元直さんは囚われの身の上となってしまいました。※
少しだけウトウトと寝入っていた元直は目を覚ますと、纏めていた荷物を手に立ち上がる。
覚えている限りでは昨日移動した道を戻っていくと、この廃墟の村の向こうに馬車がある筈である。
「香月……今日も頼むよ」
愛馬を撫でると早急に馬に乗り、目的の馬車がある場所に向かっていく……。
小半時もすると馬車が見え、速度を早め近づくと寸分たがわぬ馬車を見つける。
近づくと幕をめくりあげ、馬車を覗き込む。
馬車の奥に赤ん坊がかごの中におり、馬上からは手が届かない。
仕方なく馬を降り、馬車に入ると奥まで向かい、かごの中の阿斗を抱いて香月に乗ろうとすると……。
ざざざっ!!
すさまじい数の矛に戟、連弩の先が元直に迫っていた。
「よーっしゃ。劉玄徳軍の人間見っけた」
にやっと笑うのは、童顔の武将。
咄嗟に剣を掴もうとするが、
「やめておくがいい。赤子に危害を加える気はないが、手が滑って……と言うことも有り得る」
片目を布で覆った、男がゆっくりと近づいてくる。
「私は曹孟徳軍の武将、夏侯元譲と言う。そちらは?」
「……わ、私は……劉玄徳軍の参謀……徐元直と申します。この子は……ゆ、友人の息子……です」
「友人の? 」
元譲に覆い被さるようにのし掛かる男が、
「友人の子供? あんた、仮にも軍の参謀だろ? それにバカな俺でも知ってるぜ? 普通、層の少ないお前の所の貴重な参謀が助けに来る赤ん坊ってのは、相当な身分の子供だろ? 」
「友人の子供です!! それ以外ありません!! 」
「おい、こら、正直に話せよな!! 俺は短気だ、ぶん殴るぞ!! 」
ムッとした顔に、フッと笑うと、
「劉玄徳軍の益徳将軍ですら、私には一度も手をあげませんでした。この軍は捕虜に暴力を振るうのですね? そうでしたか……孔明が言っていましたね。曹孟徳軍は元譲将軍以外は、名乗り見せずに一騎討ちをすると」
「……ぐっ!? 」
口ごもる男に、繰り返す。
「この子は、友人の息子です。混乱で置き去りにされた子供を迎えに来ただけです。それで? 」
「……この子は、友人の子供と言っていたが、そなたの友人と言うと諸葛孔明に龐士元、馬季常、幼常だろう? だが、龐士元は結婚しているが妻女は襄陽。馬季常は未婚者。幼常は結婚はしているが実家……3人は子供なし。子供がいるのは諸葛孔明。しかし、子供は5才の息子に生まれたばかりの女の子」
「で、ですから……この子は……」
そこまで情報が流れているのかと焦る。
「十中八九、劉玄徳の息子だろうな。又、子供を捨てて逃げ出したか、あの男は!! 」
眉をつり上げ罵る元譲に、横の男は、
「え、えぇぇ!? こ、こいつ、劉玄徳の息子か!? 」
「おい、こら、何をしている!! 」
男が手を伸ばそうとするのを、元譲は止める。
「何をって、劉玄徳の息子だろう!? 殺すんだよ。女ならどっかに嫁って出来るが、男は駄目だ。可哀想だが殺すしかねぇ」
「やめろ!! 妙才。劉玄徳の息子を捕らえたんだ、一応と言うか、も……殿に相談してからだ。……申し訳ないが徐元直どのとおっしゃられたな? 貴方の身柄は我々がお預かりする。逃げ出したりしないと言われるなら、綱も打たないし、その赤子は抱いたままで結構だ。どうされる? 」
淡々と……話す元譲は問いかける。
元直は、穏やかだが孟徳軍1の名将の一瞬立ち上った殺気に、力を抜き、告げる。
「逃亡は致しません……お約束します。まだ死にたくありません」
「それはよかった……では、数人の警備をつけ、後ろを追う孟徳……殿の元に、向かって戴く」
「解りました……」
呟いた元直は、後悔するのではなく、何故かホッとした顔をした。
その表情に、元譲は一瞬問いかけようとするが、すぐに、
「では、先を進め! 」
「はっ! 」
劉備軍の後を追う部隊に逆送するように馬に乗せられ歩く元直は、目を閉じ俯いたのだった。




