴……俺は、張益徳」
呪文のように呟く益徳を示し、士元は、
「兄貴はさっきその例の曹孟徳に、『益徳ちゃん』呼ばわりされて魂飛ばしてた」
「い、言うなー!! 忘れ去りたいと言うのに!! 」
「と言うか、俺も言われてたら一瞬で戦意が失せると思った……こえぇ……」
遠い目をする士元。
「一瞬だけ、真顔になって普通の言葉を話した時には、刃物が背後から突きつけられたように、全身が総毛立った位だ。普段からそうだったら、部下は怖くて近づくのも怖いだろうな……だから、あの話し方をしてるんだろうが……敵どころか味方にまで衝撃的なんだろうなぁ……司馬仲達まで魂飛ばしてたからな……。こっちの殿は胡散臭い笑顔で不気味だが、曹孟徳もしゃべり方が不気味だ……。どっちもどっちだな……」
「そ、そうなんだ……」
「まぁ、孔明に連弩ってのを結構怒ってたから、下がってくれたって感じだな。でも、一時的だ。又来るぜ、多分、江東の方にもやって来るか……」
「困ったねぇ……休む暇もないって訳か……連弩も修正しておきたいし……。今回は色々あって……休めるのかなぁ……兄様は」
呟く均。
「江東単独……もしくはこっちが補助して曹孟徳と戦うって出来ないかなぁ……その間に、こっちの地盤固められるから……」
「そうだな。そういうことが出来ねぇか、叔常と季常と幼常で話し合うつもりだ。孔明が、元気になるまでは……それでしのぐしかねえなぁ……」
士元は溜め息を漏らす。
「何でも言い合えた、元直が欠けただけで……ポッカリでかい穴が開いてるっていうのに、孔明までこうだと、この俺だけじゃぁどうしようもねぇ……」
「珍しく弱気だねぇ!? 士元兄上」
驚いたように目を丸くする均に、士元はほろ苦い笑みを浮かべる。
「出会いと別れがあるのはわかってるし、俺は孔明に負けるつもりはねぇって思ってるさ……だがな、共闘すると決めた相手がいねぇってことは負担が増すってことだ。叔常はましだが、季常も幼常も参謀としては役に立たねぇ……そいつらの尻を叩いて動かしながらこっちはこっちで作業……手に余るだろう……早く孔明が、動けるようになるまで祈るしかないな……」
首を竦める。
「まぁ、急がず、イラつかずに傷を癒せって言っとけよ。俺は急いで参謀以下どもに、以上になるまで急遽叩き込む」
「頑張って。士元兄さん。こっちはこっちで何とかするよ」
二人は笑いあい、別れる。
馬車は動く……江夏に……これから起こる出来事に向かって……。




