10 新生
「じゃ、これからのことを決めるとするか」
ギャムレイがそのように告げたのは、その夜のことであった。
死闘の地を後にして、数刻がかりで雑木林を出て、さらに辺境の奥深くに腰を落ち着けたのちのことである。
すでにとっぷりと夜は更けて、車座の中央では火が焚かれている。
それを囲んでいるのは、わずか五名。ギャムレイ、トゥーイ、シャントゥ、ラミカ、ライラノスという顔ぶれだ。あとはすぐ近くの荷車の荷台で、ピノを抱いたノッドがちょこんと座していた。
ここは荒野の真っ只中で、ダルドロとペテルの亡骸は埋葬している。シャントゥやラミカと三人がかりでその作業を受け持ったギャムレイは疲労困憊であったが、まだまだ眠ることは許されなかった。
「どうでもいいから、さっさとしておくれよ。夜の風は赤子に悪いって、いつも言ってるだろう?」
荷台のノッドが、さっそく文句をつけてくる。
ギャムレイは苦笑を浮かべつつ、そちらを振り返った。
「だったら、ピノは荷台で寝かせておけよ。どうせまだ、何もわからねえ赤ん坊なんだからさ」
「ふん! それでもこの子だって、立派に一座の一員なんだよ!」
「だから、その一座をどうするかって話だよ。なんせ、座長がくたばっちまったんだからさ」
すると、トゥーイがとろんとした顔で身を乗り出した。左足に深手を負ったトゥーイは痛み止めの薬草を飲んで、無理にこの場に居座っているのだ。
「お、おい。まさか、一座をおしまいにするなんて言わねえよな?」
「新入りの俺が、そんな偉そうなことを言えるもんかよ。それを決めるのは、古株のお前らだろ?」
「そ、そうは言っても、俺はこの体たらくだ。こんな足じゃ、もう何の芸も見せられねえよ」
トゥーイが力なく肩を落とすと、ラミカも悄然と声をあげた。
「あたしなんて、あんな災厄を招き寄せた張本人だもの……それでもともと、笛と舞しか芸がないし……何も偉そうなことは言えないわ……」
「ったく、頼りねえ古株どもだな。じゃ、ノッドはどうなんだよ?」
「ふん! あたしだってピノがしっかり育つまでは、芸なんて見せてるヒマはないよ!」
そう言って、ノッドはじろりと座員たちをにらみ回した。
「だから、この子のために稼ぎをあげるのは、あんたがたの役割さ! 泣き言を言ってないで、この子のために踏ん張りな!」
「ま、そういうこったな。ライラノスとシャントゥも、それで文句はないかい?」
「は……わたくしは、座長とベラに拾われた身ですので……ベラの遺したピノのために、なけなしの力を振るいたく思います……」
「ほほほ。この一座が解散するというのなら、わしも山に帰るしかないがの。今後も続けていくというのなら、最後までつきあいたいものだ」
そう言って、シャントゥは荷台のほうに目をやった。
「あれなる子も、すっかりピノに懐いてしまったようだしの」
ノッドのかたわらには黒猿の子が寄り添って、ピノの顔をずっと覗き込んでいたのだ。ピノはときおり小さな手をのばして、黒猿の青黒い頬をつついていた。
「それならまあ、なんとか形になるかもしれねえな。炎の奇術、獣使い、星読みの三本柱で、あとは笛と太鼓の賑やかしだ。トゥーイも、太鼓ぐらいは叩けるだろ?」
「あ、ああ。だけど俺は、でかい領地には出向けねえ身だし……」
「ああ、そうだったな。ラミカのほうは、どうなんだ? もう盗賊どもはいなくなったから、何も心配する必要はねえんだろう?」
「え、ええ。もちろん、あたしは大丈夫だけど……」
「助かるよ。だいたい、手綱を握れる人間もシャントゥとお前らしか残ってねえんだからさ。お前らだって、大事な戦力ってこった」
ギャムレイの言葉に、トゥーイは弱々しくはにかみ、ラミカは目頭を押さえる。そんなさまを見届けてから、ギャムレイはシャントゥに向きなおった。
