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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
長阪坡の戦いになる事を食い止める術はありません。
161/428

元直さんはこれからの事にとても迷い続けています。※

 目を凝らしても、当然夕闇に暮れる道の先は見えない……。

 元直げんちょくは半分途方に暮れていた。


 あの時止めてくれた益徳えきとくの真剣な言葉を思いだし、あの場所から逃げた自分にも腹が立った。

 しかし、阿斗あとは赤ん坊で、馬車にいるとはいえただ一人置き去りにされて、お腹も空いていて泣いているだろう。

 赤ん坊を見捨てるのは……出来なかった。


 一度休息をとったが、やはり気がかりですぐに馬上に戻った元直は、しばらく駆け足をしたり、降りて歩いたりしながら、とっぷりと日が暮れるのに気がつき、先を進むかこの場に留まり一夜を過ごすか迷った。


 道を進むには簡易用の明かりを掲げたり、松明と言う方法もあるが、そんなものを持っていると敵に見つかるだろう……。

 躊躇ためらった後、静かにその場で一晩を過ごすことにした。

 掘っ立て小屋を探し、その中で火を起こし湯を沸かし、持っていた簡易食を流し込むようにして口にする。

 これは、料理の得意な孔明こうめい琉璃りゅうりがあれこれ研究中のもので、孔明が真顔で、


「甘いのと苦いのと、薄味と酸っぱいのと、辛いのと塩っ辛いの……全て固くなってますが……どれがいいですか? 携帯しやすくしているので味は二の次です」


と言いきり、その横で琉璃が、


「頑張ったのですが、時間がなかった上に余り上手くいかなくて……」

「私も作って口にして思いましたが、お薦めはしません」


と言われた時には、一体どんなものを作ったのだろうと危ぶんだものだが、湯に浸して飲み込めば何とかなるものである。


「と言うか、兄様……実用性ばかり重視して、面倒くさがりだから何でも入れてみるんだよねぇ……味は兎も角。滋養強壮、体力回復、疲労回復とか? だから極端な味になるんだよねぇ。もう少し、手抜きしてもいいと思うんだけど、兄様生真面目だから……」


 きんが、やれやれと呟く。


「味を考えて欲しいよねぇ? 味が一番だと思うよ。うん。でも、兄様は悪気はないんだよ?元直兄上だから種類を豊富に教えているけど、士元しげん兄上とか~季常きじょうとか幼常ようじょうとかには、説明せずに混ぜ込んだのをごっそりとあげてたからねぇ……」

「後で説明は……」

「琉璃と私が説明したよ。士元兄上には。後で兄様たちが、やいやいやりあうのも楽しいけど、後に残っちゃ困るでしょ? それでなくても皆焦っているのに参謀同士が喧嘩って、私たちに迷惑だと思うんだよねぇ? 」


 均の言葉に引っ掛かりを覚え、問い返す。


「季常に幼常は? 」

「あの二人にも一応、説明したよ。忙しそうに焦ってたから半分聞いてないと思うけど」

「忙しそう? 」

「うん、出陣前。特に殿と一緒に出陣する幼常は焦ってるし、季常は季常で関平かんぺいどのを探し回っていたからねぇ……。ほら、あの二人、特に私の事を侮ってるでしょ? 聞き逃してると思うよ」

「聞き逃して……えぇぇ!? どうするの!? 」


 焦る元直に、均は真顔で、


「忙しくても、幾ら危険が近づいていても、部下の前で焦るのは参謀失格だよ。冷静に逆に部下の前では大丈夫だ、安心しろって言える、その余裕がないとね。元直兄上とかは、うちの研究仲間には冷静で落ち着いていて大らかで安心出来るって好印象だよ。で、士元兄上は最初は口が悪くてあぁいう態度だから、『何だよ? 今忙しいんだ。短時間でまとめて説明してくれ!! 』とか言うけれど、しっかり最後まで聞いてくれて助言もくれるし、最後に『お前は良くやってる。頑張ってくれよ』とか一言くれるって喜んでいたよ。そういうのが仲間意識が高まるんだよ」

「え~と、孔明は? 」

「一人だけの時もあるし、時間があればきょう滄珠そうしゅと一緒にとか、琉璃と家族揃ってちょくちょく顔を覗かせてるよ。研究者たちも研究に作業にと必死なんだけど、普段がしっかりとしてるように見えるあの兄様の家族溺愛ぶりに最初は引いてたねぇ。『な、何だ? 参謀どのが!! 』『あんな顔出来るのか!? 』とか言ってねぇ? 」


 思い出したのかクスクス笑う。


「今じゃぁ、普段がおかしいって言われてるよ。『あの溺愛している奥方……じゃない、子竜将軍の傍にいて無表情は変でしょう? 熱がある筈です!! 』とかね。兄様は尊敬の対象みたい。長年の知識に経験と、月英兄上と色々なことを相談して作り上げてきた物のことについて、冷静に淡々と情報を伝えるし、遅くなっても不平不満一つ言わずに、手伝いもするし……逆に、うちの仲間の方が、兄様の体を心配してるよ。あんなに働いた上に、研究室で重い物を動かしたり、細かい作業に……その合間に滄珠の子守り……でしょ? 『あんなに働かれて、大丈夫でしょうか? 』とかね。兄様は、そう言うこと無頓着だもんね……困ったもんだよね」

「……まぁ、無理はやめておくようにと伝えてはいるけれど、孔明は、無茶をしすぎる」

「そうなんだよね……疲れたとか、苦しい、辛い、哀しいって弱音吐かない人だから。だから、あんなになっちゃったんだけどねぇ……」


 均の言葉に視線を移すと、大男の部類に入る孔明が淡々と何かを部下に指示しているが、朝結い上げていた髪はほつれ、肩に背に流れている。


 その髪は白……。

 均によると琉璃が置き手紙を置いて消えて、一晩であぁなったのだと言う。


「もっと話を聞いたり、兄様が何を不安に思っているのか、話しておくべきだったと……心底後悔したよ。元直兄上。兄様は、自分のこと二の次三の次にする人だって忘れてたんだ……。荊州けいしゅうの安穏とした生活にどっぷりと浸かっていたんだね……? 私たちは……。徐州から逃げ回っていた頃の事を忘れたかったのかもしれない……」


 ぐしゃぐしゃと髪をかく均。


「もっともっと、兄様の役に立てるように、努力しないと……」

「まぁ、均はいつも通りでいいと思うよ。琉璃たちだけでは孔明には足りないと思うよ。均がいるから安心出来るって思っている筈だ。自分のことを卑下しなくとも、孔明が認めてる研究者の総指揮者は均だろう? 胸を張るといい」


 その元直の言葉に、照れ笑う。


「図に乗るよ?元直兄上」

「今日だけは許してあげるよ。明日から、順番に研究品を運んでいくんだろう? 」

「そうなんだ。家族も一緒。私は残るけどね。あの研究の数々が盗まれたら困るでしょ。設計図とか。大きすぎる物は持ち出せないから燃やしておくけどね」


 そう言っていたのは、数日前……。

 今は軍を離れ、一騎で阿斗あとを探しに戻っている。


 少しだけ……少しだけ休もう。

 元直は、ほんの少し温まった体にほっとしながら、火を消し目を閉じた。

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