益徳さんと雲長さんの間の溝はかなり深いようです。※
玄徳と雲長と待ち合わせておいた場所には、まだ誰もいなかった。
その為、馬を降り、しばらく二人は戦略、補給、荷運びの事について話し合う。
「馬で十分だろう? 馬は機動力もあるし、運搬用に揃えて……」
昔、馬商人と交流があった益徳があっさりと言うと、孔明は首を振る。
「それだけでは無理です。益徳どの。兵一人一人に一頭の馬なんてどれ位お金が掛かりますか? それに、運搬用なのに馬の飼い葉も背に乗せるのですか? 荷物を乗せるのに馬を買い、飼い葉を乗せる……本末転倒ですよ」
「じゃぁ、どうするんだ? 『臥竜』……と言うより、もぐらは」
「……屯田兵ですね。まぁ、これは戦後の措置ともなりますし……」
「屯田兵? 」
聞き慣れない言葉に、首を傾げる益徳。
「戦場に田畑を作って、自給自足の生活をするのですよ。敵の兵糧庫を頼りにしたところで、火を着けて逃げたり、もしくはこちらの策略で火を着けたりしてしまいます。特に長距離、長期間の睨み合いの間、剣の稽古、訓練と共に体を鍛える事も出来ますし、食糧も賄えます。まぁ、長期戦や、もしくは兵を駐在させる関で、行うべきでしょう。その為駐屯する兵は自給自足です」
「へぇぇ……それも良いかもな。でも、そうすれば、荷馬車は? 駄目なのか!? 」
「馬車は荷を運ぶのに有効かもしれませんが、馬の重量に耐えられる道や橋、通路を造らなければならなくなります。人が歩く程度の橋ならばまだ良いのです。馬は基本臆病な生き物です。細い道や下の見える橋を移動することはほぼ有り得ません」
孔明の言葉に、参ったと言いたげに、両手を上にあげる。
「じゃぁ、何が良いんだ? 」
「人力で動かす荷車です。今、試作品を月英と均に頼んでいます。自らの食糧と武器、水、そしてある程度の予備の傷薬や着替えなども運びます。小回りが利くようにと、希望を述べておきました」
「……人の手で、動く荷車……? そんなもの今まで……」
「数人で、前後を押す車ではありません。一人が自分の荷物をそれぞれ運ぶものです。そうすれば、武器を何処かにやった。数が合わない。手入れを怠る。食事の量がと喧嘩も無くなるでしょう。自分の荷物は自分が責任を持つ。そうして意識も高まる筈です」
孔明は、続ける。
「それに、小型にすることで狭い道にも使えます。そうすれば非力の女性や子供も移動に楽でしょう? 元々は、畑仕事の為に作ろうと思ったのですがね……」
自嘲するように囁く。
「ほぉ……それを、我が軍の為に考えてくれたと言う訳か、『臥竜』は」
背後から声が届き、振り返る。
「お帰り、兄ぃ」
「お帰りなさいませ、殿、雲長どの」
目の前で馬を降りた二人に挨拶をする。
「遅かったなぁ、兄ぃ。何かあったのか? 」
「いや、州牧にお会い出来はしたが、蔡夫人と蔡瑁に、邪魔されて……な。だが、これだけは隙を見て戴いておいた」
「何だそれ? 」
覗き込もうとする益徳を、雲長は遮る。
「大事な密書だ、読めもしないのにどうする!! 」
「馬鹿にすんな!! 俺だってあんたのようにお勉強って奴をやってるさ!! 今は『春秋左氏伝』が終わって、『墨子』、『荀子』を、習い始めたさ!! ……まぁ、喬と一緒にってのが情けないけどな」
「でも、『墨子』を理解して、喬に実践させて下さったのは、益徳どのですよ。喬は苞君程、体が丈夫ではなかったですし、田舎育ちで城壁を近くに見たり、登ったり……とても楽しそうでしたよ」
孔明の言葉に、益徳は落ち着くとにやっと笑う。
「もぐらは、そう言う悪戯教えそうもないからな。俺は、小さい頃からやってたし、苞もやってるぞ」
「私も、田舎暮らしで裸馬に乗って走ったりでしょうか……喬は、乗馬が出来ますよ」
「へぇ……そりゃ凄いな。俺も苞に馬を教えたいんだが、うまく教えられるかなぁ……」
「大丈夫でしょう。益徳どのは、喬や苞君に城壁のことを説明したり、見守る姿は良い老師でしたよ」
孔明に誉められ嬉しそうに頭をかく。
「照れるな……俺は、馬鹿だから図に乗るぞ!! 」
「おい、益徳、孔明!! 二人でくだらない話をするな!! 」
焦れたように雲長が口を挟む。
「誰が呼び捨てにしろって言ったよ? 」
益徳が睨み付ける。
「さっきから、てめぇ何様だ!? 俺や孔明は敵か!? あぁそうだったな? 敵だったなぁ? 背中の傷はどうだ!? あはは……その動きのぎこちなさからして、まだひきつって痛むと見える。良かったなぁ!? 目が覚めただろ!? 馬鹿娘を育てたことを反省しろ!! そして、俺が、てめぇのような人間にはならねぇってことを見せてやる!! 」
「益徳。落ち着け……」
玄徳の低い声が響く。
「帰りながら、説明する。密書も見て貰う。それで思ったことを言って欲しい」
「あぁ。俺が出来ることならな!! 」
益徳が笑みを浮かべ、胸を叩く。
夕刻、孔明の館に戻った二人は、孔明の娘の滄珠と、滄珠の回りで遊んでいる喬と苞と、楽しげにお喋りをしている琉璃と益徳の嫁の美玲に、
「ただいま帰りました。琉璃、喬、滄珠も元気だね? 」
「お帰りなさいませ!! 旦那様。遠いところまで、大丈夫でしたか? 」
「お帰りなさい!! お父さん!! 」
駆け寄ってくる二人を抱き締め、すりすりと頬ずりをする。
「ただいま。やっぱり琉璃と喬と滄珠のいるお家が一番だね。ほっとするよ」
「今日は……? 」
「殿のお供で襄陽だよ。私は宮城に入れないから、益徳どのが着いて来て下さって、老師や徳公さま、姉上たちに月英に顔を見せに行っていたんだ」
「お、お姉様たちや、月英お兄様は……」
心配そうに琉璃は問いかける。
「元気だったよ。でも、襄陽の中は州牧の病で浮わついていた。動揺していたと言った方がいいね。まだ亡くなっていないのに、蔡家が政に口を挟み、蔡夫人が色々と画策しているという噂があったよ」
「そうなのですか……心配です。……特に、月英お兄様が……」
表情を陰らせる琉璃に微笑む。
「……月英の家族は、避難することにしたそうだよ。蔡家が台頭するなら、危険だからとね……琉璃や喬に滄珠に話もせずにこうなったけれど、必ず又会おうって……伝えてくれだって。きっと会えるよ。大丈夫」
「……はい。そうですね。又会える……」
琉璃も微笑む。
「だから、心配しないで……必ず、守るよ」
ぎゅっと抱き締める。
孔明には、琉璃たちと均の家族しかもういない……。
幾ら、嫌な予感しか感じないとはいえ、未来に突き進むしか残っていないのだ……。




