~変わったこと、変わらないこと~
【修正版】
皇室からパーティーの招待状が届いた。
表向きでは様々な理由を掲げていたが、実際は私に関する悪評を鎮める為の印象操作だろう。
ついでに皇室と侯爵家の縁を知らしめたいのか、お父様と私には特別席を用意するようだ。
生憎、例の横領事件で、お父様の携わる事業にも影響が及び、他国が絡む問題に発展した為、急遽隣国へ向かった家長を見送った。
貿易や隣国との関係に敏感な両陛下は、殿下の起こした問題という点でも、お父様の選択を理解し尊重した。
何名かの帝国議員も同行させ、穏便に事が進むよう、手を打っているようだ。
「はぁ……パーティーを開いてる場合じゃないのに」
皮肉な事に、招待状を送った後で発覚した為、皇室の不祥事を理由に開催を中止すれば、面子が丸潰れだ。
婚約騒動で新聞を利用したばかりの今、下手に誤魔化す事も出来ず、このまま行うしか無いのだろう。
親子での参加は叶わないが、侯爵家からはこれまで通り、私が家門を代表して行くしかなかった。
マゼランから物騒な話を聞いた後で、王城に出向くのは気が引けたが、気分で欠席するわけにもいかず、渋々準備に取り掛かる。
皇室から招待状が届いた数日後には、殿下からもパートナーを申し出る手紙とドレスが届いた。
過去に戻る前は切望した品々に眉を寄せる。
関係を断ち切りたい相手の贈り物は、高額な偽造品を買わされた時に相当する、強い不快感を覚えた。
わざわざ王宮騎士団が持ってきたのも不愉快だった。
以前よりは改善されたが、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、蔑んだ目で今も私を見ている。
レイキッド様や公爵夫人が居ないと分かると、もてなしを要求するような、わざとらしい溜息まで繰り返していた。
「……誰か書くものを用意してくれる? 」
「はい、ただいま」
「あのぉ〜……ドレスはここに置けば良いですかぁ? 」
「重いんすよぉ。訓練の後だし、俺等疲れててぇ〜」
「受け取る気は無いので、そのまま持ってて下さい」
ピシャリと言い放てば、騎士が明らかに動揺した。
混乱する彼等に構わず、手短に書いた断りの手紙を渡し、直ぐに敷地内から追い出す。
マゼラン家の私兵に怒鳴り、門の外から喚く騎士は、亡き護衛を連想させた。
「例の護衛が特別だったわけではないんですね」
「そうみたいね」
侍女が冷めた目で門の外を眺める。
婚約解消後の理不尽な報復に怯える必要はなくなったが、この世に絶対などあり得ない。
だからこそ、知恵を使い道を切り開く。
プライドの高い殿下がこの事実を知り、パーティーにどう参加するのか見物だ。
「私も随分、意地悪になっちゃったな」
「そんなことありませんよ。五体満足で帰すくらい、寛大で謙虚かと思いますよ」
穏やかな表情を浮かべた侍女長に、小さく笑みを返す。
色々と不満が溜まっているのは使用人も同じだ。
お父様には新調を勧められたが、以前売る筈だった未使用のドレスを着ると言って、きっぱり断る。
パートナーはレイキッド様に頼み、彼が合わせる形で衣装の手配を進めた。
護衛から外してまで牽制したにも関わらず、両陛下がパートナーを許可した理由は、恐らく公爵家と伯爵家の双方から苦情が入り、渋々承諾したのだろう。
自身の息子は婚約者を差し置いて、別の令嬢を毎回パートナーにするのに、なんとも理不尽な話だ。
◆◆◆◆◆◆
穏やかなまま、パーティーの当日を迎えた。
幼馴染は外出から一度も戻らず、殿下が無理に押し入って来る事も、接触の心配も無かった。
父親の留守も、私の平穏が保てた大きな理由だ。
「うぉ〜……窮屈だぜ」
「レイキッド、腕まくりは止めなさい」
「くぁ〜やっぱこういう格好は苦手だな」
「アナタもそろそろ胸元のボタンを直して」
親子のやり取りに口元が緩む。
私は公爵家の馬車に同乗し、会場へ向かった。
断ったところで、殿下が簡単に諦めるとは思えない。
