窮鼠猫を噛む……よりも、公祐さんの恐ろしさを認識した瞬間です。※
小さな新谷の城の中は、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
逃げ惑う兵たちを落ち着かせようとする者。
油を染み込ませた布や撒いた家屋敷をなめるようにして呑み込んでいく炎から逃れようと、必死に門に駆け寄って門を開けようとする者。
しかし、外から何かで押さえ込んでいるのか、開くことがない。
子孝は劉玄徳軍を追う為の南門と、許昌に逃げる北門を開けるように指示する。
そして、炎を弱める為に家々を壊したり、大きな屋敷の中の家の中を水を探し求めていくように命じるのだが、井戸は壊されて埋められており、全くと言って良い程火を弱める手段が見つからない。
じりじりとするが、何とか表情は平静を保ち、指示する子孝の背に声が聞こえる。
「……子孝……」
子廉が部下に肩を借り、ヨロヨロと姿を見せる。
しかも、片方の太ももには切り傷がある。
「なっ! 何をしてる!? 」
「司令官が役に立たねぇ軍は、孟徳兄の軍にはいねぇんだ!! おら。子孝、どうなってる? 」
「四方の門は全て塞がっている。炎は、油を染み込ませた布や屋敷や店、家の奥にばらまかれていた。酒は、眠り薬を入れている臭い消しと油の臭い消しも兼ねているらしい」
近くから椅子がわりの箱を持って来させ、子廉の足の手当てをさせる。
「子孝将軍! そして、子廉将軍! 南門が開きます!! 」
「解った!! すぐに俺が行く!! 」
子廉の言葉に、ぎょっとする。
「おい、子廉!? 」
「……ここまでの策略だ、多分罠かも知れねぇ!! 俺が行く。子孝は、別の門を開けてくれ!! それまでは、何とか食い止めてやる」
一瞬考え込んだ子孝は、頷く。
「解った。退却出来るように、手配を進めておく。合図まで、何とか食い止めてくれ」
「了解! と言うことで、行くぜ!! 」
二人は別れた。
許昌に……その前に主君であり従兄弟である孟徳の元に戻る為に……。
「扉が開きます。気を抜かないように!! 」
元直の言葉に、公祐は、
「余り気を張っても良くないですよ~。来たら叩く。それでいいんですよ~」
「おいおい、公祐。何か気が抜けるような台詞はやめろよな……」
顔を引きつらせる益徳に、公祐はにっこりと、
「窮鼠を追いかけ回すと逆に反撃されますよ。それよりも、一気に出てくるでしょうが、確実に仕留めることが肝心でしょう。何でしたら、私の……」
ふっ……
と笑う公祐に、益徳は首を振る。
「いらねぇ、いらねぇ!! お前は後ろで大人しくしておいてくれ!! いいな? 」
「おや、残念ですねぇ……折角久々に、気分転換をと思っていたのですが……」
心底残念そうに漏らす公祐を見て、
「あの……公祐どのの気分転換……と言うのは……」
元直の問いかけに、公祐は今度は嬉しそうに、
「あぁ、一応私は暗器(-暗殺武器-)を集めるのが大好きで……最近、諸葛均どのに色々と作って貰ったり、奥方に無味無臭の毒を幾つも頂いたのですよぅ。使ってみたくて……ワクワクしてますよ。今は紮馬釘(-日本で言うまきびし-)を改良して貰っていて……袖の中には幾つか。それに近距離は安心して下さい!! 」
拳を突き上げる公祐の指には、指輪が繋がったような拳鍔がはめられ、その手には、節鞭という短い鞭を繋いだ、動きを見極めるのが難しい武器を持っている。
「な、なぁぁ!? 公祐どの!? 」
「……公祐は、暗器収集が趣味で拳術の達人だ。子仲は匕首を隠し持ってるし、ある程度近距離は得意だ。で、憲和は弓に連弩の使い手」
元直は硬直する。
「3人がいらっしゃれば、無敵じゃないですか!? 」
「う~ん、でも、憲和の弩が使えないと敵の懐に入れないんですよねぇ……う~ん、小型化した弩のような暗器が出来ないか相談中なんですよねぇ……」
のほほーんと公祐は答える。
「……こ、この軍には……どんな人がいるんだ!? 」
「こーんな人ですよ。大丈夫です。季常どのや幼常どのには、騙しおおせてますし、隠しておけば後で良いことありますよ~」
ふふふ~ん。
楽しげな公祐を、けして敵に回すまいと誓った元直である。
「ほら、来やがった。行くぞ!! 」
益徳の言葉に、気を引き締めたのだった。




