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~元専属侍女との再会(下)~

【修正版】

 

 伯爵邸に保護されてから数日後。


 一度は延命措置も難しいと診断された元専属侍女は、起き上がれるまでに回復して、主治医に任せきりにしていた為、彼女と対面するのは久しぶりだ。

 ケイプ卿から話を聞いたとはいえ、記憶に残った横柄な姿を思い浮かべながら医務室に入る。


「オルカお嬢様、本当に申し訳ございませんでした」

「……」

「許して欲しいとは言いません。一生を掛けて罪を償う覚悟は出来ております。死刑も甘んじて受け入れます」


 しかし、元専属侍女は対面した瞬間。

 よろよろと床にひれ伏して謝罪の言葉を述べた。

 理不尽で横柄な態度を繰り返していた彼女が、小さく縮こまって低姿勢で謝罪をするなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていた。

 一緒に居る伯爵夫妻と公爵夫妻に委縮しているのか。

 それともインフェルノで受けた心の傷が原因だろうか。

 今度は何を目論んでいるのかと、疑い癖が働く。

 ただ真意はどうであれ、保護した目的を果たす為に、一先ず彼女をベッドに座らせた。


「落ち着いて。罰を与える為に連れて来て貰ったわけじゃないの。昔の話を聞きたいだけよ」

「何なりとお申し付けください」


 元専属侍女の豹変ぶりに戸惑いながら、溜息を零す。

 両夫妻に席を外して貰った方が良いだろうか。

 今回彼女を呼んだのは本音を聞き出す為ではなく、あくまで過去の出来事を知りたいからといっても、元専属侍女の変わりように狼狽して額を押さえる。


「はぁ……どうなってるの……」

「話の途中にすみません。マゼラン侯爵令嬢、折角ですからこのまま話を聞いてみてはいかがですか? 」

「え? 」


 考えを見透かされたのか、主治医は彼女の言葉が本心である可能性が高いと零した。

 というのも意識がはっきりした元専属侍女は、過去の過ちを理由に与えられるもの全て拒んでいたようだ。

 困り果てた使用人と主治医は、私の名前を出してからようやく考えを改めたものの、起きている間はやはりベッドで横になろうとしない。

 公爵夫妻も、インフェルノで受けた人権侵害による副作用を疑っていたが、彼女の世話をしていた伯爵邸の使用人達はそれを否定した。

 やせ細った小さな身体を縮こませ、申し訳なさそうに俯く彼女に、屋敷で起きた出来事やケイプ卿から聞いた話を伝えた後、信じて貰う為に花瓶に生けられた花に魔力を使用した。


「受け継がれた異種族の血は、本当だったの。ケイプ家に伝わる能力について知る機会があって、もしかしたら貴女はその被害者かもしれないから、昔の話を聞きたいの。包み隠さず全て教えて」

「……分かりました」


 元専属侍女は、幼い頃から過ごしてきたマゼラン邸での穏やかな時間や、お母様が亡くなった悲しい時期に起きた出来事を詳しく話してくれた。

 お父様が子煩悩だったこと。

 明るい性格だったこと。

 元使用人達が理不尽な罰を受けていたこと。

 そして、強い不満を抱いていたことも判明した。

 エイリーンがマゼラン邸に来てから、私の置かれた状況が大きく悪い方へ変化したことまで知った。


「エイリーン様が屋敷にやってきた当時は、旦那様が豹変して私達は理不尽な罰を受けることが多かったんです。とはいえ、旦那様のお優しい姿を知っていたから、罰せられる原因になったお嬢様に不満が向いたのでしょう。エイリーン様はそんな私達の心を見透かしたように慰め、次第に性格が変わりました」

「やっぱりね」

「旦那様が全て執事長と侍女長に任せて、屋敷内の事に関与しなくなると、それまで抱えていた不満が弾けたように、行動がエスカレートしていきました」

「……」

「常識的なことも分からなくなって、お嬢様が大人しくしているのを良いことに……職務怠慢だけに飽き足らず、八歳の子供を無視して、食事に異物を混入して、足を引っかけて階段で転ばせた人も居たのは知ってます。本人からその話を聞いて、皆で笑ってましたから……」


 場の空気が変わる。

 両夫妻は勿論、主治医や使用人も表情が険しくなる。

 お父様の行った理不尽な罰で始まり、その後の冷めた態度も、使用人の行動をエスカレートさせる原因になった。

 その点は薄々気付いていたから、特に驚くこともない。

 ただ、惑わされたわけでもない父親が、子煩悩から何故冷血に変わったのか理解できない。

 そして殿下の態度も、要因の一つになっていた。


「誰が見ても皇太子殿下はエイリーン様を優遇して、オルカお嬢様を蔑ろにしていました。それで、我々も大胆な行動に出ても良いと思うようになってしまったんです。以前、皇太子殿下がオルカお嬢様を池に突き落とした事もあったのに、旦那様の耳に入ることもなく……」

