緊急事態
試合は次々行われ、熱狂に包まれる中に半数の勝者を生み出した。そこで昼を迎えて、一旦の休憩となる。後半戦は一時間後の開始だ。
僕らの部屋には相変わらず閣下が居座っており、レナードさんの手配で豪華な昼食が運び込まれていた。テーブルも大きな物が用意され、そこに並べられていく。魚や蛸、烏賊、貝類など、海産物が多いのは閣下の好みだろうか。
僕も結構作って来たんだけど、こっちはそのまま残しておこう。何せ、保存出来るからね! 依頼で街を出た時の食事に使えば良いんだ。
テーブルに並んだたくさんの料理は、焼いた物であったり煮た物であったりと調理されていて、刺身などの生の物はやはり無かった。寄生虫とか病原菌とか毒物とか、そんな危険性があるんだったかな? こっちの世界では難しいわけだね。僕自身生食に拘りとか無いし、無ければ無いで特に問題も無い。
なんて思ってたら、閣下には生の料理が供されていた。
「え? 閣下、生食大丈夫なんですか?」
「妾は海竜だからな。ハーフリングやエルフには危険なのであったか」
種族的な差か、納得。海竜と言うのだから海で穫って食べたりなんて当たり前なんだな。いやそれ以前に、竜だから強靭な身体を持っているのかも。食べられなくとも構わないけど、目の前で食べられると食べたくなるなあ。
処理としては、何日か冷凍しておく方法とか聞いた事あるね。でも凍術使えないから無理だな。それでも不完全な事があるかもしれないし、またここは異世界だ。より凶悪な寄生虫や菌の存在が否定出来ない。そんな危険を冒してまで、生で食べたいとは思わないね。
しかし美味しそうに食べるな……。
「興味があるのか? やめておけ。お主らでは死ぬ事もあるからな」
「怖っ」
マリエラも首を振って止めてるし、やめとくべきだね。
閣下が話題を変えた。
「水竜走についてもそうだが、お主他にも面白い事を思い付いておらんのか? もう一つ二つくらい、このリヴァースで後ろ盾になるぞ?」
にやりと笑みを浮かべ、そんな話を振って来る。
あるにはある。先日ふと思い付いたのは障壁を使った力比べだ。ただこれは問題点があった。その障壁についてだ。何を使うかと考えると、困るんだよね。地術でも良いけども、何を使うにしても力比べなのだから選手より強力な魔法使いでなければ駄目なんだ。それじゃ実現出来る人材が限られ過ぎてしまう。
面白そうではあるんだけど、これでは競技する選手達よりも障壁を作る魔法使いの方が目立ってしまう。だからこれはボツ。
後はそうだな……。テニスとか見たいかな。そのままでも面白いけど、せっかく魔法のある世界なんだから混ぜたい。ラケットは使うとして、網目を張らずに魔法で代用可にするとか? 土や石で硬く作る地術、球を捕らえて弾き出す風術とか、発想によってはラケットだけで色々出来そう。
そうなると、移動やスイングにも魔法を使えた方が楽しいね。炎術師なら爆発を利用したスマッシュとか、水術師は水竜がそのまま使える。ラケットを使わず地術で球を打つのは失格としても、魔族の身体能力なら壁を作って蹴るなどで急激な方向転換も出来る。風術ならソニアの大気蹴りがある。
もちろん攻撃的な行為に及ぶ輩が現れるだろうから、ルールの整備は必須。でもその中で、様々な魔族なりの戦術が生み出されそうだ。
でもこれは、数年後の話だな。今始めてしまったら、せっかくの水竜走を殺してしまいかねない。興味というものは移り変わって行くものだけれど、水竜走はまだまだこれからだ。早くとも二年三年、出来れば十年以上は後にしたい。
今水竜走を見て憧れた水術を使える子供達が大きくなって選手として活躍して、さらにその先……となると、魔族だから十年じゃ足りないのか。随分先になっちゃうな。それより前に、他の魔法使いでも水竜走に参加出来るようにするか水竜走の延長に当たる競技を考えないとな。
まあそれは、前者はともかく後者は閣下達に投げるけどね。そんな事ばかりしていたくないからさ。
「面白い事も良いですけど、水術の適性を持たない者でも水竜走に参加出来るようにする事の方が先では? 水術を使わない水竜走の実現でも構わないと思いますけど」
「ふむ、確かに一理あるな。それについては、何か考えはあるか?」