屋敷に来る前に、予め迎えを早め、私達は公爵家が利用するタウンハウスから出発した。
外出先とは言え、エイリーンに招待状が届いている気配はなく、会場で鉢合わせる心配もない。
王城に到着すると、馬車内での姿が嘘のように、レイキッド様の動きに無駄が無く、完璧だった。
ちゃんとやれば出来るのに……なんて思いながら差し出された手を取り、高鳴る気持ちを抑え微笑を浮かべる。
会場の入り口に立つ近衛兵の横を通れば、床にはメインホールまで、上等な長いカーペットが敷かれていた。
「はぁ……結構、奮発したみてぇだな……」
「ええ、本当に豪華ですね……」
思い返せば、断罪されて以来のパーティーだったが、レイキッド様を始めとする多くの味方が、私の恐怖を打ち消してくれた。
緊張しながら、公爵夫妻の後に続いて歩みを進める。
メインホールに入れば、一斉に注目が集まった。
しかし、以前のように無視されることも、好奇の目を向けられることもない。
前に立つ公爵夫妻や、ゴシップ誌の影響だろうか。
笑顔を向けられ、皮肉めいた言葉がいくつも浮かんだ。
だが、会場の大きな扉が開いた途端、憂鬱な気分は、眼前に広がる光景で吹き飛んだ。
ミルドッド夫人の助言で、今夜は眼鏡を外していた。
その為、見える景色が色鮮やかで、光に照らされたグラスがキラキラと輝き、華やかに飾られたホールの美しさに感動する。
「あらまぁ、素敵! オルカちゃんの瞳を直接見るのは本当に久しぶりだわ。とても綺麗よ」
「皇后陛下にご挨拶を申し上げます。本日は華やかなパーティーにご招待頂き、ありがとうございます」
「なんて可愛らしいお顔なの! オルカちゃんは童顔だったのね! アメジストの瞳が素敵よ」
「眼鏡で隠すなんて実に勿体ない」
化粧直しで偶然席を立っていたのか、皇后陛下は伯爵夫妻の座る席に来ていた。
妃教育を止めた影響で、両陛下との関係に亀裂が入らないか不安を覚えたが、不要な心配だったようだ。
皇帝陛下は私達の会場入りに気付いたものの、議会の面々と思わしき人物に取り囲まれ、遠くから会釈する。
大方、隣国との問題で打ち合わせでもしてるのだろう。
不憫に思いつつ、頃合いを見て正式に挨拶を済ませ、特別席に案内された。
両陛下の座る席は、立派な椅子が横並びに配置され、会場を一望できる場所に位置していた。
両陛下と合わせて椅子は三人分だ。
リクレット様とレイラ様が不在の今、残り一席は誰もが皇太子を思い浮かべただろう。
そこへ私が案内されたものだから、会場中がざわめく。
「静粛に」
両陛下が静かに立ち上がり、始まりの挨拶を述べた。
予定より早いが、どよめく会場を鎮める為だろう。
参加者の多くは、私の素顔を知らなかった。
誰かも知り得ない令嬢の登場に、コソコソと話し合う貴族を黙らせる為、最初のダンスに私とレイキッド様が指名された。
「マゼラン侯爵令嬢、今宵のファーストダンスを見せてもらいたいが、頼めるか? 」
「……はい、謹んでお受け致します」
ファーストダンスには大きな意味合いがあった。
相手への尊重、敬意、誠実、信頼が込められている。
陛下が私を指名したのは、正体を明かすこと、そして大切にしている事実を、参加者に知らしめる為だった。
「相手は……アドバンズ子爵に任せよう」
陛下の言葉に、レイキッド様が立ち上がる。
これは恐らく、一度は護衛から外し、男女の関係を疑った事への撤回を意味していた。
満足気に笑う公爵夫妻に頭が垂れる。
あの謁見の間のやり取りから、息子の名誉を守った彼等には感心するばかりだ。
「お手をどうぞ」
「はい」
注目が集まる中、レイキッド様に手を引かれ、会場の中央まで移動する。
一歩進む度に、緊張も段々と高まった。
ヒールの音がコツコツコツ、と会場内に響き渡るほど場が静まり、心臓が煩く速く脈打つ。
しかし、中央で向かい合った時だ。
妃教育の授業に含まれた分野で、私に問題はないが、不意に彼が踊れるか不安に駆られる。
ファーストダンスまでは予想していたが、相手までは予測出来なかった。
