538.1年後
538.1年後
母さんのヘソクリを両替してもらって、早1年が過ぎた。
この間はアルジャナ内のマナスポット解放を優先し、たった今3つ目を解放した所である。
ただ、かなり回り道をしたため、未だにベージェには辿り着けていない。
「ふぅ……疲れましたね。アオの調整が終わったら、ブルーリングへ帰りましょう」
「うん。今回の主も強かったから……でもアルドの最後の動き、今までより凄く速くなかった? 僕、見失っちゃったんだけど……」
「あー、あれはバーニアじゃなくて、瞬歩です。やっと実戦で使えるくらいまで練度を磨けたので、試しに使ってみました」
「なるほど。バーニアに瞬歩、アルドはどんどん速くなるから、僕に見えないのも当たり前か……でも瞬歩とバーニアって別の物なんだよね? 一緒に使ったりしたら、主もアルドの速さに対処出来ないんじゃない? なーんてね。そんな事出来るわけ無いよね」
瞬歩とバーニアを同時に? カズイはこう言うが、瞬歩は足の裏でウィンドバレットを発動して、その爆発力で移動する技だ。
対してバーニアは、背中で空間蹴りの斥力を発生させて推進力にしている。
両方を同時に発動する……え? ちょっと待って……これ出来るんじゃないか?
思考の海に浸っていると、唐突に肩を揺すられ現実に戻ってきた。
「アルド、アルドってば……」
「え? あ、カズイさん……どうかしましたか?」
「どうかしましたかって……精霊様がマナスポットの解放が終わったって……アルドが無視するから怒って帰っちゃったよ」
「あ……すみません。少し考え事をしてて……」
「僕は良いけど……何をそんなに考えてたの?」
「いえ……さっきのカズイさんの言葉で、瞬歩とバーニアを同時に使えないかと思いまして……」
「瞬歩とバーニアを同時に? そんな事できるの?」
「原理的には出来るような気がします……発動するのは足と背中なので……魔力操作も問題ないですし……」
カズイは口を開け、呆けたようにオレを見つめている。
「凄いよ! それが出来たら、主にも簡単に勝てるんじゃない?」
「どうなんでしょう。瞬歩の特性上、どうしても真っ直ぐにしか動けないですから……でも圧倒的な速さは得られるかもしれません」
そこからカズイと話した結果、軽く試してみる事を決めた。
ブルーリングへ帰ってから試しても良いのだが、可能なのか手応えだけでも感じたい。
ぶっちゃけ今の気持ちは、新しいおもちゃを買ってもらった子供と一緒だ。
ワクワクを胸に、ハンモックに揺られながら寝息を立てている母さんを起こさないよう、少し開けた場所へと移動した。
「取り敢えず最初は軽くやってみますね。いきなり全力だと何かあると怖いので」
「うん、分かったよ。僕は少し離れて見てるね」
カズイが少し距離を取った所で、軽く柔軟体操をしながら手順を確認する。
先ずは瞬歩……間髪入れずにバーニアを発動するだけだ。何も難しい事は無い。特にバーニアは、体に染みついている。息をするように発動できるはずだ。
準備完了。よっしゃ! 一丁、やってみますか!
「カズイさん、準備完了です。行きますね」
そうカズイへ声をかけ、直ぐに瞬歩を発動した。
纏わりつくような風の中、凄まじい速さで景色が流れていく。
やっぱり瞬歩はバーニアより速い。開発したネロに、尊敬の念すら湧いてくる。
よし、そろそろバーニアを……
全力では無く、半分ほどのチカラでバーニアを発動した。
その瞬間、かつて無い衝撃がオレを襲う……い、息が……吐けない? それどころか勝手に肺に空気が……しかも、何だこの風圧……まともに動けない……これじゃあ、まるで水の中じゃないか……
ギシギシと間接が悲鳴を上げる中、息を吐くため思わず顔を背けてしまう。
これが悪手だった。考えてほしい。全てを置き去りにするような加速の中で、視線を切るなど……
結果、オレはバランスを崩し、地面を転がってしまった。
「がぁ! くぅ!」
上下すら曖昧になり、亀のように必死に体を丸める事しか出来ない。背中に大きな衝撃を感じた後、やっと止まった安心感を感じつつ、オレは意識を手放したのであった。
「ァ……ア…………アル!!!!」
微かに聞こえてくるだけだった声が、徐々にハッキリと聞こえてくる……大声と共に頬へ張り手が飛んできたと同時に、オレは飛び起きた。
「アル!! 大丈夫? 痛い所は無い?」
「母様……僕は一体……」
「カズイ君から聞いたわよ! 瞬歩とバーニアを同時に発動したって……アンタは本当に無茶ばっかりして……」
そこから聞いた話は、驚愕に値する物だった。
カズイの視点では、オレが瞬歩を発動して数瞬の後、急に姿が消えたそうだ。
次の瞬間には、凄まじい勢いで地面を転るオレが現れ、20メードほど離れた大木に当たって止まったらしい。
カズイからすれば、「どれくらい速いんだろ」と軽い気持ちで見ていただけなのに、いきなりオレが瀕死になるなど、全く想定すらしていなかった。
直ぐにハンモックに揺られていた母さんを起こし、回復魔法を使いつつ状況を説明したそうだ。
