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破鏡の世に……  作者: 刹那玻璃
長阪坡の戦いになる事を食い止める術はありません。
149/428

関平さんの逆襲にしては残酷な行為が始まりました。※

 馬車に取り残された玄徳げんとくの正妻、甘夫人かんふじん絳樹こうじゅ雲長うんちょうの夫人、韋夫人いふじんと息子のこう、そしてそれぞれについた侍女たちは、呆然とする。

 すぐに我に返ったのは韋夫人。


「ど、どういう事!? 誰か!! 誰か!? いないの!! お前、外を見て頂戴!! 」


 声を上ずらせ、侍女に命じる。

 そして、外に出て周囲を見回した侍女は、真っ青を通り越し蒼白の顔で叫ぶ。


「お、奥方様!! だ、誰も……御者も、護衛もおりませんわ!! あ、馬の鼻の先のずっと向こうに砂埃が、舞っております!! 」

「な、何ですって!? 」

「誰も……誰もいませんわ!! あ、あの、関平かんぺいと言う女も、季常きじょう様も!! 」


 侍女の声に、馬車の内部は狂乱の嵐のようになる。


「ど、どう言う事よ!? どう言う事!! 奥方様!? どう言う事ですの!! 」


 韋夫人は我を忘れ食って掛かる。


「どうしてですの!! 何で、どうしてこんなことに!! 」

「私にも解らないわ!! お前、馬車を動かしなさい!! 早く!! 」


 侍女に命じる絳樹に、韋夫人は癇癪かんしゃくを起こす。


「あぁ、ど、どうしてこんなことに!! 何で、私がこんな目に!! そうよ……そうよ!! 貴方に……あんたにおべっかを使ったりするのがいけなかったんだわ!! あんたのせいよ!! あんたが……いいえ、大元はあんな男に嫁いだのがいけなかったんだわ!! 何とかしなさいよ!! あんたが悪いんじゃない!! 」


 食って掛かる韋夫人に、絳樹はかっとなる。


「誰が、あんたですって!? この私を誰だと思っているの!? 劉皇叔りゅうこうしゅくの妻なのよ!! あんたこそ、何様のつもり!? 新谷しんやって言う小さい街と言うより村の商家の娘ごときが、私を罵って良いと思っているの!? あんたこそ、あの女を陥れたいって、私にすり寄ってきた癖に、大きな口を叩くんじゃないわよ!! 」

「何ですって!? あんただって、あの女を気に入らないと言ってたじゃないの!! で、追い出してせいせいした、ついでに残ったあの女の娘をイビっていたでしょうが!! 私に責任を押し付けるんじゃないわよ!! 」

「あんただってめかけの子だの、礼儀も何もなっていないとか、何だのと言って楽しんでいた癖に!! 」


 言い争うが、一向に馬が動く様子はなく、侍女たちも傍にいない。

 慌てて二人は外に出ると、侍女たちは馬車を動かすどころか、二人を見捨てて逃走していた。


「な、な……お待ちなさい!! お前たち!! 主を置いてどこにいくの!! 」


 絳樹は怒鳴り散らすが、足を止めることも返事もない。


「いやっぁぁ……何て、何て事に!! あんたのせいよ!! あんたが……トロトロと馬車を動かしているから、置き去りにされるんだわ!! 」


 韋夫人は半狂乱になり、空いている手で絳樹に掴み掛かる。


「何するのよ!! あんたこそ、のんびりいこうって同意したじゃないの!! 」


と、取っ組み合いの喧嘩を始めていると、皆が進んでいった方角から赤い馬が走って来る。


「だ、誰か来たわ!! 」


 髪や衣をつかんだまま、近づいてくるのをホッとして待っていると、


「奥方様に何をされているのですか!! 」


 声を張り上げて近づいてきたのは、関平その人である。

 しかも、近づきながらぼうを振り上げ、そのまま、


「奥方様に害をなす者は生かしておけません!! ご命令通り!! 」


と、言い放ち、韋夫人の背を斬りつける!!


「あ……!? な、何……で、わ、た……」


 目を見開いた韋夫人は、力を失い絳樹にのし掛かるように崩れ落ちる。


「き、きゃぁぁ……!? な、あん……貴方? 韋夫人!?  大丈夫? だ……」


 押し潰されるように地に伏した絳樹は、韋夫人の体から避けようと触れるが、手にはベッタリと赤い血がつく。


「……い、やぁぁ……、血、血よ!? ど、どういう事よ!? 関平!! お前、義理の母親に何てこと、韋夫人? 韋夫人!? 」


 肩を揺すり、声をかけるがすでに事切れているのか、動くことはない。


「どうしてこんなことに、どうしてこんな……、お、お前!? 義理の母親を殺すなんて……」

「義理の母親? 何のことですか? 私には、父も母もおりませんが? 」

「な、何を言っているの!! お前は雲長どのの娘で……」

「違いますよ。あちらも否定しておりますし、こちらもあんな男を父親なんて、思いもよりません。それにこの女は奥方様に反抗し、歯向かった反逆者。奥方様の護衛である私が殺すのは当然です」


 平然と答える関平。


「な、何を言っているの!? お前おかしいのではないの!? へ、平然とそんなことを言うなんて!? 」

「おかしいですか!? 」


 にたっ……と関平は唇を歪ませる。


「どうしてでしょう? 先程奥方様は、は……子竜しりゅう将軍の母親が不義密通ふぎみっつうを犯したと責めた所反抗し、暴力を振るおうとしたので護衛に斬らせたと言われましたよね? 今も同じ状況ではありませんか!! ご命令通り、任務を遂行したまででございます。奥方様。誉めて戴けると思っておりましたが……どうしてそんな風におっしゃられるのか、そちらの方が解りませんが? 」

「そ、そんな……わ、私は……あの女と、この韋夫人とは……」

「違う? そんなことはありません。同じ状況ですよ。奥方様。それに、本来なら奥方様も斬らねばなりませんが……斬らない事を感謝して下さらないと……」


 ふふふ……っと、狂喜の表情で腰を落としたままの絳樹を見下ろす。


「奥方様が妾と罵っていた女が、新谷を去る前に言っておりましたよ? 奥方様と糜夫人びふじん様が、殿以外の男と不義密通を犯していたと………」

「な、な、何を言って……い、るの……!? わ、私が、そ、そんなことを、する筈はないでしょう!! 」


 声を上ずらせる。

 一度、雲長の前妻をイビるために、口にしたことがあるのを思い出したのだ。


「そうなのですか!? では、嘘ですか。後で、益徳えきとく将軍の奥方に確認いたしますね? その方が、はっきりするでしょうから。では、奥方様? 一応反逆者の息子とはいえ、まだ乳飲み子……後で、殿か雲長将軍に伺って処分を決めて戴きます。その子を抱いて、私の馬に……殿の後を急いで追いましょう……良いですね? 」


 底知れぬ恐怖感に絳樹は怯え、立ちすくむが、関平は馬に乗り振り返ると、


「このまま残られても結構ですよ? すぐに曹孟徳そうもうとく軍がやって来ますから待っていて下さい。どちらがよろしいですか? 今のうちですよ? 手をさしのべるのは……」


 ブルブルと震えながら、韋夫人の腕の中の興を抱き取ると、関平に手を差し出した。

 その手は女性にしてはごつごつとして荒れていた……。


「では、参りましょうか? 奥方様」


 何故か嬉しそうな、高揚とした声で出発を宣言する関平の声が、地獄よりも恐ろしい破滅への道しるべのように聞こえ……絳樹は自分が何かを目覚めさせてしまったことに、ようやく気づいたのだった。

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