「そうですね……。地術と風術、それと凍術なら無くはないですけど」
「ほほう! 聞かせてみよ!」
空気は水より比重が軽い。それを使う事によって浮く事は出来るだろうな。つまり地術なら、中を空洞にした塊を作ってその上に乗り、浮く。後は形状を工夫して、滑ると言うより船のような原理になるけど水上で走れるように調整すれば良いだろうね。
風術も似たようなものだけど、こちらは推力がある。ソニアの大気蹴りのように進む事も出来てしまう。この辺りはルールで縛りたいところだ。例えば、水に接していなければ違反になるとか。
推奨するやり方としては、足の下に空気の塊を作って水に浮く事だ。形状は地術同様に、魔法組合で色々試して欲しいところだね。
「凍術は、単に足の下の水を凍らせれば良いだけですね。足から離れたら溶けるようにしてもらわないと駄目ですけど」
「なるほど。それで無くはない、と言ったか。つまり、水竜のようにはいかん。そういう事であるな」
「はい、そうです」
要は、水竜程の速度を水上で出せなくなるんだ。現状の、ただ滑るだけの水竜走ならまだ良い。でも水竜走は、これから進化していく。既にその片鱗を見せている選手もいるのだけど、水上ではやはり水術師には敵わなくなる。
また例を挙げるなら、ターンだ。速度を上げて曲がると慣性で流されてしまうけど、それを無理矢理押さえる事も出来る。自分の足の下の海水に働きかけて硬くする事で流れるのを防げば、強引に曲がれる。もちろんその硬度は自分の身体を傷めない程度でなければ危険だ。
しかしこんな曲がり方が出来るのは水術だけだろう。
水上でのスポーツだから、というところはあるな。地上でこれを実現出来るのは、今のやり方だと水術と……風術も可能かな? 空気と地面では摩擦なんて、あって無いようなものだ。
「これは魔法組合に伝えておこう。何か案が出るかもしれぬ」
「僕の名前は出さないで下さいね」
「何故だ?」
「あまり目立ちたくないんですよ」
もう遅いという意見もあるかもしれないけど、だったら尚の事目立ちたくない。面倒ばかり増えてくからなあ。
それにこれくらいなら、既に思い付いている可能性もある。そんなところへ話を持って行くのも失礼だ。閣下なら許されても、僕の名はそうもいかないだろうね。
「閣下、ハルト君は面倒臭がりなんですよ」
「何と。勿体ない子供だな、お主は。それだけの発想力があれば、富も名声も望みのままだと言うに。それに女もな」
「全部間に合ってます!」
金なんて現状の金貨数枚ですらおっかないし、名前なんていっそ忘れてて欲しい。女性はマリエラ一人だけが良い。特別欲しいものなんて思い付かないし、二人でのんびり過ごす事さえ出来ればそれで充分なんだよね。
そういう意味ではこのレヴァーレストは住み易いし、良い街だから気に入ってる。だから余計に名前なんて売りたくない。道行く先々で注目なんてされようものなら、外を出歩く事すら億劫になりかねないね。
水竜走トーナメントは順調に進行され、残すところは準決勝と決勝のみとなった。昼の休憩時間以降少し落ち着きを見せていた会場の空気も再び熱を帯び始めており、再度挟まれた短い休憩時間の間にじりじりと高まり続けている。
無論、僕ら四人も同じく注目していた。
「残り三試合だが、やはり戦士組合の者は強いようだな。十二人中半数以上は戦士であろう?」
「そうです。特にハーフリングのエスパルーダさんとダークエルフのメステーさんは動きが違いましたね!」
この二人の名前は、前に戦士組合で聞いたね。マリエラの言うように、この大会でも一、二を争う選手だ。
エスパルーダさんは男性のハーフリングだ。白い海豚を魔法に変えて、ハーフリングならではの身軽さで加速と小回りを武器に勝ち抜いて来ている。ちなみに白海豚亭とは全く関わりが無い。
対抗して挙げられるのは女性ダークエルフのメステーさん。暗い紫の糸を足に巻き付け魔法とし、力強い走りを見せてくれる。彼女はしなやかな身体からの爆発的な脚力と、その力を魔力の強さで海面に無理矢理留めて推力へと変える、速度を重視した選手だ。
エスパルーダさんは常に一番内側を滑る。メステーさんは外側だけれど最速。この二人の対決というだけでも楽しみで仕方ない。