「アルドがいきなり消えたと思ったら、次の瞬間 凄い勢いで地面を転がっていくから……何がどうなってるのか、意味が分からなかったよ」
「すみませんでした……まさかこんな結果になるとは……」
そこからは、速度と空気抵抗、風圧と風速について、説明していった。
「アル、さっきから聞いてるけど、空気がそんなに負担になるの? だって空気よ? 触れもしないじゃない」
「あー、そこはですね……速度が上がれば、加速度的に抵抗が増えて水と変わらないくらいになるんですよ」
「空気が水みたいに? どーゆー事? アンタの言ってる意味が分からないわ」
「あー、じゃあ、試してみますか?」
「試す? どうやって?」
「僕が母様を抱っこしてバーニアを使うんです。瞬歩まで体験してもらえれば、僕の言う事が納得できるかと」
母さんは何かを考え、少しの時間の後、不敵な笑みを浮かべながら口を開く。
「良いわ、やりましょう。アンタの言う事が本当か、試してやろうじゃない!」
いや、別に争ってるわけじゃないんだから……そんなにムキにならなくても……
何故か無駄に敵愾心を燃やしている母さんをお姫様抱っこして、改めて聞いてみた。
「本当に良いんですか? かなりの加速ですよ?」
「大丈夫よ。アンタ達はいつも使ってるんでしょ? それに前から興味があったのよね。目にも止まらない速さって、どんな感覚なのか」
どうやら母さんは、興味半分で挑んでいるようだ。
だったら良いか。まぁ、この人ならキャーキャー言って、喜びそうな気がするし。
「じゃあ、行きますよ。最初は軽くで、徐々に速くしていきますからね」
「いつでも良いわ。ちゃちゃっとやっちゃって頂戴」
母さんの言いようが凄く軽いんですが……少しの不安を胸にオレは軽めのバーニアを吹かしたのである。
「ギッ……」
空気がねばつくような感覚の中、母さんを見ると、顔を強張らせながら恐ろしいほどのチカラで抱き着いて来る。
これ絶対、身体強化全開で抱き着いてるだろ。かなり痛いんですけど!
バーニアの勢いが終わった後も、母さんは青い顔で未だにしがみ付いている。
「母様、どうします? もっと速くすれば、風圧は強くなりますが……まだやりますか?」
「……もう良いわ。降ろして頂戴」
何だこの反応は……キャーキャー言って喜ぶとばかり思ってたのに。
母さんは何度か大きく深呼吸した後、珍しく真面目な顔で話しかけてきた。
「アル、エル、アシェラ……拙いとは言えライラも……アンタ達、こんな速さの中で戦ってたのね。しかも、これを更に速くするって……悪いけど、私には判断できそうに無いわ。これ以上は4人で相談して決めなさい」
「分かりました」
やはり純粋な魔法使いである母さんには、バーニアの加速に耐えるのは難しいのかもしれない。
意外な結末をもって、母さんのバーニア体験は終了したのであった。
◇◇◇
瞬歩とバーニアの融合を試した後、ブルーリングへ飛んできた。
母さん、カズイと挨拶を交わし、直ぐに愛する嫁や子供の待つ我が家へ向かっていく。
「あー、楽しみだな。でも子供達、オレの顔を忘れたりしてないよな? もし忘れられてたら……オレ、泣く自信あるんだけど……」
独り言を呟きつつ、浮かぶのは子供達の顔……シャロンは2歳半、レオンは1半歳、更にライラも半年前に、無事に可愛らしい女の子を産んでくれ、計3人の子供達がオレの帰りを待っている。
因みにライラの子の名前はソフィア。宝石のような輝きを放って欲しいと願って名付けた。
髪はライラ譲りの紫で、目元がオレに似ていると言われている。
オレなんかに似て良いのだろうか……将来、「パパのせいで、ブスになった」なんて言われたら、泣く自信があるんですが……
こうして、にやけた顔を隠す事もなく、我が家の玄関をくぐったのであった。
「ただいまー」
「おかえりなさい。お疲れ様でした、アルド。直ぐにお風呂を沸かしますから、鎧を脱いで楽な恰好で休んでください」
「ありがとう、オリビア」
むむむ……いつもならアシェラとライラも直ぐに顔を出すはずなのに、今日はそんな気配が全く無い。
「アシェラとライラはいないのか? シャロンとレオンも……」
「2人は演習場です。シャロンには、まだ早いって言ったのですが、体の動かし方を教えるって聞かなくて……ライラは部屋でレオンとソフィアを寝かしてます」
「そっか……アシェラにはオレから言っておくよ。流石にシャロンには早いんじゃないかってな……じゃあ、着替えてレオンとソフィアの顔を見てくるよ」
「お願いします……」
何故かオリビアの歯切れが悪い……ピンときたオレは、直ぐにオリビアへ近づいて優しく腰を抱き寄せた。
「ただいま、オリビア。愛してる」
「フフフ。私にはもう興味が無いのかと思ってしまいました。私も愛してます、アルド。おかえりなさい」
あっぶねーー! オレちゃん、ナイス! こーゆー小さな積み重ねが、すれ違いに発展するのだ。昔、日本で見たドラマで見たから間違いない!
いち早くオリビアの機微に気付いたオレへ、最大限のエールを送りたい!
この後、オリビアと軽くキスを交わした後、着替えるために自室へと向かったのであった。




