1.ある令嬢の嘆き
わたくしは、この国で一番醜い令嬢だ。
あきれるほどに背が高く、胸も小さい。目つきは鋭く、赤い髪はどれほど丁寧に巻いてもすぐにまっすぐになってしまう。一日のほとんどを室内で過ごしているというのに、肌はうっすらと焼けたような小麦色だ。
これでは、まるで男だ。
令嬢たるもの、愛らしく、か弱くあるべし。この国では、昔からそう考えられている。しかしわたくしは子どものころから大柄で、理想の令嬢とは程遠い存在だった。そんな自分が恥ずかしくて、自然と他人から遠ざかるようになっていた。
それでも、両親はわたくしを愛してくれていた。メリッサ、お前は可愛い娘だよと、いつもそう言ってくれていた。
でもわたくしは、その言葉を素直に受け入れられなかった。ひらひらのドレスもふんわりしたリボンも似合わない自分が嫌で、ろくに鏡をのぞくことすらなくなっていた。
十歳のとき、生まれて初めて舞踏会に出席した。
令嬢たちはみな、社交界にデビューする日を待ち焦がれる。わたくしですら、少しだけ期待していた。こんなわたくしでも、もしかしたらみなに受け入れてもらえるかもしれない、と。
けれどささやかな期待は、あっさりと打ち砕かれた。まるで女装した少年のようなわたくしを、みなは遠巻きに見ているだけだった。
それ以来、わたくしが公の場に出ることはなかった。好奇の視線をまた浴びるなんて、困惑に満ちたささやき声を聞くなんて、耐えられなかったから。
ただひたすらに引きこもり、人知れず年老いていくつもりだった。
……招待状を、もらうまでは。
「七年ぶりの、舞踏会……」
目立たないように着飾り、羽毛のついた大きな扇子で顔を隠しながら、広い廊下の端のほうをこそこそと歩く。
舞踏会の出席者たちが、遠巻きにわたくしを見ている。あれは誰だろうと、ささやく声がする。
ああ、やっぱりこうなってしまった。だから、来たくはなかった。……今からでも遅くない、帰ってしまおうか。
足を止めようとしたわたくしに、明るい声が投げかけられる。
「来てくれたのね、メリッサ!」
会場となる大広間の入り口に、愛らしい令嬢が立っていた。彼女はわたくしの姿を見つけると、弾むような足取りで近づいてくる。
彼女はわたくしの幼馴染、セイラ。この屋敷の主の娘にして、今日の舞踏会の主役だ。
社交界デビューに失敗して引きこもっていたわたくしのことを、彼女はずっと気にかけてくれていたのだ。
わたくしのもとを訪ねては、あれこれと他愛のないことを話してくれた。小鳥のさえずりのような明るい彼女のお喋りに、どれほど救われたか分からない。
今日は、そんな恩ある彼女の晴れ舞台だ。だから無理をしてまで、招待に応じたのだ。もっとも、既にくじけそうになってはいたけれど。
「え、ええ……」
わたくしのすぐそばまでやってきた彼女を、とまどいながら見下ろす。
セイラはぱっちりと大きくてうるんだ目、小さくてふっくらした唇、すべらかな白い肌をした、まるで令嬢の手本のような乙女だった。小柄で華奢な体つきと、愛らしい人形のような美貌に、すれ違う誰もが見とれている。
まとっているのは、柔らかな布がふわふわと広がった桃色のドレスだ。花の妖精のような、甘く儚げな雰囲気を醸し出している。
ドレスのえりぐりが大きく開いていて、寄せ上げられた豊かな胸元が見えている。燦然ときらめく大きなダイヤの首飾りが、ひと際目を引く。
「メリッサ、あなたが来てくれて嬉しいわ。人前が苦手なあなたを招待するのは申し訳ないかなって思ったのだけれど、やっぱり、どうしても来てほしくて……」
上目遣いでこちらを見つめる彼女は、本当に可愛らしい。女であるわたくしすら、うっかりときめいてしまいそうだ。
扇子の陰から少しだけ顔を出し、声をひそめて答える。
「あなたとジェイムズ様の婚約祝いの場なのだから、来ないわけにはいかないわ。……といっても、やっぱり人の目は怖いのだけれど」
鈴を転がすような彼女の声とは違い、わたくしの声は低くしっとりとしている。できれば、人前では話したくなかった。セイラのためだからと、勇気を出したのだ。
「ありがとう。親友に祝ってもらえるなんて、わたし、幸せ者だわ」
嬉し涙を浮かべる彼女の姿に、つい顔がほころんでしまう。けれど彼女に言葉を返そうとしたとき、背筋がぞわりとするのを感じた。もう一度扇子できっちりと顔を隠し、そろそろと辺りの様子をうかがう。
先ほどまでてんでに話していた周囲の人々が、みな無言でこちらを見ていた。セイラがわたくしのそばに来たことで、わたくしたちはすっかり注目の的になってしまっていたのだ。
愛らしいセイラと、無様なわたくし。みんな、口にこそ出さないけれど、頭の中でこう考えているのだろう。あの大女はセイラの知り合いだったのか、不釣り合いだな、と。
「ねえメリッサ、こっちへ来て。ジェイムズ様や友達に、あなたを紹介したいの」
けれど純粋なセイラは、周囲の雑音には気づいてすらいないようだった。ふんわりと幸せそうに微笑んで、わたくしの手にそっと触れている。
彼女の願いを叶えてあげたい。その思いに変わりはないけれど、これ以上目立つのは恐ろしい。