まさか警戒していたレイキッド様が指名されるとは思わず、準備期間中に二人で練習したことはない。
日頃の態度が過ぎる中、無情にも演奏が始まった。
ところが、滑らかな動きと添える手が優しく自然だ。
心配は杞憂だったようで、彼の意外な一面に驚く。
「レイキッド様はダンスがお上手なんですね? 」
「お袋と伯母さんに猛特訓されたからな」
「あぁ……ふふふ、納得です。それにしても、人前で踊るのは初めてで、凄く緊張しますね」
「だったら、親父が謁見の間で屁ぇこいた時のことを思い出せば、多少は緊張が解れるんじゃねぇ? 」
タイミングよくトランペットが演奏を始め、レイキッド様と一緒に吹き出す。
先生以外と踊るのも初めてだった。
最後まで殿下と踊ることはなかった。
そしてこれからもあり得ないだろう。
思わぬ形で過去の努力が報われ、今だけは不思議と、周囲の視線を気にならなかった。
誰かと衣装を合わせる安心感や喜びに、勇気づけられたのだろうか。
あっという間に曲が終わってしまい、形式的なお辞儀を交わした瞬間、会場中から拍手と称賛が飛び交う。
「ふぅ……上手く踊れたみてぇだな」
「拍手なんて初めてです……」
「……だな。俺も。悪くねぇもんだな」
過去を思い出しながら、周囲の反応を見渡す。
不慣れな反応を笑顔で返し、無事にファーストダンスを終えた後、レイキッド様に席までエスコートされる。
途中、いつの間に会場入りを果たしたのか、殿下が壁際に立ち、金色の双眼でこちらを見つめていた。
エイリーンに似合いそうな、薄いエメラルドの衣装に身を包み、胸元のコサージュが惨めさを誘う。
意外にも怒っている様子は無く、目が合った瞬間、以前の彼がそうしたように、すぐに視線を逸らす。
これだけ多くの人に囲まれていれば、殿下も大胆な行動に出れず、その後伯爵夫妻の座る席に移動しても、近付いて来る気配はなかった。
一人で来たようで、傍にはパートナーと思わしき人物は居らず、かと言って両陛下の側にも近付こうとしない。
壇上の椅子に、無言で反抗しているつもりなのか。
親子とは言え、皇太子が皇帝に挨拶をしないのは問題だ。
男女の衣装がペアの場合、装飾も合わせて必ず色が二種類までと定められていた。
一目で確認しやすく、また相手とはぐれた時の為の目印にもなっていた。
殿下の装いも、二色で統一されている。
つまり、受け取りを拒否したあのドレスのペアだ。
「呆れた……あれ、ペア用のタキシードね」
「会場で捕まえて、オルカ嬢に用意してたドレスを着せるつもりだったんじゃねぇ?」
「先日、欲しくもないドレスが届いて、送り返したのであり得ますね」
「魂胆がバレバレじゃねぇか。馬鹿だなぁ……」
レイキッド様と二人で呆れるつつ、会場を見渡す。
「ケイプ卿は居なさそうだな……」
「ええ。他の親族らしき人も居ませんね」
「あの時はラッキーだったな」
長く特別席を空けるわけにもいかす、レイキッド様と離れ、皇后陛下の隣に戻った。
◆◆◆◆◆◆
一部が終わったタイミングで、ホールを離れる。
今まで参加したパーティーでは、一部で帰宅していた為、合間に休憩を挟むのは初めてだった。
「ふぅ……疲れる」
毎回最後まで参加していた幼馴染の体力に関心しつつ、同時に成人前の令嬢が、夜遅くまで出歩く無防備さに呆れる。
拉致未遂事件の影響で、私が使用する更衣室は、他の参加者と分けられた専用の個室だ。
一般で解放された更衣室とフロアも違う筈だが、名札が掛けられた部屋の前には、三人の令嬢が立っていた。
「(ねぇ、来たわよ)」
「(本当だわ)」
エイリーン以外の令嬢と交流は無い。
わざわざ専用のフロアまで来た理由は、世論が変化した影響で親しくなりたいか、単なる嫌がらせのどちらかだ。
「(相変わらずムカつくよね)」
残念ながら、彼女達は後者だった。
会場で好意的な反応を得られたとは言え、以前のように、悪意を持って近付く人間は変わらず居た。
見たところ、前にも嫌味を言っていた令嬢だ。