賭けの人気は、やはりエスパルーダさんが上だった。遅いわけではなく、むしろ速度も速い方であるにも関わらず内側を滑る事の出来る身体の軽さ。身体が小さく軽い分ターンで外へ流される力が小さく済んでいる彼は、一番人気だ。
僅差で二番に甘んじているのがメステーさんとなっている。速度が段違いで、彼女の前に行く者はターンまでには大回りで滑る彼女に並ばれ、抜かれてしまう。そしてターンでしっかり前に陣取られ、以降その速さのために抜き返す事は出来なくなる。
二人がぶつかるのは決勝戦だ。誰もがこの対戦を楽しみにしているだろう。
他の十人も、決して劣る者達ではない。僕が個人的に注目しているのは五番人気にいる男性ゴブリンだ。名をハルハス。緑の葉の舞う魔力の持ち主で、小さめで軽い体格だ。タイプとしてはエスパルーダさんに近い。けれどメステーさんと同じ事も出来ている。そしてその制御は彼女よりも上手い。
つまり彼の長所は魔法だ。水術を扱う技術が選手達の中でも随一に見えた。今はほとんどの選手が水竜の制御で手一杯だけど、そこから抜け出すのは彼かメステーさんが最初になるだろうと睨んでいる。
ハルハスさんは戦士ではない。木工職人を生業としているそうで、つまり一般の住民なんだ。だから彼は、身体能力では他の選手に数段劣る。しかしそれを補って余りある魔法の技術によって、見事にここまで勝ち進んで来ていて、且つ人気も五番を得ている。何かしでかさないか、しでかすとしたらどんな事をしでかすか。密かに期待していた。
左にマリエラ右に閣下と挟まれるように座り、三人で準決勝の開始を心待ちに会場を眺める。
見渡せば様々な種族のたくさんの魔族が賑やかに、騒々しく過ごしている姿が見られた。これだけの数が集まってのお祭り騒ぎとなれば殴り合いの喧嘩などの争い事も起きるのだけど、大きな被害にならない限りはそれも楽しんでしまうらしく、特段取り押さえるなどは無いようだ。
こういうところは魔族の世界の凄まじいところだな。荒っぽい世界だから、この程度日常茶飯事なのだろうね。
閣下は大いに笑いながら、マリエラは苦笑いでそんな光景に目を向けていた。
そして休憩時間も終わって喧騒も少しの間静まったけれど、選手達が姿を見せると爆発した。閣下も身を乗り出すようにして、子供みたいな笑顔でそちらを見やる。
そんな時だ。僕は視界の端も端のぎりぎりに、動く何かを見た。それは次の瞬間には到達し、宙で壁に突き立ったようにその動きを止める。
僕の指輪に込めた、風の障壁が発動していた。目には見えない風の魔法が働いて、その細長い物は受け止められた。それは矢であり、その先端は閣下に向いていた。矢尻は変色して赤茶色を帯びていて、恐らく毒を塗られていると見て取れる。
範囲を広めにしておいて良かった。受け止める物の勢いによっては僕まで到達してしまうからと、反応する半径を五メートル程度に設定しておいたんだ。それが、功を奏した。
直ぐ様閣下に飛び付いて、部屋へと引き込む。ソファの陰へ押し倒すように隠した。それから矢の角度を見て、放たれたのは街の防壁の上だと割り出した。魔眼に魔力を突っ込む。ついでに矢は回収しとく。
「マリエラ、レナードさん、閣下の守りを」
言うが早いか、僕は閣下が開会式で見せた水術の応用で空高く、防壁の方向へと自分を撃ち出した。マリエラの声が聞こえたように思うけど、聞き取る事は出来ない。
風を切るように飛び上がって空から標的を見下ろす。その姿は既に魔眼が見つけていて、見失う事は無い。相手は魔法使いだ。恐らく風術師。障壁が捕らえた矢には、風術によるアシストが行われていた。それで正確無比な射撃を行ったんだろう。
だから魔眼での捕捉は簡単だ。魔法を使える者の魔力は大きいから目立つ。そうでなくとも魔力は固有の形を持っている。視界にいれば見分けられるし、範囲内であれば感じ分けるのも容易い。
標的は失敗した事を悟り、防壁を下りて走っていた。矢が止められたのを悟った瞬間に逃げ出したのか、僕には気付いていない。このまま泳がせて、事の次第を見極めるのも良いかもしれない。
水竜走の結末を見届けられないけれど、閣下を狙った者を探る方が優先だろう。
……決勝戦、見たかったなあ。




