04 記録の中に
「よいしょーーーー!!」
景気のいい掛け声とともに、木製の引き戸を勢いよく開け放つ。
祭から数日後の土曜日。今日から学校は夏休みだ。
「えーと、たしかこの辺に……」
この休みを利用して、凪たちはキャンプの計画を立てていた。
自分たちだけで行う、初めてのキャンプ。
当然、その準備も自分たちだけで進めなければならない。
そこで凪は道具探しのために、自宅の納屋へと足を運んだのだった。
テントに寝袋、バーベキューセット……必要なものをひととおり揃えて納屋を出ようとした、その時。
「……なんだ? これ――」
乱雑に積まれた段ボールの上に、古ぼけたノート――いや帳面が放り出されている。
初めからそこにあったわけではないと思うが、あちこち引っ搔き回しているうちにどこかから出てきたのだろうか。
何枚もの紙を紐で綴じただけの簡素な作り。特に興味があるわけでもなかったが、凪はそれを手に取り表紙をめくった。
鉛筆書きであるところから見て、そこまで古い時代のものでもなさそうだが――ぱらぱらと流し読みをした中に、『鏡送り』という単語が散見される。
「えっ? マジかよ……」
ページをめくるにつれて凪の表情が変化していく。
気づけば凪は、真剣な目で帳面に見入っていた。
記録によると『鏡送りの儀』とは元来、八尋の家が中心となって行われてきたものであるらしい。
さらにこの儀式は鏡を用いて別の時代と交信することを目的とし、儀式に使用する鏡は八尋家の管理する神社に御神体として安置されている、とも書かれている。
「マジかよマジかよマジかよっ……!」
ページをめくる手が止まらない。
別の時代との交信。
八尋家が管理するという神社。
御神体である鏡。
そこに記された内容の全てが凪の心を強く惹きつける。
「――よし!」
決断は早かった。
凪はキャンプ道具もそのままに自室に駆け戻ると、ベッドの上のスマホを掴んでメッセージアプリを立ち上げた。
一時間後。
凪の部屋にはいつもの四人が集まっていた。
帳面を開き、皆に事の経緯を説明する。
ポイントとなるのは記録の中にある『曳石神社』という名称だ。紗名の実家である千守神社とは異なった名称である。
「これ、なんて読むんだろ。ひき……いし……? で、いいのかな」
「多分それでいいと思うよ。ただそんな名前、この辺では聞いたことないけどね」
難しい顔をして帳面を覗き込む凪と悟の間に、未久が顔を割り込ませる。
「凪ちゃんちで管理してたんでしょ? じゃあ多分この近く……って、あっ!」
はっとしたように悟の顔を見る未久。
「うん。あれのことじゃないかな。小学生の頃によく……」
凪たちはこの天原に存在するもう一つの神社を知っていた。
子供の頃、秘密基地のようにして集まっていた山奥の神社。当時から廃墟化しており、管理する者もいなかったと記憶している。
そのため建物の劣化が激しく、そこで遊んでいたことがバレて親にこっぴどく叱られた記憶もある。
「あの神社、名前なんだっけー?」
未久がしかめっ面で首をひねる。
言われてみれば確かに、よく遊びに行っていた場所のはずなのにその名称を思い出せない。
「ぼろぼろだったからね。どこにも書いてなかったような……」
「うえー、悟でも覚えてないのかよー」
悟の言葉に、凪はがっくりと肩を落とした。
そもそも当時の凪たちは単に『基地』としか呼んでいなかったため、その名称など意識したこともなかった。
ただ、曳石神社という名前と、あの場所との繋がりはほぼ確実に思える。
「実際に――行ってみればわかるんじゃないかな」
静かに口を開いた悟のひと言に、凪の顔がパッと明るくなる。
「そうか……そうだよ単純な話じゃん! 行ってみればいいんだ。この辺で紗名んち以外に神社って言えばあれしかないんだし」
「基地、行くの? うわあ久しぶりー!」
未久も目を輝かせ、場の雰囲気は一気に熱を帯びた。
まるで宝探しのような高揚感が、部屋の空気を包んでいく。
「小学校の裏のフェンス、破れてるところから入っていくんだったよね」
「みっこ、道おぼえてるよー!」
「おー、頼もしいなみっこぉ! よーし、じゃあさっそく――」
「――ねえ」
盛り上がる空気を遮るように、凛とした声が響く。
紗名だった。
全員の視線が一斉に彼女へ向かう。
「今日はもうこんな時間だから……明日にしない?」
時計はすでに午後四時を回っている。
今から山に入るのは、確かに少し無理がある。
「それにわたし、今日はこんな格好だから――」
半袖のTシャツに、ショートパンツという軽装。明らかに山に行くような恰好ではない。
そしてそれは――凪をはじめ、全員に言えることだった。
「そう、だな……」
納得したように頷き、凪も腰を落ち着ける。
結局、紗名のこの提案により探索は翌日に持ち越され、凪たちはそのまま作戦会議と称してしばしの間雑談に興じた。
「じゃーねー。凪ちゃん遅刻しないでねー」
「集合、俺んちだろ。遅刻しようがないわ……みっこの方こそ、寝坊すんなよー?」
解散の時間。
にぎやかに帰っていく仲間たちの背中を見送りながら、凪はふと山の稜線を見上げた。
あの山の中腹に、神社は今も変わらず存在しているだろうか。
かつて子どもだった自分たちにとってはただの“遊び場”だった場所。
でも、今なら――そこに秘められた何かを見つけられる気がする。
「……よし」
夕陽に照らされた山へ向かって、凪は小さく気合を入れる。
夏の冒険が、静かに幕を開けようとしていた。