「……ごめんなさい。その、少し気分が優れなくて……」
「そうなの……分かったわ、無理強いはしないから。そうね、壁際ででも、わたしたちを見守ってくれていると嬉しいわ」
「ありがとう、セイラ。そうするわ」
彼女の気遣いに感謝しながら、すっと頭を下げる。彼女が大広間に戻っていくのを見届けてから、そそくさと大広間に入り、壁際に移動する。
息をひそめて、セイラの姿を探す。人ごみの向こう、大広間の中央にたたずむ青年に、彼女が駆け寄り、甘えるようにしなだれかかるのが見えた。
「お待たせしました、ジェイムズ様」
なるほど、彼がセイラの婚約者である、ジェイムズ様か。背が高くてがっしりとした、さわやかな笑顔の青年だ。
令息たるもの、たくましく、強くあるべし。それが、この国の伝統だ。そういう意味では、セイラとジェイムズ様は、理想の男女であり、とてもお似合いのふたりだと言える。
「いや、さほど待ってはいない。ところで、君の友人はどちらにいるのだろうか」
「ええと……来てたかなと思ったんですが、人違いでした」
「そうか、残念だ。もし見つけたら、ぜひ紹介してくれ」
どうやらセイラは、わたくしがここに来ていることそのものを伏せることにしたらしい。そのほうが目立たなくて済むし、わたくしとしてもありがたい。
それに、セイラに会いたいとは思ったけれど、婚約者であるジェイムズ様と顔を合わせる覚悟は、まだできていなかった。
壁際にたたずんだまま、気配を消そうと試みる。
地味な淡い灰色のドレスは、大広間の壁にまぎれるにはちょうどよかった。他の令嬢たちはみな色とりどりのドレスで装っているから、こうしていればこれ以上目立つこともないだろう。
ありがたいことに、大広間にいる人々の視線がそれ以上こちらに向くことはなかった。みなわたくしがここにいることなど気づいてもいない様子で、めいめい交流にいそしんでいる。
ほんの少し安心したからか、改めて周囲を見る余裕も出てきた。大広間の真ん中で語り合っているセイラとジェイムズ様を、黙って眺める。
セイラは、輝いて見えた。ジェイムズ様と寄り添って、幸せそのものだった。その姿に、胸がちりりと痛む。
わたくしも、彼女のようになりたかった。愛しい人と見つめ合い、明るく笑っていたかった。もちろん、どれほど願っても叶うことはないのだけれど。
そっとため息を押し殺していたら、どこからか若い男性の声が聞こえてきた。
「そちらのお嬢さん、名前を聞かせてもらえるかな?」
生き生きとして張りのある、快活な声だ。どうやら彼は、どこかの令嬢に話しかけているようだ。
でも、わたくしには関係ない。顔を隠したまま、羽根の隙間からぼんやりと大広間を眺め続ける。
「そこの君、そう、君だよ」
気のせいか、声が少し近くなったような気がする。このままだと、わたくしは邪魔になってしまうかもしれない。この場から移動したほうがよさそうだ。
しっかりと顔を隠しつつ、さりげなく声の主から遠ざかる。すると今度は、焦ったような声が聞こえてきた。
「ああ、どうか逃げないでくれないか。僕は君と話がしたいんだ、赤毛のお嬢さん」
冷や汗が流れるのを感じながら、周囲にいる人間を急いで確認する。この辺りにいる赤毛の女性は、わたくしだけだ。
……まさかと思ったけれど、声の主は、わたくしに話しかけている……?
あまりのことに震え上がりながら、混乱した頭で必死に考えをまとめる。
彼はわたくしと話したいようだけれど、もちろんわたくしは彼と話したくはない。だからここは、急いで逃げるしかない!
無言のまま首を横に振り、あわててその場を離れる。しかし後ろからは、誰かの気配がぴたりと追いかけてきた。どうして彼は、そこまでわたくしに執着しているのか。
大広間を飛び出し、せっせと足を動かしながら、さらに考える。
きっと、彼はわたくしをからかっているのだろう。あるいは、わたくしが顔を隠しているのが気になったとか。
ともかく、何がなんでも逃げ切らなくては。覚悟を決めて、走り出す。
この屋敷には、セイラに招かれて数回来たことがある。大まかなつくりは、頭に入っている。
裏口を抜けて、馬車が待機している裏の広場へまっすぐに向かえば、男性に追いつかれる前に馬車に乗って逃げられるだろう。急がなくては。
「待ってくれ、お嬢さん!」
けれどその声は、なおも追いかけてくる。ふと、嫌なことに気づいてしまった。このまま馬車に駆け込んだら、わたくしがどこの家の人間なのか、彼にばれてしまうかもしれない。それだけは、避けなくては。
あわてて、進路を変える。階段を上り、廊下を走り、とにかくめちゃくちゃに逃げ回って、男性をまこうと努力する。
少しずつ、追いかけてくる足音が遠くなっていく。ああ、どうにかやり過ごせそうだ。
「僕は、レナード!」
後ろから、息も切れ切れな叫び声が聞こえてくる。
「もしもまた君に会えたら、そのときはどうか、君の名前を教えてくれ!」
一瞬、足が止まりそうになった。振り向きそうになった。けれどそのまま、走り続けた。
セイラのことも、ジェイムズ様のことも、もう頭にはなかった。ただ、レナードという名前だけが、耳の奥で反響していた。




