50どうやって足止めしましょうか
「オレはここでこのアパートの上に雨を降らせばいいのか?」
鬼崎さんのアパートの前に着いた私たちは、鬼崎さんの部屋から死角になる場所で、この後のことを話し合っていた。
「ていうか、あいつは今、自分の教え子の家に不法侵入しているのよね。それを警察に通報するのはどうかしら?それで、警察が来るまでの間に話を聞くとか」
「警察にはお世話になりたくありません。警察を呼ぶのはなしでお願いします」
「オレも警察を呼ばれるのは避けたい」
「いいアイデアかつ、駒沢を社会的に抹殺するいい機会だと思うのに。蒼紗がダメというのなら、やめておくわ」
ジャスミンが正論を言ってくるが、その案は否定する。私は雨水君に彼の能力に関する質問した。
「雨水君は、どれくらいの範囲に雨を降らすことが可能なのですか?」
「一年の頃を思い出してみなさいよ。結構な範囲が雨だったでしょう?」
「私は雨水君に聞いているのですが」
私が雨水君に質問しているのに、ジャスミンがその邪魔をしてくる。確かに一年生の頃、市内が突如雨になっていたことはあるが、異常気象だと思っていた。今考えると、あれは雨水君の仕業だったと言えるだろう。
「さすがに市内全域となると、結構な力を使うから、長時間は無理だ。今回は、そこの部屋から男が出なければいいんだろう?それなら、範囲は絞れるし、そこまで力は……。いや」
雨水君は考え込んでいる。範囲が狭いのなら、足止めできるほどの大雨も可能ということだ。何を悩んでいるのかわからない。
「範囲は狭いが、駒沢が部屋から出られないくらいの雨を降らせる必要があるのだろう?そうなると、狭いとはいえ、かなりの力を使うかもしれない」
「だったら、必ずしも豪雨にする必要はないんじゃない?ほら、霧とかでアパートの周辺を覆って、視界を悪くするとか、アパートの部屋の外を氷漬けにして、ドアを開けられなくするとか」
彼女は簡単に言うが、雨水君にできることを言って欲しい。ちらりと彼を見るが、彼から表情を読み取ることはできない。
「できないこともない。そもそも、朔夜、お前は駒沢とどれくらい話したいんだ。それによって、やり方は変わってくる」
「確かにそうね。蒼紗が駒沢に何を聞きたいか、その情報を引き出すのにどれくらいの時間がかかるかを教えてくれればいいのよ。それで対処法が変わるのは当然だわ」
「聞きたいこと……」
二人からの言葉に、駒沢との今までの会話が思い出される。彼は私の秘密に気付いているが、確たる証拠がないため、その秘密を断定できない。おそらく、私が無意識に使っていた言霊の力のおかげで、証拠となるものは探しても出てこないだろう。
「まずは、九尾たちが言っていたことですね。薬の入手ルートなどを知る必要があります。ルートを見つけ次第、そこをつぶして、私たちの平穏を脅かす輩を捕まえます」
その後は、私の個人的な話になるが、証拠が出てこないとしても、彼は私を調べ続けるだろうと確信があった。調べ続けられても困るので、その辺についても言い含めておきたい。
「ねえ、今更だけど、蒼紗が力を使えば、駒沢から話を聞くのなんて、超楽勝だと思うわ。だって、蒼紗の能力はチート級の能力よ。相手の目を見て、蒼紗がして欲しいことを口にすれば、人は蒼紗の命令に逆らうことができないんだもの。駒沢にもそれを使えばいいだけでしょう?」
「それができないから、困っているみたいだぞ。親友と称すわりに、朔夜のことが見えていないな」
ジャスミンの言葉は一理ある。私の言霊の能力をもってすれば、他人から話を聞くことなど動作もないことだ。
駒沢に能力を使う。どうして今まで使ってこなかったのだろうか。振り返ると、彼と二人で会った時は、気が動転していたため、能力を使おうという発想が出なかった。それに。
「あまり、この能力を使いたくないというのが本音なんですよね」
最近、すぐに能力に頼ってしまうが、本来、普通の人間には与えられていない特別な力だ。多用してしまっては、私の体質と相まって、ますます人間から遠ざかってしまう気がしてならない。
「蒼紗って、矛盾が多いわね。私が見る限り、結構頻繁に能力を多用しているように見えるけど。ということは、今回の件、駒沢には能力を使わない方向で話を聞きだすということでいいのかしら?」
「仕方ないな」
「緊急事態になったら、嫌でも能力を使って、駒沢に洗いざらい話してもらいます。なので、30分ほど時間を稼いでくれれば、ありがたいです」
「わかった。雨でも霧でも作ってやるよ」
「頼もしいこと。ところで、私たちより先に出ていった狐たちはどうしたのかしら?もう、家に突入してしまったということはないわよね」
私たちの話は一段落した。話し合いの結果、雨水君に駒沢が外に出られないような天気を作り出してもらい、その間に私たちが彼から話を聞きだすということに決まった。
『やっと話は終わったか』
「九尾!」
『話が長くて、いつ話しかけようか迷っていたぞ』
『蒼紗さんが彼女のインターホンをいつ鳴らすのか、ずっとタイミングをうかがっていました』
頭の中に声が響き渡る。九尾と翼君の声だ。どうやら、近くにいるらしい。
『話は済んだのなら、すぐに行動をすることだ』
私たち三人は互いに頷き合い、自分たちが取るべき行動をするため、動き出した。
階段をのぼり、鬼崎さんの部屋の前まで歩いていく。私の周りには頼もしい仲間がいて、心配する必要はないというのに、妙に緊張してしまった。カンカンと階段をのぼる足音がその場に響き渡る。部屋の前までたどり着き、深呼吸する。震える指でインターホンを鳴らした。私の隣にいるジャスミンも緊張で顔を強張らせていた。
『返事がないようですね』
私の視界に入らないどこかに九尾と翼君が待機している。おそらく、部屋の前にいる私たちの姿が見える位置にいるのだろう。頭の中に響く翼君の声に同意しながらも、私はゆっくりとドアノブに手をかけた。
ドアはカギがかかっておらず、ぎいいと音を立てて開いた。
「開いているみたいだけど、本当に入るの?」
「入るしかありません。入らないと、今まで話し合った時間が無駄になります」
ジャスミンはなぜか、この後に及んで、家に入るのかの確認を私にしてきた。今更過ぎる質問である。とはいえ、野生の勘で、この家がやばいということに本能的に察知したのかもしれない。
彼女はなかなか足を踏み入れそうにないので、私が率先して、鬼崎さんの家に入っていくことにした。
「雨のにおいがしますね」
ふと、後ろを振り返ると、雨水君が能力を使い始めたのか、アパート全体を真っ黒い雲が覆っていた。今にも一雨きそうな天気に、気分が下がるところか、安堵するという不思議な経験をすることになった。




