551.地図 part3
551.地図 part3
ミュラー近郊のマナスポットへ飛んだ後、その足で空へ駆け上がり領主館の屋根に取り付いた。
「では最大の範囲ソナーを打ちます」
全員が声を出さずに頷いて、肯定の意を返してくる。
直ぐに1000メードのの範囲ソナーを打ち、返ってくる魔力へ全神経を集中した。
…………この魔力は執事のグース……クエンはどこに?
どれだけ返ってくる魔力に集中しても、やはりクエンの反応が感じられ無い……いない? もしかして、どこかに出かけているのか?
昨日の今日で、まさか何処かに出かけているとは……きっと今日は、沢山の騎士を周りに侍らせ縮こまっていると思っていたのに……完全に想定外だ。
「母様、執事のグースは見つけましたが、クエンの反応がありません。何処かに出かけているみたいです」
「そう……直ぐに帰ってくるなら良いけど、何処かに雲隠れでもされると厄介ね。このまま襲撃をかけるのは、流石に悪手だわ」
「そうですね……どうすれば……」
オレの呟きに誰も答える者はいない。まさかブリンガー家に逃げ帰ってないよな?
そうなったら今よりもっと面倒な事になるのは火を見るよりも明らかだ。
どうすれば良い……いっそグースを捕まえて吐かせるか? いや、それだと騒ぎが大きくなって、クエンに逃げられる可能性が高い……
この場には、何とも言えない手詰まり感が漂っている。
そうして数分が過ぎた頃、母さんが重い口を開く。
「この状況じゃあ、今動くのはマズイわね。一度さっきの洞窟へ戻って、夜に出直しましょう」
「夜まで待ってもクエンが帰ってこなかったら?」
「その時はグースって執事を締め上げるしかないでしょ。今回のこの件は時間が経つほど悪化するのは間違い無いわ。だったら何処かで割り切る必要がある。違う?」
「それはそうです……分かりました。洞窟へ戻りましょう」
この全てが後手にまわっている感覚……昨日の時点でクエンとグースを始末しておけば……そんな詮無い事を考えながら、オレは領域のある洞窟へと戻ったのだった。
◇◇◇
洞窟へ戻った所で、全員でブルーリングへ帰ってきた。
領域がある以上、行こうと思えば数分で飛べる。わざわざ洞窟で待つ必要が無かった事からの行動だ。
「しかしクエンは何処に……」
オレの何気なく零した言葉に、反応したのは氷結の魔女こと母さんである。
「最悪の事態も考えておく必要があるわね」
「最悪ですか?」
「ええ。皆、分かってると思うけど、クエンが地図を持ったまま、実家のブリンガー家へ逃げ帰っているかもしれない可能性よ」
「……」
「一連の話を聞いて思ったんだけど、ブリンガー家はミュラー家にクエンを送り込んで、ティリシアの政治を乗っ取るつもりだったんじゃない?」
「そうかもしれません……元々皇帝の座は東のミュラー家と北のブリンガー家で独占してたそうですから……ブリンガーからすれば、ミュラーさえ押さえれば皇帝の座を確実に手に入れられる……恐らく権力闘争に勝って、最後の詰めの状態で今回の件が起こったんでしょうね」
「きっとブリンガーからすれば、今回のマナスポット修復は、最後の仕上げのタイミングで降って沸いた幸運だったんじゃない。そうだとすると、ルイス君に麻薬まで使ってアンタに高圧的だったのも説明が付くわ。要は全てが上手くいっていた所に、鴨が葱を背負ってやって来た状態ね。向こうからすれば、笑いがとまらなかったんじゃない? 多少は傲慢になるのも無理ないわね」
そんな理由でルイスを麻薬漬けにしたって事か……ふざけるなよ。
当然ルイスにも少しの打算はあったと思う。しかしこの数年、魔族の未来のため必死に働いていたのをオレはこの目で見てきたのだ。
きっと何年も準備してきたブリンガー家にも言い分はあるのだろう。しかしどう考えても割り切れない。
権力闘争はオレ達のいない所で勝手にやってくれ。オレ達を巻き込むな!