「あと、ゆっくり語らうヒマがなかったけどよ。実は、シャントゥの芸をでかい領地で見せる算段も立ったんだ」
「ほう? 狼や大鷲を町に連れ込むことができるのかの?」
「ああ。まだ確かなことはわからねえが、でかい天幕でも立てちまえば、そこで獣の芸を見せることもできるんじゃねえかって話なんだ。とりあえず、あちこちの領地で確認して、目処が立ったら天幕を買いつけりゃいいさ」
「ふん。でかい天幕なんて、どれだけ値が張ることやらね。言っておくけど、クルグの実だけは二の次にできないよ?」
すかさず声をあげるノッドに、ギャムレイは「わかってるさ」と気安く応じる。
「でも、この前の舞台で百粒のクルグを買いつけて、まだ銅貨は半分以上も残ってるんだ。つまり、一回の舞台でクルグ二百粒分以上の稼ぎを出せるってことなんだから、すぐにゆとりは出るだろうさ」
「うむ。つまり、六回ていどの舞台で二年分のクルグを確保できるということかの」
「そういうことだ。だから、クルグ二年分の銅貨がたまったら、残りの銅貨を使うことにすりゃあいい。何にせよ、先の話さ」
くたびれ果てた頭に鞭打って、ギャムレイは言いつのった。
「だからそれまでは、今の布陣で勝負していくしかない。辺境の集落ではノッド以外の全員がかり、でかい領地では俺とラミカとライラノス。これでしばらく巡業して、ゆとりができたら天幕の調達だ。ただ、シャントゥまででかい領地に出向くようになったら、留守の守りが手薄になっちまうよな。ゆくゆくは、人手を増やすことを考えたほうがいいかもしれねえぞ?」
「ほほ。おぬしはそんな先行きのことまで考えておったのだの」
「そりゃあそうだろ。ピノが無事に育つには、まだ何年もかかるんだからよ」
ギャムレイがそのように答えると、トゥーイが感じ入ったように息をついた。
「お前は大したもんだよ、ギャムレイ……どうかこれからは、お前が一座を取り仕切ってくれ」
「ええ。今日からあたしたちは、《ギャムレイの一座》よ」
ラミカまでそのように言い出したため、ギャムレイは「おいおい」と顔をしかめた。
「そんな責任まで、俺におっかぶせるんじゃねえよ。俺はこの中で二番目の新入りだし、一番の若造なんだぞ?」
「それじゃあ他に、誰が座長を務められるってんだよ? この中でまともな芸を見せられるのは、お前とライラノスとシャントゥしか残ってねえじゃねえか」
「そうよ。シャントゥはあなたより新入りだし、ひとりでは歩くこともできないライラノスにそんな役目を押しつけようというのかしら?」
まるで以前の活力を取り戻したかのように、トゥーイとラミカはぽんぽんとまくしたててくる。しかし、二人の顔に浮かんでいるのは、幼子のようなはにかみの表情であった。
「そうだの。人間あしらいのできないわしなんぞに座長は務まらんし、もとよりギャムレイは舞台の締めくくりを飾っておったのだ。これ以上、座長に相応しい人間はおるまいよ」
「はい……わたくしも、ギャムレイこそがもっとも座長に相応しいかと思います……」
と、シャントゥとライラノスまでもが、そのように言いたてる。
ギャムレイが辟易してノッドのほうを振り返ると、そちらには皺くちゃの仏頂面が待ちかまえていた。
「座長なんざ、誰でもいいんだよ。あんたたちは、ピノを無事に育てあげることを一番に考えな」
「ったく、どうしようもねえ連中だな。後悔しても、俺は知らねえぞ?」
そんな風にぼやきながら、ギャムレイは上衣の懐をまさぐる。
そこから取り出されたものを見て、トゥーイはぎょっと身を引いた。
「お、おい。なんでそんなもんを持ってきたんだよ?」
それは、ペテルが握り潰した真紅の宝石の残骸であった。
