33 家の前に黒猫が座り込んでいました
「ねえ、翼君、黒猫が事故現場にいて、その黒猫が首輪をつけていなくて、賢そうだったから、拾って家で飼っている子がいるんだけど」
「いきなりですね」
帰り道、九尾たちと帰宅中、ふと鬼崎さんが言っていたことを思い出す。黒猫を拾って飼い始めたという話だ。猫を拾って飼うというのは、別に珍しいことではない。飼っている猫を捨てる人もいれば、拾う人もいる。ただ、鬼崎さんが黒猫を拾ったというだけの話だ。
「何を悩んでいるかと思えば、人間なんかに捕まるようなのは、ただの猫だろう。あまり深く考えても仕方ないことだ」
九尾が言っていることは正しいが、どうにも胸騒ぎがした。狼貴君は無言で私たちの話を聞いていた。空を見上げると、どんよりとした曇り空で、まるで私の心の内を示しているようだった。
「にゃー」
「噂をすれば、黒猫が家の前に……」
「放っておけ。大学に言ったら腹が減った。おやつでも食べるぞ」
「いいものがありますよ!ちょうどスーパーで買ったバームクーヘンがあります!」
「腹が減った」
家に入ろうとして、鞄から鍵を取り出していると、玄関の前に一匹の黒猫が座り込んでいた。首輪のようなものをつけているので、飼い猫が逃げ出してきたのだろうか。猫がいるというのに、九尾たちは猫が見えていないかのように、平然と玄関前に足を運びながら、のんきにおやつの話をしていた。
「にゃーにゃー」
黒猫は玄関のドアを前足でたたき始めた。まるで、私の家に入れてと言っているみたいだ。
「入れてあげた方がいいですかね」
「面倒だが、どうせ開けたら入り込んでくるに決まっている」
「こんなに猫がかわいくないと思えたのは初めてです」
「同感だ」
先ほどから、黒猫に対して九尾たちは辛辣である。無視したり、可愛くないと言ってみたりと、これではこの猫が普通の猫ではないと言っているようなものだ。
カギを開けて、家の中に入ろうとドアを開けると、九尾の言う通り、黒猫はするりと家の中に入ってきた。黒猫は私たちに何か重要なことを伝えたいようだ。必死に首元を前足でかいている。そこには飼い猫のしるしとでもいうように、首輪がつけられていた。
「これ、発信機がついていますけど」
翼君が黒猫に近づき、首輪らしきものを確認する。しかし、首についているのは、首輪ではなかったようだ。翼君が見つけたのは、発信機だった。ということは、この黒猫の居場所は、飼い主にばれているのだろうか。
「でも、これ、作動していませんね。車坂さん、いったい誰にこんなものを」
やはり、この黒猫の正体は車坂だったようだ。黒猫を塾の上司の名前で呼ぶ翼君。それに対して、黒猫は私たちの頭の中に、人間の言葉で話しかけてきた。
『見回りでいつもの死神業務をしていたら、不意に腕を伸ばされて、人間の女に捕まってしまった。私の姿はただの黒猫で、普段なら誰も気にしないはずだったんだが』
「間抜けな死神もいたものだな」
「笑えますね」
「お前を捕まえたのは誰だ」
九尾と翼君が黒猫の不注意を笑っていたが、狼貴君は真面目に彼を捕まえた人間が誰か尋ねた。
『鬼崎というそうです。朔夜さんのお知り合いですか?捕まった時に、あなたの名前が出てきました。もし、知り合いなら、近寄らない方がいいですよ。これは忠告です。彼女に連れていかれて彼女の自宅に連れていかれたのですが』
そこで、黒猫は押し黙る。どうしたのかと辺りを見渡すが何も異変はない。
「とりあえず、家の中に入って、リビングで座って話をしませんか。こんなところで立っているのも疲れますし」
私は彼らを家に上がるように促した。私たちはまだ靴を履いたままで、立って話をしていた。せっかく自分の家に帰ってきたのだから、ゆっくりと足を休めたい。
リビングに入ろうとしたが、そこで黒猫の足が汚れているかもしれないと思った私は、車坂に玄関で待つよう指示した。すぐに濡れタオルを持ってきて、彼の足を優しく拭いてきれいにした。
『この発信機を外してもらえないでしょうか?』
足をきれいに拭き、玄関から上がるように車坂に伝えると、車坂は軽い足取りでリビングに向かって歩いていく。そして、リビングにやってくると、首についている発信機を外して欲しいと訴えてきた。
「こっちにこい。これはまた、変なものがついているな。まあ、われにかかればこんなもの、すぐに壊せるが」
どうやら、ただの発信機ではなかったようだ。九尾の言葉に従い、車坂はゆっくりと九尾に近寄る。普段は仲が悪いのに、指示に従うということは、よほど首につけられているものが取り外したいらしい。
「取れたぞ。これは念のため、燃やしておこう」
『助かりました』
取り外された首輪のような発信機は、すぐに九尾の手から上がった青白い炎で燃やされた。完全に燃やしてしまったようで、九尾の手には何も残っていなかった。
「人間に助けを求めるのはどうかと思いましたが、朔夜さんの家の前で待っていて正解でした」
首輪の発信機が取れたことで、車坂は人間の姿に変えていた。私としては、猫の姿で頭の中に声が聞こえるよりも、人間の姿で直接話をできるのでありがたい。
「それで、鬼崎さんの家には何があったのですか?」
先ほど言いかけていた続きを聞こうと質問する。
「おやつでも食べながらにしませんか?蒼紗さんもお腹が減ったでしょう?」
翼君が緊張感のない声で、お盆に人数分に切り分けられたバームクーヘンを乗せたお皿と、コーヒーを持ってきてくれた。車坂の分も用意されていた。
「有り難くいただきます」
話をする前におやつにすることになった。