言いようの無い怒りを抱えつつ、夜までの時間で仮眠を取ったのであった。
◇◇◇
夕食を終え、陽は既に暮れている。これから向かえば、恐らく夜中にはミュラーの街に着くはずだ。
「お腹も膨れましたし、そろそろ行きましょうか」
「ふぁー、むにゃむにゃ……アシェラに睡眠を打ってもらったから寝すぎで頭が痛いわ……」
こう零すのは安定の氷結さんである。ヤツは帰ってくるなり、「アシェラ、仮眠をとるから睡眠の状態異常を打って頂戴」と言って、早々に夢の世界へ旅立った事からの発言である。
確かに夜襲をかけるのに寝不足とかアホのやる事ではあるが、その寝ぼけた態度でこれから戦闘に耐えられるのかと、小一時間 問い詰めたい。
「母様、何だったら、ブルーリングで留守番でも……」
母さんは、オレがこう言葉をかけた途中で食い気味に遮った。
「行くわよ。私が行かないと、アンタ、中途半端に終わらせそうだしね。もう準備は終わってるんだし、ちゃちゃっと飛びましょ。アオ、お願い」
アオはオレと母さんを交互に見て、小さく肩を竦めた後、少し呆れた様子で口を開く。
「ハァ……準備は良いんだよね? じゃあ、飛ばすよ」
こうして今日 何度目かの、1秒だか1時間だか分からない感覚に包まれたのだった。
数時間ぶりにやってきた洞窟の中で、エルが最初に口を開く。
「兄さま、クエンは戻ってるでしょうか?」
「どうかな……正直 半々って所だと思う。以前 対峙しての感想だけどな、アイツは間違い無く優秀なんだと思う。使徒だと知ってもオレの一挙手一投足を冷静に観察してた。何に怒り何を欲しているか……それこそ冷徹と言って良いほどに。そんなヤツが次の日にノンビリ外出するとは思えない。余程 緊急の案件が入ったか、ブリンガーに逃げ延びたかのどっちかだと思う」
「そうですか……」
「ただ性根は最低だと思うけどな。アイツはそれだけの能力を持ちながら、自分の利益しか頭に無かった。オレ達にとっては害悪にしかならない」
エルはそれ以上 何も口を開かず、押し黙ってしまった。
「アル、エル、話はそれぐらいにして、サッサと向かうわよ。モタモタしてると夜が明けちゃうわ」
「はい、分かりました、母様」「すみません、母さま」
そこからは2時間をかけて、ミュラーの街の領主館まで真っ直ぐに空を駆け抜けたのである。
◇◇◇
領主館の屋根に取り付いた後、少し息を切らせた母さんが口を開く。
「ふぅ……着いたわね。アル、悪いけど、少しだけ休憩させて頂戴。私とライラには、ちょっとだけこの距離は長かったみたい」
「分かりました。息を整えるために10分休憩しましょう」
「ごめんなさい、アルド君」
「大丈夫だ。ライラと母様は純粋な魔法使いだからな。流石に2時間のマラソンがキツイのは分かってる。ゆっくり息を整えてくれ」
「ありがとう」
さてさて2人が休憩している間、ボーっと待つのは勿体無い。クエンが戻っているかを確認するため、範囲ソナーを打ってみようと思う。
「母様、この間に範囲ソナーを打ちます。クエンがいるかどうか……それによって作戦も変わるでしょうし、早目に確認させてください」
「そうね……分かったわ。クエンと執事のグース、2人がいるようなら、居場所と護衛の数も調べておいて」
「はい。では打ちます」
早速、範囲ソナーを最大で1つ打つ………………グースは見つけた。領主館の隣の建物で眠っていると思われる。
しかし、やはりどれだけ集中しても、返って来る魔力にクエンの物は感じられ無い。
「グースは見つけました。ここでは無く、隣の建物から反応があります。護衛の反応はありませんが、どうやら部屋にはもう1人誰かがいるみたいです。それとやっぱりクエンの反応はありません」
「そう、クエンはいないの……たぶん隣の建物は使用人の住居ね。部屋にもう1人いるってのは、妻かしら?」
「その可能性が高いと思います……でもクエンは留守、いるのは執事のグースだけ。母様、どうしましょう」