「(婚約者に捨てられてから日が浅いのに、もう新しいパートナーを見つけるなんて、破廉恥だわ)」
「(ペアよね? でもまぁ、相手もあれだしねぇ?)」
「(ねぇ、こっちを見てるわよ。やだやだ、だから横柄な態度だって言われるのよ。不愉快な人よね)」
不愉快なのはどっちだ。
反応を伺ってクスクス笑う、その幼稚な行動に呆れる。
私の反応が気に入らないのか、嫌味は更に続いた。
昔は心無い言葉に傷付き、ゴシップ誌の餌食にならないよう、ただ俯いて静かにその場を離れていた。
しかし、今は冷静に彼女達を見て感じるのは、悲しみでも不安でもない。
本人を目の前にして、複数人で聞こえるように陰口や嫌味を言う姿は、ただただ滑稽だった。
内容もさながら、その場所にも呆れる。
逃げた過去が嘘のように、気付けば自然に言葉が出た。
「わざわざ別フロアまで来たかと思えば、群れて陰口を叩くことしか出来ないなんて、本当に可哀想ね」
私の言葉に令嬢は硬直し、互いに顔を見合わせた。
好戦的な態度に驚いたのだろう。
更に思った言葉を口にしながら、持っていた扇子で扉の名札を指す。
「礼儀知らずな上に字も読めないのね。中で休みたいから、そろそろ退いて欲しいんだけど? 」
呆気に取られた三人は、続けて放たれた言葉で我に返り、みるみる顔が赤くなる。
わなわなと肩を震わせ、次第に怒りを露わにしたかと思えば、見当違いな反論を始めた。
「貴女こそ礼儀がなってないのではっ!? 」
「そう? 私に設けられた更衣室の前で、本人の陰口を叩く人よりは、礼儀を弁えているつもりだけど? 」
「なんですってっ!? アンタなんかちょっと前まで誰にも相手にされなかったくせにっ! 」
「そうよ! ゴシップ誌のカモが偉そうにしないでよ! 」
「皇太子殿下に捨てられた分際でよくも……」
言葉を遮るように、ドアノブを回す音が廊下に響く。
視線を向ければ、近くの扉が静かに開いた。
三人の声が高い上に大きい所為で、部屋の中にまで届いてしまったようだ。
「ネッサ、帝都では目上の人間に、下品な言葉を掛けることが流行っているのかしら? 」
「そんなわけないでしょ」
中から出てきたのは、ローウェンス公爵夫人と、ミルドッド伯爵夫人だ。
驚いた令嬢は絶句し、赤い顔が瞬時に青くなる。
特に待ち合わせていたわけではない。
二人がこのフロアに居たのは、ミルドッド家とローウェンス家に用意された、専用の更衣室で休んでいたからだ。
「え……え……」
ここは陛下が身内の為に用意した、専用更衣室だけが並ぶフロアで、一般参加者は許可なく通れない場所だ。
階段前に見張りも居た筈だが、恐らく令嬢が私の友人だと偽って、侵入を図ったのだろう。
三人は真っ青な表情で、助けを求めるような視線をこちらに向け、目に涙を浮かべていた。
生憎、そんな姿を見たところで、同情するほど寛大な心を持ち合わせていない。
「あらやだ、何を驚いてるのかしら? もしかして、名札の字が本当に読めなかったの? 嫌だわ」
ミルドッド夫人が、冷たい声で棘のある言葉を放つ。
しかし、誰も答えようとしない。
夫人二人を前に、三人の令嬢は怪物でも見るよう目で怯え、身を寄せ合い恐怖で震えていた。
始めのやり取りを知らなければ、三人の方が被害者だと勘違いされそうな程だ。
「安い香水の臭いを嗅ぎ過ぎて、頭痛がしてきたわ」
「あら、大変。安物の臭いは下品で本当に嫌ね」
「ええ、本当に臭くて不愉快だわ」
「本当、下品よねぇ」
夫人二人は令嬢を睨んだまま、扇子で口元を隠した。
香水に言い換えられた批判に、彼女達も勘付いただろう。
痛烈な嫌味に含まれる言葉に、とうとう耐えきれなかった一人が泣き出し、見兼ねて夫人に許可を取った上で、見張りを呼び出す。
「すみませんが、彼女達は部外者なので、フロアから連れ出して頂けませんか? 」
「へっ!? た、大変申し訳ありませんでした! 」
見張りは困惑しつつ、慌てて三人を連れ出す。
令嬢達が怯えるのも無理はない。
皇后陛下と実の姉妹であるミルドッド伯爵夫人と、皇帝陛下の弟の妻であるローウェンス公爵夫人。
