03 検分
翌日――まだ朝も早い内から、ルウの本家に複数の男女が集められた。
いずれも分家の家人であり、その大半は年を食っている。男衆などは、ひときわ年長者を集めたとかしか思えない顔ぶれであった。
「忙しいさなかに、申し訳なかったな。しかしこれも血族の行く末を案じてのことなので、どうか皆々にも力を添えてもらいたい」
家長が厳粛なる面持ちでそのように言いたてると、誰もが敬服しきった面持ちで一礼した。家長ももはや二十八歳であり、年齢以上の風格と迫力を身につけていた。
ジバ=ルウを除く本家の女衆は外に出されており、家長を除く男衆はまだ寝所で身を休めている。また、幼子たちも外で遊ぶか働くかで、ジバ=ルウのもとには乳飲み子たるドグラン=ルウとモーティ=ルウだけが残されていた。
「まずは、女衆にうかがいたい。この場に集まってもらった女衆は、いずれも黒き森とモルガの森の両方でお産を経験しているはずだ。それでお産の苦しみに差はあったか、それをつぶさに聞かせてもらいたい」
「お、お産の苦しみですか?」
と、女衆らは困惑した顔を見交わす。女衆は、三十過ぎの年代が集められていた。
「ええと、あたしが子を生んだのはもう大昔の話なんで、あんまりはっきりとは思い出せないんだけど……一番苦しかったのは、黒き森で初めての子を生んだときだと思いますよ」
「わ、わたしも初めてのお産が、一番苦しかったように思います。モルガで生んだ子はどちらも身体が大きくなかったので、余計に楽だったのかもしれませんね」
「わたしは……特に、違いもありません。いつでも死ぬほどの苦しみであったかと思います」
そのように語る女衆たちの顔は、いずれも暗い。黒き森からモルガに移り住む前後に生まれた赤子は、火災か飢えか病魔で大半が魂を返しているのだった。
「……あたしはモルガで子を生んだときが、一番しんどかったですねぇ」
と、もっとも年配でありそうな女衆がそう言った。かつてモーティ分家の家人であった女衆だ。
「なんだか以前のお産とは、まったく違う苦しみで……生み落とした赤ん坊に、大事な何かを根こそぎ奪われちまったような心地でした。それでも赤ん坊がきちんと育ってくれれば、なんの不満もなかったんですけどねぇ……」
「つらい話を思い出させてしまって、申し訳なく思っている。しかし俺は、ルウの家長として問い質さなければならないのだ」
「ええ……家長だって、愛し子を失うつらさは身にしみているでしょうからねぇ……」
そう言って、年配の女衆ははかなげに微笑んだ。
「まあ、あたしには力が足りなかったんでしょう。あたしがもっとしっかりしていれば、生まれた赤子も生き抜いたかもしれませんねぇ」
「そうか。しかしそちらも、飢えていたわけではあるまい?」
「ええ。食事は十分にいただいておりましたよ。でも、生まれた赤子はひときわ大きかったですし……あたしは何日も目が眩んで、寝たまま乳をやってたんです。それでまた、いっそう生命を吸い取られているような心地でしたねぇ」
「……黒き森では、そのようなこともなかったのだな?」
「ええ。初めてのお産は苦しかったですけれど、生んだ後にそうまで不甲斐ない姿をさらすことはありませんでした。きっと、若さが助けてくれたんでしょう」
「……それぞれの子を生んだ時期を教えてもらってもかまわないだろうか?」
「時期ですか? 初めての子を生んだのは十七の年で、その次が十九。そこでモルガに移り住んで……ひときわ苦しいお産をしたのは、二十二だったと思いますよ」
「二十二か。まだ十分に若いと言える年頃だな」
家長はいっそう鋭い眼差しとなって、男衆を見回した。
「では、男衆にもうかがいたい。皆々は黒き森の時代から立派に狩人の仕事を果たしていたはずだが、モルガに移り住んでから力の変化というものは生じただろうか?」
「力の変化? それはまあ、モルガに来てからしばらくは、情けないぐらいに力が出なかったな。一度は飢えて死にかけていたのだから、それも当然の話であろう」