「うーん……グースからクエンの居場所を聞き出したいけど、その場で悠長に尋問なんてしてる時間なんて無いでしょうね…………こうなったら、グースを確保して屋敷から連れ出しましょ。途中で騒がれても厄介だし、アシェラ、部屋に押し入ったら、直ぐに2人共寝かして頂戴」
「分かった。全員、ぶっ飛ばして睡眠を叩き込む!」
え? 寝かせるだけならぶん殴る必要なんて無いんじゃ……喉まで出かかったが、これを言うとオレがぶん殴られそうである。
敢えてスルーさせてもらって、話の続きを促した。
「グースの居場所は2階の角部屋でした。あそこなら騒ぎを大きくさせずに忍び込めるはずです。窓からコッソリ侵入して、そのまま連れ去るのはどうですか?」
「良いわね。クエンの居場所が分からない以上、出来るだけ騒ぎを起こしたく無いわ。コッソリ連れ去れるなら、それが一番よ」
「じゃあ僕が先頭で向かうので、部屋に入ったらアシェラ、2人に睡眠を打ちこんでくれ。そのままグースの身柄を確保して、直ぐに脱出する。エルとライラ、母様は部屋に入らず、周囲の警戒を。万が一見つかった場合は、高度を取って闇に紛れましょう」
「分かった……起こさないようにするなら、殴らずに睡眠を撃ち込む」
「分かりました、兄さま。周囲の警戒ですね」
「分かった。でもアルド君も気を付けて」
「しょうがないわね。ちゃっちゃっと攫ってくるのよ。ノンビリしてる余裕なんて無いんだから」
これで方針は決まった。オレとアシェラであれば、1分もかからず連れ出せるだろう。
こうしてオレ達は予定通りグースを攫うべく、夜の闇を駆けたのである。
◇◇◇
母さん達が配置に付いた後、部屋に入り込もうとした所、窓に鍵がかかっていない事に気が付いた。
最悪はぶち破るつもりだったので、これは非常に幸先が良い。
「アシェラ、鍵がかかってない。こっから入るぞ」
「うん、分かった」
「グースともう1人は窓から左側で寝てるはずだ。お前の魔力視の魔眼なら大丈夫だと思うけど、必要なら最小でライトの魔法を使おう」
「大丈夫。生き物なら光って見える。直ぐに何回か睡眠を打ちこんで強睡眠にするから、アルドは入口を見張っておいて」
「分かったよ。じゃあ突入しよう。タイミングはお前に任せる」
アシェラは不敵な笑みを浮かべながら、大きく頷いている。
次の瞬間には素早く窓を開け放ち、ヌルリと滑り込むように部屋へ入っていく。
なんか手馴れてませんかね、アシェラさん。もしオレがやられる立場だとしたら、何も出来ずに睡眠を撃ち込まれる自信がある。
おっと……アシェラの手際に見とれてる場合じゃない。オレも自分の仕事をせねば。
早速 部屋へ押し入り、扉の前で警戒に当たると、直ぐにアシェラの声が聞こえてくる。
「アルド、2人共、強睡眠にした。もう連れ出しても大丈夫」
え? もう? アシェラさん、何でそんなに手馴れてるんですか? 少し怖いんですが!
「わ、分かった。オレがグースを背負う。アシェラは周りの警戒を」
「うん!」
恐ろしく順調にグースを確保出来たのは良いが、これは非常にモニョる結果である。
因みにグースを背負う際、隣のベッドで眠る者を見たが年配の女性だった。きっと予想していた通り、グースの妻なのだろう。
「アル、面倒だけど、へたに見つかるわけにはいかないわ。このまま洞窟まで引くわよ。ブルーリングの隠密部隊なら尋問も手馴れたモンでしょうし、アンタもその方が良いでしょ?」
確かに無理矢理 情報を吐かせるには、体か心に相応の負荷をかける必要がある。所謂 拷問の類だ。
母さんは、オレに拷問なんて出来るとは思えないのだろう。正面からハッキリと聞いてきた。
「それは……出来れば騎士に任せられれば……」
「そう、分かったわ。ブルーリングへ帰ったら、グースの身柄は騎士団へ預けましょ。皆も良いわね?」
誰からも反論は出ず、オレ達は無言のままブルーリングへ向かったのであった。