肩書も然ることながら、二人は社交界で影響力のある人物で、恨みを買えば縁談や事業といった、将来に影響を及ぼす存在だ。
私は二人に向き直り、深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いいえ。オルカちゃんは優しいわね」
「あんなのを相手してたなんて、大変だったわね」
「はい……これから改善されること願います」
「任せて! ああいう人間は無害な相手を狙うのよ。痛い目を見せれば大人しくなるわ。フフフ……」
ミルドッド夫人の意味ありげな含み笑いに、苦笑してから再度、感謝の言葉を伝えた。
◆◆◆◆◆◆
休憩後にホールへ戻ったが、三人の令嬢はどこにも見当たらなかった。
怖気づいてさっさと逃げ帰ったか。
そんな事を考えながら、すっかり気分は冷めていた。
参加者の誰もが笑顔を浮かべていたが、腹の中ではどんな闇を抱えているか分からない輩だ。
更衣室の件は、言わば導火線のような出来事だ。
好奇という名の火種が散らばる会場で、誰の爆弾に引火するか知り得ないのが社交界だ。
もはや会場入りで感じたような気持ちで楽しめず、以前のように完璧を装い、二部を無事に乗り越える。
しかし、再度休憩に立ち上がると、公爵夫人から帰宅を促され、レイキッド様も駆けつけた。
公爵も陛下に何かを耳打ちし、何処かへ姿を消す。
「貴女、想像以上の悪意と闘ってきたのね」
「……また何かありましたか? 」
ローウェンス夫人の目に怒りが宿っていた。
どうやら貴族令息の何人かが、私に関する不適切な話題で盛り上がる場面を、目撃したようだ。
両陛下は事情を汲み取り、笑顔で二人に見送られる。
「チッ……三部は流石にネズミが多いな」
記事の話題探しで、町の至る所に身を潜める記者を、ネズミと例えられる事が多かった。
パーティーが開催される日は、王城の門が解放され、馬車を停める場所まで誰でも簡単に入れる。
不用心に見えるが、治安の良さを周囲に印象付ける目的があり、国外の貿易商を呼び込む戦略でもあった。
アンパウシュと呼ばれた馬繋場には、屋根や長椅子が設置され、馬や御者、時には従者が待機している。
その為、会場に入れない記者が彼等に近寄り、情報を得ようと接触を図る。
馬車を待つ間、外には記者らしき人物がこちらに気付き、何人かがアンパウシュから出てきた。
胸騒ぎを感じながら、問題なくこの場を切り抜けるよう願うも、そう簡単に事は進まなかった。
「オルカ嬢! 」
「……ややこしいのが来たわね」
ローウェンス夫人が眉間に皺を寄せ、胸元のコサージュを揺らしながら、歩み寄って来る人物を見つめる。
周囲の目を気にする反面、連絡の取れない相手と、対面する機会を逃さんばかりに殿下が声を掛けてきた。
「オルカ嬢! 婚約者の誘いを断ってまで他の男とパーティーに参加するなんて、非常識ではないか? 」
「は? 自己紹介か? 国民全員が知ってっから、そんなことでわざわざ声かけんなよ」
「子爵には関係ないだろ! 」
開口早々、抗議から始まる殿下に眉間を押さえた。
会場では平常を装っていたが、今は怒りを抑えられないのか、大声で不満を捲し立てている。
仕方なく形式的な挨拶をするが、泣き寝入りはしない。
「皇太子殿下にご挨拶申し上げます。恐れながら、私もレイキッド様と全くの同意見です」
「私が君の誘いを断ったと? 」
「誘いも何も、婚約者同士が揃ったパーティーに、パートナーとして参加するのは当然だと思いますが? 」
これまで殿下は誰と参加したか、私をどんな風に扱ったか思い出させるような、含みのある言葉を返す。
自分で口にした不満が、全て自分に当てはまるのも、なんとも皮肉なものだ。
「政略結婚とは、言い換えれば家同士の取引です。身分や個人の感情はどうであれ、取引相手に対する最低限の配慮をすべきだったのではないでしょうか? 」
「ハッ! なら今夜は仕返しと言いたいのか? 」