「ちょっと待て。そりゃどういうことだ? 」


 炎のような熱気を肌で感じる。

 当時の出来事を赤裸々に打ち明ける元専属侍女に、我慢できなかったレイキッド様が、怒りに満ちた表情で口を挟む。

 両夫妻に助けを求めようと視線を向ければ、医務室に入って時とは違って、こちらもすっかり頭に血が上っているのか、怖い顔で元専属侍女を睨みつけていた。

 話をこのまま中断されたらまずい。

 そう思って咄嗟に彼女を守るようにベッドのすぐ脇に立って、冷静になるようその場の全員に呼び掛ける。


「あ、その、恐らくケイプ家の能力に惑わされ……」

「大丈夫よ、オルカちゃん。暴力沙汰にならないよう自制するから安心してね」

「……はい」

「で? クソ皇太子がオルカ嬢を池に突き落としたってぇのは、どういうことだ? 」


 凄むレイキッド様に、意外にも元専属侍女は怯まず、当時の状況をありのままに説明した。

 私もその出来事をよく覚えている。

 珍しくお茶を飲んだ後に庭園を散策して、エイリーンと殿下が池の魚について話していた時だ。

 魚の飼育方法をあまり知らないと言った二人に、何気なく私が知っていた知識を伝えると、直後に背中を押されて池に突き落とされた。

 恐らくプライドの高い殿下は、自分の知らない情報を私が知っていたことに腹を立てたのだろう。

 意外にも、エイリーンがそれまで見たことも無いくらいに大激怒して、皇族相手にも関わらず、殿下を屋敷から追い出していた。

 私は自分に起きたことやエイリーンの姿に理解が追い付かず、訳が分からないまま数日が経過して、謝罪も無くその出来事は有耶無耶にされた。


「どこまで腐ってやがるんだ……っ」

「ねぇ、傍に第一皇子の護衛が居なかったかしら? 」

「はい。普段から連れている方々が何人か居ました」

「普段……ってことは、従者と王宮騎士団ね。それで? 勿論、彼等はマゼラン侯爵令嬢を助けたのよね? 」

「……いいえ。傍観していました」


 元専属侍女が答えた瞬間、公爵夫人は持っていた扇子を真っ二つにへし折って床に叩きつる。

 一歩前へ出たところで公爵がすかさず止めに入り、伯爵夫妻も冷静になるようレイキッド様を宥めていた。

 すぐに話題を逸らす為に、お父様についてはどうだと質問をすれば、意外な答えが返ってくる。


「恐れ多いですが……旦那様は仕事に関して大変優秀でいらっしゃる反面、子育てに関しては不器用なだけだと思います」

「不器用なんて言葉で片付けられないくらい、今でも被害を受け続けてるんだけどね」

「いいえ、その……態度は豹変しましたけど、今も旦那様は子煩悩に変わりないと思います。オルカお嬢様がパーティーへ参加する際のドレスは、旦那様が忙しい時間の合間を縫って自らデザインを手掛けているのです」


 デザインとは、何だ。

 誰が誰の何を手掛けるというのだ。

 予想外な言葉に思考が停止して、表情も作れずに顔をしかめたまま、元専属侍女を凝視する。


「オルカお嬢様が公の場で着るドレスは、全て旦那様が自らデザインを手掛け、ブティックで仕立てて頂いたものです。開かずの部屋にデザイン画が保管されていると思います。奥様が嫁いで来られてからは譲っておりますが、元々は旦那様のアトリエだったんです。そんな大事なドレスにまで手を出してしまって……」

「待って。侯爵様が……デザイン画を? アトリエ? あの、全然理解が追い付かないけど……?」

「 ” 侯爵様 ” ? ………いえ、質問は控えます。旦那様がデザイン画を手掛ける理由は、小さな頃から衣類に携わる仕事に就くこと夢を見ていたからです」


 デザインから素材まで、全て拘って作られたドレスだったことも、寡黙で厳格なお父様が、元は冗談好きの大らか性格だったことも信じられない。

 否、受け入れ難いと言った方が正しいだろう。

 被害にあったドレスを処分した時、一体どんな気持ちだったのだろうか。

 元専属侍女の証言で、エイリーンが不思議な能力を使用出来ることは確定したが、同時に受け入れがたい真実を知り、頭の中が混乱していた。

 過去の話はもう、このくらいで十分だろう。

 これ以上聞いても、頭に入る気がしない。

 公爵夫人の怒りが収まらず、気持ちを落ち着かせる為にも、退室後に広間でティータイムを取ることになった。

 廊下を歩いている途中、元専属侍女を何処か別の場所に移動させて、療養を続けて貰うことを伯爵夫人に告げると、寂しそうな表情でキッパリと断られる。


「大丈夫よ。能力による影響だってちゃんと理解してるから、腹を立てても、執拗に彼女を責めたりしないわ」

「でも、療養に時間が掛かるのは明白ですし、これ以上ミルドッド夫人や皆さんに甘えるわけにはいきません」

「何を言ってるの? 甘えていいのよ。だってオルカちゃんはまだ未成年でしょう? 」

「……」

「守られて当然なの。今までが異常だったのよ。それに、問題が少しでも減れば、その分他に考えを回す余裕が生まれるでしょう? 」

「そう、ですけど……」

「気分が滅入ってる時は美味しい物を食べましょ! 」


 ミルドッド夫人に手を引かれて、広間に入る。

 言われた言葉がピンと来なくて、頭の中で復唱する。

 守られることが当たり前で、未成年だから甘えていいなんて、考えたが無かった。

 自分がしっかりしなければならない。

 頑張らなければいけない。

 そう思って、今までやってきた。

 だから夫人の言葉をすぐに理解できなかった。

 それに、能力の所為だと納得しようとすると、マゼランとの会話が頭に浮かんで不安になる。

 その後は皆から説得されてしまい、元専属侍女は結局このまま、暫く伯爵邸で療養する事が決定した。



※修正箇所※

字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。

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