この場でもっとも貫禄のある男衆が、そのように答えた。かつてロブルの家長であった男衆である。
「しかし最初の苦しい時代を乗り越えてからは、ギバの肉をたらふく喰らうことができた。黒き森でこれほど肉を喰らうことはなかったので、あの頃よりも逞しくなったぐらいであろう」
「うむ。ギバの力を我がものとしたのだから、それが当然の話だ。俺などはすでに二十を過ぎていたのに、背までのびたような気がするぞ」
この時代まで生き抜いた狩人であるのだから、たとえ壮年でも頑健そうな男衆ばかりである。彼らはいずれもがっしりとした体格をしており、目にも生気がみなぎっていた。
「そうか。では、もともとの力が失われることはなかった、と?」
家長が落ち着いた声で問い質すと、別の男衆が「もともとの力?」と小首を傾げた。
「おかしな質問だな。身体が大きくなれば、力が増すのが当然であろう。いずれの狩人も、黒き森で過ごしていた頃よりも大きな力を身につけたはずだ」
「しかし、狩人に必要であるのは腕力ばかりではあるまい? 黒き森における収穫祭では、さまざまな力比べが行われていたはずだ」
家長の言葉に、また別の男衆が「ああ」と応じた。
「あの頃は、楽しかったな。しかし、今の俺があれほどさまざまな力比べを行っていたならば……もしかしたら、途中で力尽きてしまうやもしれん」
「うむ? それは、どういう意味であろうか?」
「確かに身の力は強くなったが、力尽きるのも早くなったのだ。森に入って二刻もしたら、もう呼吸が荒くなるぐらいであるからな。まだ四十にもなっていないのに、不甲斐ないことだ」
すると、別の男衆も物思わしげな顔になった。
「そういえば……どれだけの意気込みで森に入っても、仕事を終える頃には泥のように疲れている。ギバを相手取れば、それも当然の話かと思っていたが……黒き森でそのような姿をさらすことはなかったな」
「あとは、腹の病魔だ。恥ずかしながら、俺は腹を詰まらせることが多くなった。そういう日は身体が重く、十全の力を出すことも難しい」
「なんだ、お前もか。実は俺も、二日に一度は腹を詰まらせているのだ。これがなければもっと多くのギバを仕留められるのにと、無念に思っていた」
「うむ。黒き森で過ごしていた頃には、これほど腹を詰まらせることもなかったはずだな」
男衆らの言葉を聞く内に、家長はどんどん眼光を鋭くしていった。
「なるほど。身の力は増大したものの、長き時間を働く力は減退し、腹を詰まらせることが多くなったということか。男衆のほうが、より変化がはっきりしているようだな」
「うむ? まあ確かに、変化といえば変化であろうな」
「そして女衆のお産に関しても、ジバと同じ思いを抱く人間がひとりはいた。大きな子を生み落とすためにより力が必要になる場面で、同じ苦しみに見舞われたように見受けられる」
そのように語りながら、家長はジバ=ルウのほうを振り返った。
「お前の言い分に、多少の道理が加えられた。しかしまだまだ、その理由は判然としない。この先、お前は何を望む?」
「うん……あたしはもっと、色々な食材を口にするべきだと思う。でも、町で売られる食材にはたくさんの種類があるから、何でもかんでも買いつけるわけにはいかないよね。それなら、どの食材にどんな滋養があるか、調べるべきじゃない?」
「調べる? とは、どのように?」
「まずは、具体的な話を持ち出すべきだと思う。お産に苦しむ人間や、腹を詰まらせる人間や、体力が続かない人間は、どんな食事を口にするべきか……それを調べるしかないんじゃないかな」
「だから、どのように調べるのだ?」
「ダビラの薬草のときと同じように、町の人間に聞くんだよ。野菜や香草を売っている人間なら、そういう話にも詳しいはずだからね。あとは、東の民とかもかな」
ジバ=ルウの言葉に、多くの人間がどよめいた。
ただ、家長は眼光を鋭くしながらも沈着な面持ちである。
「お前はダビラの薬草についても、自ら調べに出向いたのだったな。しかし、今のお前は乳飲み子を抱える身だ。ここは、別の人間が出向くしかあるまいな」