気に病むどころか、開き直る姿勢はもはや天晴だ。
彼は今でも私を侮り、かつての言いなりだった婚約者を、忘れられないようだった。
まさか、本気で慕われているとでも考えているのか。
不愉快な誤解を打ち消す為に、微塵も想いを寄せていないと、自分なりに伝える。
「どうぞ、今まで通り好きな相手を誘って下さい。以前にもお伝えしましたが、これ以上、袖にされることに耐えられません。然るべき書類をお持ち頂ければ、喜んで婚約を解消いたします」
殿下がこれまで誰を隣に立たせていたか、敢えて名前を言うまでもなく、周知の事実だ。
しかし、いくら正論で訴えたところで、すっかり頭に血が上り、開き直る婚約者には通じなかった。
「だからそれは誤解だと言っているだろう! 誰に向かって口を利いているっ!? 」
「てめぇこそ煩ぇんだよ。婚約解消を言い渡されて立場が不利になったからって、オルカ嬢に付きまとうな」
レイキッド様が再び口を開く。
火に油を注ぐような言葉で、止めるどころか怒りを煽る。
次の瞬間、導火線の火が着々と殿下に近付く光景に気付いて、大人しく流れに身を任せた。
今宵は間違いなく、大きな爆発が起こるだろう。
殿下は真っ赤な顔で言い放つ。
「付きまとうだと? その女が強情なだけだ! 大体、浮気だと宣うのもおかしいんじゃないか? 私は次期皇帝だぞ!? 妃の一人や二人が居て当然の存在だろ! 機嫌取りが仕事のような連中じゃないか!! 」
レイキッド様の口角が上がる。
破天荒に見えて、案外計算高いらしい。
私に目配せする彼に、小さく微笑んだ。
そして、周囲に広がる破裂音が一斉に鳴り出す。
「(信じられない! 皇太子殿下は私欲の為だけに側室を迎えるつもりだったのね? )」
「(ねぇ聞いたっ!? やっぱりマゼラン侯爵令嬢の方が捨てたんだわっ! )」
「(そりゃ、あれだけ婚約者の前で堂々と他の令嬢に現を抜かしてれば、当たり前さ)」
「(スクープだ! おい、面白いものが見れるぞ)」
周囲のざわつきに、ようやく殿下が我に返る。
しかし、もう既に遅かった。
私達は人集りの中心に居た。
記者は勿論のこと、パーティーの参加者まで、野次馬になって好奇の目を殿下に向けている。
婚約解消について、どちらが切り出したか。
浮気の事実や、不貞行為まで囁かれ始めた。
貴族とは思えない下品な笑みを浮かべ、楽しげに話す姿は不快極まりない。
暫くすると、騒ぎを聞きつけたミルドッド伯爵夫妻が駆けつけ、遅れて両陛下も離れた場所に現れる。
レイキッド様が一方下がると、今度は静観していたローウェンス夫人が前に出た。
「第一皇子殿下、引き際を見誤ってはなりませんよ」
「公爵家には関係ないだろう」
「そうはいきません。か弱い令嬢を一方的に怒鳴りつけ、自身の主張を押し通そうとする姿を国民に晒すのは、皇室の威厳にも関わることですわ」
失言からの正論、醜態の事実、支持率の低迷。
殿下は決して知能の低い方では無かった。
しかし、能力に見合わないプライドが思考を曇らせ、今も尚、悪足掻きを止めようとしない。
「オルカ嬢が……誤解したまま、話し合いに応じないから、この事態を招いているのだ……っ」
「その話し合いとは、例えばどんなことですか? 威圧的な態度で暴言罵倒を繰り返した挙句、気に入らなければ池に突き落とすなどと言った内容でしょうか? 」
「そんなことするわけ……! 」
「殿下が令嬢に行った過去の行為については、既に証言が取れています」
ローウェンス公爵夫人は毅然とした態度で追及する。
元専属侍女から聞いた件を、まだ怒っていたようだ。
殿下も当時を思い出したのか、急に押し黙る。
その様子を見た野次馬は再びざわつき、次第に好奇の目に嫌悪感が混じって、空気が一層冷え切った。
両陛下も初耳のようで、表情がみるみる険しくなる。
「殿下は婚約者と、パートナーとしてパーティーに参加した記憶はありますか? 」
「そ、それは……」
「普段、令嬢をどんな風に扱っていたか、この場に居る全員が証言できるでしょう」