ただ、もとが子供の拳ぐらいの大きさであったため、もっとも大きな破片はまだそれなりの大きさを残している。それを指先でつまんだギャムレイは、焚き火の炎で輝きを透かした。
「裏にはでけえ亀裂が入っちまってるけど、表のほうは綺麗なもんだろ? これなら、使えると思ってな」
「つ、使えるって、何にだよ?」
ギャムレイはにやりと笑ってから、指先を引っかけて左目の眼帯を外した。
眼帯の下には、ぽっかりと穴が空いている。ギャムレイの左の眼球は完全に焼けただれていたため、腐って毒となる前にくりぬくしかなかったのだ。そんな険呑な処置をしてくれたのは、ベラであった。
その左目の空洞に、ギャムレイは真紅の宝石をぎゅっと押し込む。
それから「どうだい?」と周囲を見回すと、多くの座員たちがどよめきをあげた。
「ど、どうだいもへったくれもあるかよ。お前、何を考えてるんだ?」
「最後の見せ場でこいつを見せたら、盛り上がるんじゃねえかと思ってな。舞台ってのは、外連味が大事だろ?」
「だ、だからって、そんな忌まわしいもんを……今日の騒ぎは、全部そいつのせいなんだぞ?」
「だからだよ」と、ギャムレイは不敵な笑顔のまま言い捨てた。
「こんな石っころひとつのせいで、座長もペテルも盗賊どももみんなくたばることになっちまった。聖なる秘石だか何だか知らねえが、こんな石っころにそんな価値があるもんか。こんなもん、舞台の小道具がせいぜいだよ」
そんな思いでもって、ギャムレイはこの宝石の残骸を拾いあげたのである。
大切な仲間を二人も奪った凶運とやらに、なんとか意趣返しをしてやりたかったのだ。
「俺は、こういう人間なんだよ。後悔したんなら、別の人間が座長に名乗りをあげるこったな。俺は喜んで、その座をお譲りするぜ?」
「まったくあんたは、ダルドロに負けない悪たれだね!」
と、ノッドが皮肉っぽい笑い声をあげた。
「あんただったら、立派にダルドロの跡を継げるだろうよ。さ、話が終わったんなら、さっさとクルグの実を煮込んでおくれ」
「ああ。俺たちも晩餐だ。世話をかけるが、ラミカとシャントゥの二人でお願いするぜ?」
ギャムレイは足もとに落ちた眼帯を拾いあげて、ノッドとピノの待つ荷車のほうへと足を向けた。
ノッドの腕に抱かれて黒猿の子にかまっていたピノは、人形のような無表情でギャムレイのほうを振り返る。そうしてギャムレイが顔を寄せると、ピノは切れ長の目でじっと見つめ返してきた。
その黒い瞳にも、ギャムレイの左目の輝きが赤く反射している。
そして――ピノの小さな手が、ギャムレイの頬をぴしゃぴしゃと叩いてきた。
とても体温が高くて、やわらかい手だ。
その温もりが、ギャムレイの心の奥底にまでしみわたっていった。
(生まれて四日目で、この騒ぎだ。お前はこの先、とんでもねえ人生を歩むことになるのかもな)
しかしそれは、すべての座員が一蓮托生である。
そして、座員の中でもっとも年若いギャムレイは、もっとも長きの時間をピノと過ごすことになるわけであった。
(とっとと大きくなって、笛でも何でも覚えてくれや。お前だったら、立派にベラの姐さんの跡を継げるだろうよ)
ギャムレイがそんな風に考えていると、ピノは切れ長の目をすっと細めた。
それは何だか、ベラの皮肉っぽい笑顔に生き写しであり――それがまた、ギャムレイの心を深く満たしたのだった。
2026.9/23
今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。
なお、『外伝 逸脱者の狂騒曲』はまたいずれ続編を公開する予定です。
次回の更新からは『後伝 遥かなる理想郷』というエピソードを公開いたします。
こちらは本編の最終回の3ヶ月後を描いた内容となりますので、お楽しみいただけたら幸いでございます。