「ま、町の人間に、話を聞いて回るんですか? そいつはちょっと……気の引ける話ですねぇ」
女衆のひとりがおずおずと声をあげると、家長はいっそう眼光を鋭くした。
「不安であれば、男衆も同行させよう。いや、いっそ俺自身が町に下りるべきであろうかな」
「ええ? 家長自らが、そんな真似を?」
「スンの族長とて、自らジェノスの貴族と相対しているのだ。立場のある人間こそ、大きな責任を背負うべきであろうよ」
そう言って、家長は笑みをたたえた。
家族を安心させる笑みではなく、迫力にあふれかえった笑みである。かつてはルティムやレイの家長たちの前でも、家長は同じ笑みをさらしていた。
◇
そうして家長は前言をひるがえすことなく、自ら宿場町まで出向いた。
複数の男女で手分けをして、食材を売っている人間のもとを巡ったのだ。家長がそのように決定したならば、逆らえる家人は存在しなかった。
しかしもちろん家やギバ狩りの仕事もおろそかにすることはできないので、町に下りるのは朝方のみとなる。朝早くから出立して宿場町をあちこち巡り、中天までに帰還したならばすぐさま各々の仕事を果たすのだ。集落から宿場町までは往復で二刻もかかるのだから、それは大変な手間であるはずであった。
「町の人間たちも、そうまで食材の滋養というものについてわきまえているわけではなかった。しかし、得るものはあったぞ」
三日をかけて宿場町を巡った家長は、晩餐の場でそのように語った。
「まず第一に、肉ばかりを喰らっていては腹が詰まるのも当然だと聞かされた。俺たちはギバ肉のみを食しているわけではないが、それでも野菜が足りていないらしい。俺たちがどれほどのギバ肉を食しているかを伝えると、それならば倍ほどのアリアを食するべきだろうと呆れられた」
「倍ほどのアリア? それだけで、ずいぶんな銅貨を失ってしまうね」
「うむ。さらに、肉とアリアとポイタンというのは、本当に必要最低限の滋養であるらしい。それだけで日々の食事を済ませるのは、よほど貧しい人間だけであろうという話であった。さまざまな野菜にさまざまな滋養が存在するというのは、町の人間にとって当たり前の話であったようだ」
他の家人たちは、びっくりまなこで家長の言葉を聞いている。その中でもっとも好奇心をあらわにしているのは、家長の子とラック=ルウであった。
「そして、子を生む女に滋養が必要だということは、俺たちでもわきまえている話だ。その滋養が、アリアとポイタンだけでは足りないということだな」
「それじゃあ、何を食べたらいいの?」
十一歳の我が子が純真な眼差しで問いかけると、家長は優しげに目を細めた。
「細かい話は、町の人間もわきまえていなかった。また、町の人間はまんべんなくさまざまな野菜を口にしているようだ。俺が耳にしたのは、ネェノン、チャッチ、プラ、ティノ、ナナール、ペペ、ゾゾといったところだな」
「へえ! 町にはそんなに色々なものが売っているんだね!」
「うむ。なおかつ、それらの野菜を口にするならば、アリアを減らしてもかまわんだろうという話だった。アリアには数多くの滋養が含まれている分、ひとつひとつの割合が小さいのだそうだ。アリアを数多く食するよりも、さまざまな野菜を少しずつ口にするほうが望ましいという話だったな」
「アリアだけ? ポイタンは?」
「ポイタンは、それらの野菜と滋養が異なっているのだそうだ。どれだけの野菜を口にしても、ポイタンを口にしなければ滋養が足りなくなるらしい。唯一、ポイタンと同じ滋養を含むのはフワノという食材であるそうだが……そちらはポイタンよりも、遥かに値が張るようだ」
「それなら、わざわざ買いつける甲斐もないね」
胸を高鳴らせながら聞いていたジバ=ルウも、ついに発言した。
「それじゃあ、アリアの代わりに色々な食材を買って、それを少しずつ食べればいいってこと?」
「うむ。しかし、小さからぬ問題がある。それらの野菜は、いずれもアリアより値が張るのだ。だからこそ、貧しき人間はアリアで腹を満たしているということだな」
