539.急変
539.急変
ブルーリングへ帰ってから1週間が過ぎた。この間は久しぶりの我が家を堪能し、満ち足りた生活を送っている。
因みに瞬歩にバーニアを加える歩法に関しては、エル、アシェラ、ライラと相談した結果、エルとアシェラが瞬歩を完全にマスターするまでは保留する事となった。
これは、この歩法が思ったより危険だと判断したからだ。
3人が同じスタートラインに立って、慎重に開発した方が良い。呼吸すらまともに出来ない中で、バランスを崩そうものなら……最悪は死にかねない。
エルとは魔力共鳴で、魔力の使い方は共有できるが、やはり体の使い方まではそうはいかない。
瞬時に発動できる程度にはなってもらわないと……
こうして急ぎの仕事も無く、不抜けたある朝の事……領主館からの使いのメイドが慌てた様子でやってきた。
「あ、アルド様、至急 領主館へ来て欲しいとエルファス様が……普段からは想像出来ないほどの慌てようで……」
「エルが慌てる? 一体 何だ?」
「私には分かりかねます……それと奥様方も手が空いてる方は一緒に同行して欲しいと……」
「アシェラ達も? 分かった、直ぐに行く」
アシェラ、オリビア、ライラへ話した所、何かを察した様子で3人共 即座に同行する事を決めた。
子供達をジュリとパメラに任せて、直ぐに自宅を後にし、領主館へ向かったのである。
「アルドです。お呼びにより伺いました」
いつもと違い、慌ただしく動き回るメイド達を尻目に、急ぎ執務室のドアをノックした。
扉越しに声をかけると、焦った様子のエルの声が聞こえてくる。
「に、兄さま! は、入って下さい」
エルの慌てよう……一体 何が?
嫌な予感を感じつつ、一息に扉を開ける……中はオレが全く想像していない、正に惨状であった。
「ネロ! お前、どうして?」
ソファには酷く疲れた様子のラヴィとメロウが座り、ネロが床に寝かされている。
しかもネロは血塗れで、右腕が無くなっているのだ。
「エル! ネロの容態は? ソナーは打ったのか?」
「はい。右腕の血止めは終わっています。今は輸血魔法で、足りない血を補充している所です」
「分かった。お前はそのまま輸血を。オレは他に怪我が無いかを調べる」
「頼みます」
くそっ、擦り傷に打撲……これは矢傷か? ボロボロじゃないか……
結局、エルと2人、ネロの応急処置を終えたのは、30分ほど後だった。
「取り敢えずは大丈夫だと思う。それよりこれはどう言う事なんだ?」
「僕にも分かりません……朝の支度を終えた所で、アオがいきなり現れて、指輪の間に怪我をしたネロがいると言われたんです。急いで向かうと、血塗れのネロとラヴィさん達がいて……取り敢えず、メイド達に見つからないよう執務室へ連れてきたんです」
なるほど……領主館に入った際、メイド達が慌ただしかったのは、ネロの血が廊下に垂れていたとか、そんな理由なんだろう。
エルの経緯は分かったが、そもそも何でネロがこんな怪我を……
未だに呆然としているラヴィとメロウへ話しかけた。
「ラヴィさん、メロウさん、一体何があったんですか? それにルイスは何処に?」
ルイスの言葉を聞いた途端、ラヴィは目に大粒の涙を溜めながら、ゆっくりと口を開く。
「あ、アイツが裏切ったんだ……る、ルイスは私達を逃がそうとして……」
は? ちょっと待ってくれ。る、ルイスが……し、死んだ?……嘘だろ……何でアイツが……
アイツは何の手掛かりも無いのに、オレをティリシアまで探しにきてくれた優しく男なんだぞ……
あんなに良いヤツはいないのに…………誰だ……誰がやった……絶対にぶっ殺してやる!!!
やったヤツを探し出して、殺してくれって泣き叫ぶまで追い込んでやる……使徒の権威を使ってでも絶対にだ!!
