06 隠された空間
「ついたー!」
一番乗りを果たした未久が、息を切らせながら両手を広げてアピールする。
神社は今も存在した。あとはここが記録にあった『曳石神社』かどうかだ。
「やっぱり、名前わかんないな……普通この辺にあるよなぁ、名前の石」
入り口の鳥居の前で、凪が怪訝な表情を浮かべる。
通常、神社はその入口に名称の刻まれた社号標と呼ばれる石柱が立っているものであるが、この神社にはそれがないのだ。
「倒れてる……とかじゃないよな。悟、そっちはどうだ?」
「……もともとあって撤去されたとか、そんな感じでもないね」
「ここで合ってるといいんだけど」
凪たちは鳥居をくぐって境内へと進んだ。
短い参道を歩くと、その先には本殿と拝殿を兼ねた社殿がある。他に建築物と呼べるものは手水舎ぐらいのもので、紗名の実家である千守神社と比べるとかなり小規模な神社だ。
「気をつけてね」
男子二名を先頭に、木製の階段を上って社殿の扉を開ける。
当時から柱などは朽ちかけていた記憶があるが、経年劣化でさらに脆くなっている可能性がある。凪たちは最大限の注意を払いながら、その内部に足を踏み入れた。
――ギギッ
踏み出した足元で床が軋む。
「凪、ゆっくり行けよ」
「土足で入って……いいのかなあ」
「むしろ脱がないほうが安全。何か踏んだら危ないし」
「なんか悪いことしてる気分だな……」
社殿の中は畳敷きの部屋がひとつあるだけのシンプルな構造だ。かつて神社として機能していたころの荷物はあらかた持ち出されているので、内部はがらんとしている。
「てか見るとこないな、そもそも」
「天井裏……は上がれなさそうだから、床下だけでも確認しておくか」
探索はものの数分で終わった。
部屋の奥に祭壇らしき跡があり、鏡があるとすればおそらくここだったのだが――他の神具が軒並み持ち出されている中、御神体だけがそのままということもないだろう。
「なかったな、鏡」
「まあ、そうだよな。そんな簡単には――」
「てかこれ懐かしい!」
社殿の内部には当時凪たちが持ち込んだあれこれがそのまま残されていた。
「まだ残ってたなんて……ホントに誰も来てないんだな」
「見てこれ! 凪ちゃんのテスト用紙!」
「何でこんなとこに……お、こっちはみっこのお絵描き帳だな」
「いやー! 見ないで! 恥ずかしいぃ」
十年近い歳月を経て再会する品々を前に、昔話に花が咲く。
しかし盛り上がる凪たちとは対照的に、紗名だけがやけに静かだった。
「紗名? どうした?」
「ねえ、もう……帰らない? 危ないし、怖い……」
紗名は周囲を気にしながら、不安気に呟いた。
確かにここは人里離れた山中だ。一番近い人家まで徒歩で二、三十分はかかる。
この場所が不安なのは誰だって同じだろう。しかし、それを口にしたのが紗名だということが、凪には少し意外だった。
「なんだよそんな似合わない事言って――」
悟が凪を肘でつつく。
凪ははっと息を呑んだ。
さっきの休憩の時もそうだった。紗名の存在があまりにも近すぎて、その扱いや言葉選びにおいて凪はしばしば程度を測りかねてしまうことがある。
「あ、いや……よし、帰る……か」
ややぎこちない雰囲気をひきずったまま、皆は帰り支度を始めた。最後に全員で参拝をし、もと来た参道を引き返す。
「……ん?」
ふと凪の足が止まる。
手水舎の後ろに隠れるように併設された井戸。理由はわからないのだが、何故だかそれにひどく気を引かれたのだ。
井戸の上には石の蓋が乗っており、凪ひとりで動かすことは難しそうだ。
「悟、ちょっと手伝ってくれ」
「え、そこ開けるのか!?」
女子二人の心配そうな視線を振り切り、凪と悟は蓋に手をかける。
「いくぞ。せーの……」
ズッ
「うわっ!?」
石蓋は意外なほど軽く動き、二人は思わずつんのめった。
直径一メートル弱、厚さ十五センチはあろうかという石の板である。通常であれば大人二人分ないし三人分程度の重量が予想されるところなのであるが――不思議なことにこの石蓋はわずかな力でずらすことができる。
「よし、悟、大丈夫だ。俺だけでやる」
ゆっくりと蓋をずらしていくと、隙間から井戸内部の空間が顔を覗かせた。穴から出る冷たい空気が凪の頬を撫でる。
「風――?」
そのまま一気に石の蓋をどけると、そこに現れたのは真っ暗な地下へと伸びる階段だった。