家長の顔が、ぐっと引き締まった。
「たとえば、チャッチやネェノンといった野菜は、アリア五個分の銅貨で二個しか手にすることができない。単純に考えて、アリアの倍以上の値であるということだ」
「倍以上……それはちょっと、難しいね」
「うむ。しかし、タラパやティノといった野菜はなりが大きいので、アリアと比べてもそこまで値が張るわけではないように思う。まずは、その辺りから始めるべきであろうな」
「それじゃあルウでも、新しい野菜を買いつけるのかい?」
ラック=ルウの問いかけに、家長は「うむ」とうなずいた。
「もとより、アリアも倍ほどは食べるべきだという話であったのだ。であれば、アリアはこれまで通りの量に留め、残る半分を別なる野菜で補うべきであろう。それで俺たちがこれまで以上に頑健な肉体を手にできるかどうか、実際に食して確かめる他ない」
「でも……町の人間は、あたしらを忌避しておりますよ。よもや、騙されているということはないのでしょうか?」
ラック=ルウの母親が恐縮しながら尋ねると、家長は「案ずるな」と不敵に笑った。
「そのために、ジバに策を練ってもらったのだ。であれば、皆も安心であろう?」
「ジバの策? それは、どのような?」
「野菜を売っている人間ばかりでなく、鍋や織物を売っている人間など、さまざまな相手から話を集めたのだ。そうでなければあれほどの人数で、三日もかける甲斐もない。合計で数十人にも及ぶ相手から話を聞き、それらをまとめあげたものが、先刻語った内容となる。町の人間の全員で示しあわせて俺たちを騙そうとしていない限り、まずは信用できるだろう」
「そうですか……でも、町の人間はのきなみ森辺の民を忌避しておりますよね?」
「しかし町にはさまざまな人間がおり、全員が仲間であるわけでもない。その全員が手を携えて同じ虚言を吐くことはありえないと判じた。……その中には、東の民も含まれているしな」
「ひ、東の民?」
「うむ。東の民は森辺の民を忌避していないようだとジバから聞いていたので、町で見かけた東の民にものきなみ話を聞いたのだ」
そう言って、家長はジバ=ルウのほうを振り返った。
「ただし、西と東では野菜の種類が違っているらしく、東の民も西で収穫される野菜については大してわきまえていなかった。その代わり、香草についてはたいそう詳しいようであったが……香草に含まれる滋養というものは、あくまで脇から支える役割であるのだそうだ。まずは肉と野菜の食事で最低限の調和を果たしたのち、香草を加えるのが正しい扱い方であるのだと学んだ。なおかつ、東の香草は値が張るので、銅貨が足りていないならば考慮に入れる必要はないとも言っていたぞ」
「へえ。そうやって、自分たちの損になるような話まで正直に伝えてくれたんだね」
「うむ。お前の言う通り、東の民は西の民のように俺たちを忌避する様子はなかった。ギバを恐れる人間ほど森辺の民を恐れるようなので、異国の民には影響が薄いようだな」
「なるほど。でも、南の民は森辺の民を忌避しているみたいだよね」
「うむ。あやつらは、南から西に神を乗り換えた人間を裏切者と見なしているようだな。あやつらが四大神というものを母なる森のように扱っているのなら、それも致し方のない話なのであろう」
そんな風に言ってから、家長はどこか楽しげに微笑んだ。最近では、家族にしか見せない表情である。
「なんだか俺までお前のように、あれこれ考えることになってしまったぞ。お前としては、自らの足で聞いて回りたかったのだろうがな」
「うん。でも、あたしにはこの子たちの世話があるからね」
ジバ=ルウはかたわらの草籠を揺らしながら、微笑んだ。
他の幼子たちは難しい話もわからないため、一心に食事を進めている。四歳となった次姉も、もはや家族の手を借りずに食事を済ませられるようになっていた。
新たな野菜というものを口にしたら、この子供たちもいっそう健やかに生きていくことができるのだろうか。
そんな風に考えると、ジバ=ルウの胸は温かくなってやまなかった。