オレからかつてないほどの殺気が迸る。
「あ、アルド?」
「ラヴィさん……誰がルイスを殺したんですか……絶対に地の果てまで追い詰めて、後悔させてやる……誰がやったんですか?!」
「え? いや、ルイスは生きてると思うぞ?」
「………………は? る、ルイスは……生きてる?」
そこから改めてラヴィに聞いた話はこうだ。
もう2年、いや3年近く昔になるだろうか。オレが国外追放の罰を受けるのと同時に、ルイス達は魔族の国であるティリシアにあるカナリス領へ向かった。
そこでカナリス伯爵へオレが使徒だと明かし、皇都のマナスポット修復の協力を頼んだ。ここまでは良い。
実際にオレもその場に同席し、カナリス伯爵の言葉も直接聞いている。
ここからはオレも知らなかった話である。
先ず最初にやった事は、西の皇家であるミュラー家に、カナリス伯爵経由でマナスポット修復に関する協力を頼んだそうだ。
当初、女領主は皇都のマナスポットが修復出来るなら、こんなに良い事は無いと、非常に前向きだった。
しかし、伴侶が出て来てからは一転する。
「どうやって修復するのか」から始まり、「そんな魔法具は聞いた事が無い」、「騙されているのではないか?」と、終始 懐疑的だったそうだ。
これについてはしょうがない。実際に嘘を吐いている以上、疑われるのは当然の事。
ルイスとカナリス伯爵は、誠心誠意 何度も説明し、時には伝手も使い説得に当たったのだとか。
だが伴侶は、どれだけ手を尽くしても頑なに信じようとしなかった。
そしてマナスポット修復など与太話と取り合わず、ルイス個人の武に興味を示したそうだ。
曰く「そんな与太話で自分を売り込みに来るなど、余程の阿呆か自信家か……お前ほどの武を持つのであれば後者であるのだろう」と勝手に勘違いをし、ルイスに執心したのだとか。
確かにルイスは個人でワイバーンを屠ったワイバーンスレイヤーである。
未だに魔物の領域が多くあるティリシアでは、武が尊ばれるのは自然な流れであった。現にフォスターク、ドライアディーネ、グレートフェンリルより、広大な国土を有してはいるものの、ティリシアでは魔物の領域が多くある。
これは魔族の特性として、子供ができ難く人口が少ないのに加えて、マナスポットが壊れて貧しい事に他ならない。
結果、何時までも「マナスポットの修復を……」と譲らないルイスを疎ましく思いながらも、何とか取り込みたいと、相反する感情に染まって行ったと言う。
「じゃあ、その伴侶の方がルイスを?」
「ああ。アイツはルイスに仕官を勧めてた。でもどれだけ言っても首を縦に振らないルイスに焦れて、私やメロウ、ネロを人質にしようとしたんだ」
「そんな無理矢理 言う事を聞かせても意味なんて無いでしょうに……それにカナリス伯爵だっているし、そもそも皇家は女領主で、その人は所詮 伴侶に過ぎないんでしょ? 何でそんな無茶を……」
「私には分からない。ルイスの話では、子供に後を継がせて自分が摂政として実権を握るつもりだと言ってた」
「権力欲か……でも分からないのは、何でそこまでルイスに執着するんです? 強いとは言っても所詮は個人のチカラ。そこまでして欲しい物ですか?」
「空間蹴りだ……私とメロウとネロは、ティリシアで空間蹴りを見せていない。ルイスだけが、空を駆ける術を持っているように見せかけていた……だから止めろって言ったのに……」
なるほど、合点がいった。確かにカナリス伯爵にすら、空間蹴りの魔道具については一切の話をしていない。
個人で並外れた武を持ち、更に空を自由に駆ける……確かに目端が利く為政者なら、是が非でも手に入れようとするだろう。
それからもラヴィからの話を聞いたのだが、ルイスは自分への執心すら利用して立ち振る舞っていたのだとか。
「バカか……自分をエサにしたのか……何でそんな無茶を……」
「アイツはアルドに迷惑をかけられないって言って、全部 背負い込んでた。何とかして皇帝へ伝手を作るって……」
アイツは……何て不器用なんだ。お互いに迷惑をかけ合ってこそ、親友ってモンだろうが。
「話は分かりました……じゃあルイスは、ミュラー家当主の伴侶に囚われてるって事ですね?」
「ああ。名前はクエン=フォン=ミュラー。北の皇家ブリンガー家から婿養子に入ったらしい」
「北のブリンガー家……現在の皇帝の実家ですか……確かティリシアでは、皇帝の席を東のミュラー家と北のブリンガー家が独占してるんですよね?」
「私は政治の事は良く分からない。でもルイスはブリンガー家を良くは思って無かったと思う。事ある毎に「魔族の未来の話なのに……」って悔しがってた」