殿下が周囲を見渡し、とうとう返す言葉もなく俯く。
けれど、立ち去る様子はなく、悪足掻きはまだ続いているようだった。
ローウェンス夫人はその意図に気付き、強い口調で一層大きな声を挙げた。
「これ以上、醜態を晒すのはお止めなさい! より良い世の中を築こうと激務に励む両陛下や、各地を視察して国民に寄り添うご兄妹の努力を、殿下お一人の自分勝手な言動で潰すおつもりですか!? 」
喧騒が止み、しんとその場が静まり返る。
ローウェンス夫人が遠くに立つミルドッド夫人に目配せを送った。
ミルドッド夫人も静かに頷き、皇后陛下に耳打ちする。
いつの間にか集められた王宮騎士団に、両陛下が殿下を連れて行くよう命じた後、ようやく騒動が収まった。
成り行きで私達は待機していた馬車に乗り込み、そのまま出発する。
「はぁ……全く、高慢な上に見境も無いなんて、呆れて言葉も出ないわ」
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「いいえ、当然のことを言ったまでよ」
遠ざかる会場の入り口に目を向けると、会場に戻ったのか、両陛下の姿はなかった。
代わりにミルドッド伯爵夫妻が場を取り仕切り、ローウェンス公爵が忙しなく記者に対応していた。
姿勢を戻そうとして、不意にある人物が視界に映る。
「え……」
「どした? 」
到着時は、緊張で気に留める余裕も無かったが、入り口に立つ近衛兵を正面から見て、確信する。
「レイキッド様……あの会場の入り口に立っているゴーレム、謁見の間に居た兵ではありませんか……? 」
「え? あんな無表情の堅物いたか? 」
「はい。初めは気付きませんでしたが……右頬を覆う大きなホクロからして、恐らくあの方です」
身長差で横切った際に、気付けなかった特徴を口にする。
よくよく見れば、もう一人の近衛兵も謁見の間を出たすぐの廊下で、私達を気遣って声を掛けてきた兵だ。
二人は感情が欠落したように無表情で立ち、目の前で起きる騒動に全く関心が無いように見える。
公爵の言葉に口元を緩ませ、小さく何度も頷き、目を輝かせた人物とは別人のように、ただ一点を見つめる姿は何処か不気味だ。
まるで抜け殻のように、二人共微動だにしない。
たった数日の間に、一体何があったというのだろうか。
「ああいう光景が、きっと皇室に伝わる言い伝えの信憑性を高めているのね」
ローウェンス夫人は、同情の眼差しで近衛兵を見つめる。
「ゴーレムは三つのランクに分けられているでしょう? 制服もそれに伴って変更される。厳密に言えば最高ランクがゴーレムで、他二つは訓練兵という括りになるの」
「……謁見の間に居たのは、訓練兵だったんですか? 」
「そうね。ゴーレムとして育てられる予定の訓練兵だから、他の一般兵や訓練兵とは違うわ。既に他の隊に入団経験がある人だしね」
一定の条件を満たすと、正式な近衛兵に昇格する。
しかし、その条件や訓練内容は極秘で、城内でも詳細を知る者は少ないようだ。
不思議なことに、例の条件を満たした近衛兵の個性が無くなる。
「そんな……ご家族の方は異変に気付かないんですか?」
ローウェンス夫人は静かに首を振る。
近衛兵に抜擢されるのは、一時の迷いで誕生し、家族に見放された婚外子だった。
家門が隠したがる子供に手を差し伸べたのが皇室だ。
衣食住を提供する代わりに、身元引受人は皇室に渡る。
また、実務経験を積ませる為、一度は他の組織に配属が決定しても、近衛兵として将来が定まっている兵は、隔離された特別な宿舎を利用することになる。
つまり、変貌しようが豹変しようが気付ける者が少なく、抗議できる立場に無い人々だった。
「まぁ……あれを見る限り、手を差し伸べたのか、地獄に突き落としたのか、意見が分かれるところね」
マゼランの話が脳裏を過って身震いする。
馬車の中は、なんとも言えない空気に包まれたまま、私達は王城を後にした。
※修正箇所※
字下げ、誤字脱字、一部言葉の言い換え、記号の変更。




