趣味と実益が、一致している瓊樹さんの情報収集です。※
孟徳軍の参謀たちの細かい軍議が始まる。
色々と意見が出るが、賈文和が、
「玄徳は、多分あの偽善とした演説と微笑みで人民の人心を得ております。その為、人民や家族を楯に逃亡するかと思います」
「では、どうすれば良い? 」
「『白眉』以外の3参謀たちの裏をかく計画です。今すぐ、襄陽に密偵を送り、愚鈍な荊州の新しい州牧に降伏を申し出させます。もし、投降しなければ全兵力をもって、荊州を踏みにじると。荊州の新州牧は愚か者で有名。その母親の一族も良い噂を聞きません。しかし貪欲です。金に宝玉、地位等をちらつかせ、降伏させるのです。そして、新谷から襄陽に逃げる予定だった玄徳軍が江夏、広陵に逃げるのを、騎馬の精鋭部隊で追い詰めるのです」
「ですが、そう簡単には行きますかな? 」
張文遠が、口を挟む。
「劉玄徳軍には関雲長に張益徳、そして先程の得体の知れない趙子竜がいる。その上参謀の数も……」
「関雲長は、今、傷の手当てでほぼ出仕していないらしいですよ」
突然の瓊樹……文若の言葉に、周囲はぎょっとする。
「怪我? 」
夫の問いに文若が、頬に手を当てるとおっとりと、
「実は、私の友人が再婚されましたの。前のご主人が、側室を持たれて……その方が男の子を生んだそうで、娘しか生まれなかった友人を、夫とその側室が妾に貶めたそうですの。金遣いの粗い夫と、わがまま放題に育った娘に、その上正妻となった女性親子は、友人が買い揃えた屋敷や家具、装飾を全て奪い、放蕩三昧。その間、友人は離れに半年も監禁されていたそうですわ……」
表情を陰らせる文若。
「誰だ……ですか? その方は」
妙才の一言に、
「関雲長の奥方だった李彩霞様と申します。昔の名乗っていた名前は王貂蝉様と名乗られていて……今は、張益徳に助け出され、荊州を脱出した黄承彦殿の後妻として、様々な地域を旅しているそうですわ」
「……あ、あの女傑が、友人……」
妙才は、従兄弟の嫁の恐ろしさを思いしる。
「そして、瑠璃と言う新しい名前をご主人に付けて戴いて、娘さんと同じと喜んでいるそうですわ」
「瑠璃どのと言うと……瓊樹……じゃない文若どの!? この間数人の……」
元譲は妻を見下ろす。
文若は頷き、
「はい、趙瑠璃様とご主人の黄承彦様、嫡男の月英様ですのよ。瑠璃様のお嬢さんは一緒ではなかったのですわ……お会いしたかったですわ。でも、劉玄徳にお嬢さんご一家が囚われているのです」
「囚われているとは? 関雲長の娘を囚われると言うのは変ではないかな? 」
孟徳の問いかけに、爆弾を落とす。
「元譲様の最初に会った、『破鏡』と呼ばれている趙子竜と言う少女は、負け戦のしんがりと言うことで置き去りにされたそうですわ。そして大怪我を負い、ほぼ死の淵に……意識を失った趙子竜を乗せた馬が、戦場を逃れ放浪して、臥竜崗から襄陽の街に出掛けようとした『臥竜』に助けられたのだそうです。そして、青い瞳の美しさから『琉璃』と『臥竜』に名付けられ、黄承彦どのが娘として認知し、『臥竜』の元に嫁がせたと。しかし『白眉』と劉玄徳に家族を楯に脅され、戻ってこなければ家族を殺す。戻ってくれば家族や『臥竜』『鳳雛』には手を出さないと。泣く泣く劉玄徳の元に戻って、瑠璃様と再会したのですわ。つまり、『臥竜』の奥方が黄琉璃様であり、趙子竜です」
絶句する周囲。
「劉玄徳に脅され、一月……一人苦しんで悩んで……夫と息子、家族に迷惑をかけられないと姿を消した。……そして、丁度、監禁されていた彩霞……いえ、瑠璃様と張益徳が、趙子竜……黄琉璃様を保護したそうなのですが、関雲長と瑠璃様との間の娘が義弟である張益徳の館に、侍女や警備を殴りながら現れたそうです」
「……何て馬鹿だよ、張益徳の間違いじゃないのか? 瓊樹姉貴……じゃない文若どの」
妙才に首を振る。
「いいえ、張益徳は最近、『白眉』とその弟以外の参謀たちに学んでいるそうですよ。暴力性も抑えられているそうです。しかし、余りの酷い有様に怒り狂い、関雲長と義兄弟をやめると宣言されたとか。その様や数日後、関雲長は再び娘と共に侵入し、客人を歓待していた張益徳が瑠璃様とその時客人だった黄承彦様親子が駆けつけると、張益徳の夫人と息子が二人に暴力を振るわれ意識を無くしている上に、体調の悪かった趙子竜の首を関雲長が絞めあげ、娘が顔を殴り付けたり……『お前のせいだ。お前が戻ってきたからだ』と怨嗟の叫びをあげていた二人の傍に近づいた男がいて、娘の方を引き剥がし放り投げ、関雲長の両腕を捻り折ったそうです」
「ね、捻り折った!?」
元譲たちを初めとする武将、参謀が蒼白になる。
関雲長は、9尺の長身で張益徳程ではないにしろ、筋骨隆々の男である。
その関雲長の腕を捻り折った……。
「張益徳……だよな!? 瓊樹姉貴……そうだと言ってくれ!! 」
妙才の懇願するような声に、首を振り、
「『臥竜』。瑠璃様の娘の琉璃様の夫です。で、折られた関雲長は、怪我が余りにも治りが遅いようですね。それだけその『臥竜』は力持ちのようですね。それと、奥様の琉璃様とお子さんを呆れる程溺愛されていると、義兄の月英様が苦笑されてましたわね。あぁ、そうですわ。多分、関雲長の娘が戦場に出たそうですの。瑠璃様と瓜二つですが余りにも何も出来ない娘で、関雲長の怪我が治るまで、代理として戦場に立つとのことです。多分、先日の赤毛の馬に乗っていたのが、その娘だと思います」
「……長々と、本当にお前は説明と言うより下らない話が長い」
公達が渋い顔をする。
「でも、公達兄上。女性同士、情報のやり取り、宜しいのではなくて? いえ、よろしいかと思います。情報を得ましたもの」
「で、お前はどんな情報を差し出したんだ? 」
「瑠璃様と息子さんの月英様と3人で着せ替えごっこを楽しみましたの‼ ウフフ……月英様ってば32才だと言われていたけれど、昔、女性として育てられたそうで、お肌もつるつるでお化粧ののりもよくて、美男子と言うのはこういう方を言うのだわっと、感動しましたの。楽しかったですわ‼ 」
きゃっ……‼
周囲が引く程……夫以外……文若は、美しいものが大好きである。
夫の衣装だけでなく、曹孟徳の公式行事の正装の準備をするのは文若である。
「情報を得ながら、大好きなことをできるなんて……幸せですわぁ!! 」
うっとりとする文若に、孟徳は、
「よ、良くやった。情報を得た文若に褒美として絹を授ける。今後も情報収集を頼んだぞ」
「かしこまりました。沢山情報を集めますわ。頑張ります」
うきうきとした文若の声に、周囲は溜め息をついた。