「そうですか……」
北のブリンガー家……現在の皇帝を輩出した皇家の1つであり、ミュラー家当主の伴侶もブリンガー家……この2つの事実で分かる事……今のティリシアの政はブリンガー家によって、ほぼ独占されていると言う事だ。
「段々と話の流れが掴めてきました。それでラヴィさん達は、ルイスへの人質として捕らえられそうになって逃げてきたと……そう言う事ですか?」
「ああ。私達はミュラー家の領主館で逗留してたんだ。そしたら夜中にいきなり魔道具が鳴り出して……」
「あ、だいぶ前、エルに渡しておいた魔道具ですか? ちゃんと動いたんですね、良かった」
1年前、イリルの街でアルジャナの魔法陣を詳しく習った際、オレはある1つの魔道具を作りあげた。
それは以前、カズイから聞かされた魔道具の改造品。
アルジャナでは、水が飲用に耐えうるかを調べるため、魔道具が使われていた。
使用するのは ほぼ冒険者か商人であり、旅先で川や泉を見つけた際、その水が飲めるかを確かめるための魔道具である。
その魔道具内の魔法陣を改良し、空気に漂わせるタイプの毒を感知して、音を出すよう改造したのだ。
これにより野営での負担が激減したのは言うまでも無いだろう。
暫く使って問題点を洗い出して改良した物を、エル経由でルイス達にも渡しておいたのだ。
「あの魔道具が夜中に突然 鳴り出したんだ。そしたら賊が急に押し入って来て……それでもルイスとネロが要れば何とか押し返せた。実際、一時は返り討ちにして、旅支度をする余裕もあったんだ」
「だったら何故ルイスが捕まって、ネロもこんな重症を? 空間蹴りを使えば簡単に逃げられたんじゃ?」
「ルイスが言ったんだ。「空間蹴りを使えるのは、オレだけって思わせたい」って……そうじゃないと「魔道具の事がバレて、取り返しのつかない事態になる」って……」
「それで地上を隠れながら逃げて、ルイスは捕まったって事ですか……」
「ああ……休息も満足に取れない中、私達はどんどん疲弊していった。それでもカナリス領までは逃げられたんだ。きっとヤツは私達にここまでの武があるとは思っていなかったんだろう。とうとう本気を出して、騎士の大群を送ってきた。ルイスの話では1個大隊……50人はいるだろうって……」
「大隊? 疲弊してる中、そんな数で攻められたんですか? 無茶苦茶だ……」
「それでどうしようもなくなって、マナスポットがある森の洞窟で隠れてたら、ダカートの風の連中が現れて助けてくれたんだ」
「パーガスさん達が?」
「ああ。カナリス伯爵からルイス達を助けるように依頼を受けたらしい。伯爵の立場では表立ってミュラー家に反旗を翻すわけにはいかなかったんだろうって。尤もパーガスは「依頼なんか無くても、オレ達はお前等を死んでも助けるぜ。アルドとの約束だからな」って笑ってたけどな」
「そうですか……」
「それでパーガス達に今回の経緯を軽く説明すると、ダカートの風の連中が囮になって逃がしてくれるって言い出したんだ。一回は断ったんだけど、ダカートの風、全員が「アルドとの約束だから」って引かなくて……結局、甘えさせてもらう事にした」
「ダカートの風の皆さんが……でも逃げられたんですよね? だったら何でルイスが捕まったんですか?」
「マナスポットの位置だ。あのマナスポットは崖の中腹にある。ルイスが抱き上げて、メロウを運ぶのを見られたんだと思う。警笛の音が鳴って……そっからはネロが騎士を引き付けてる間にルイスが私を運んでくれた。私が知ってるのはそこまで……指輪の間で待ってたら、右腕の無くなったネロが飛んで来て、「ルイスが捕まったんだぞ……」って言って意識を失ったんだ」
「おおよその状況は分かりました……じゃあルイスはまだ捕まったばかりって事ですよね?」
「そうだ。頼むアルド、ルイスを……アイツを助けてやってくれ。私ではあの数をどうにかなんて出来ない……でもお前なら何とか出来るだろ? 頼む、一生のお願いだ。ルイスを……」
「大丈夫です。ラヴィさんが頼まなくても、僕は行きますよ。アイツは僕の親友ですから。エル、アシェラ、手分けして探す必要があるかもしれない。手伝ってくれ」
「はい、僕にとってもルイスは親友です。直ぐに着替えてきます」
「任せて。悪いヤツは全員ぶっ飛ばす!」
範囲ソナーを使えるオレとエルに魔力視の魔眼を持つアシェラ。この3人なら……
オレ達はそれぞれ、最速で着替えるため自室へと走り出したのであった。




