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ちょっとした、大失敗

 昨夜はすっかりマリエラがご立腹で、宥めるために一つだけ何でも言う事を聞くと約束させられてしまった。只今、戦々恐々。


 とは言え彼女のお願いなら基本的には何でも聞いてあげたいと思ってしまっている以上、あまり意味は無いかも。無体な事を言える人柄じゃないし、まあ大丈夫だろう。


「何頼んじゃおうかなー?」


「どんと来なさい」


 などと話しながら、僕らはミードの周りをてくてくと歩いている。一応警邏のつもり。風術による感知を試みて、周辺に異常が無い事を確かめているところだ。


 森には今のところ変わった反応は無い。ところが、村の中で奇妙な事があった。ある一軒の民家を度々他の住民や戦士の一部が訪れているんだ。


 気になって中を探知してみたところ、寝た切りでぴくりとも動かない魔族が一人見つかった。


 呼吸をしていない事から、どうやら死去している……なんて事は考えていない。このタイミングで呼吸をしていないのだ。それは石化だろう。コカトリスの犠牲者が、そこにいるんだ。そして戦士が訪れている事から察するに、その犠牲者は戦士の一人だ。


 治せるかどうか、挑戦してみたい。もし治せたなら、コカトリスの脅威を少しだけ減じられる。今後出てしまうだろう犠牲者を救う事にも繋がるはずだ。


「マリエラ。村にコカトリスの犠牲者がいるみたいだ」


「そうなの!? でもそんな話、聞かされてないよ?」


「敢えて聞かせる話でもないと考えたんじゃない? 実際、聞いてもどうにも出来ないでしょ」


「んー、確かにそうだね。それで、犠牲者がどうかしたの?」


「治せるか試してみたい」


 自信があるわけじゃない。でも、試してみない事には出来るとも出来ないとも言い切れない。ただ、先日マリエラの酔いを治した時の事が使えるように思ったんだ。


 マリエラは、僕の言葉に目を丸くさせていた。


「石化を治せた例なんて無いけど、ハルト君だからねー。ちょっと行ってみようか」


 くすりと笑って、マリエラは僕の手を取った。そして村の中へと歩いて行く。




 住民に聞けば、そこへはすぐに案内してくれた。何の変哲も無い、普通の家屋だ。一つしか無い部屋の、一つしか無いベッドにその戦士は座らされていた。尻餅を突いて石と化していく自身の身体を見ていたのだろう、顔の前に両手を上げていて、その表情は恐怖に歪んでいる。


 彼はエルフの男性だ。けれど右の耳が欠けている。髪も損傷が見られるけど、他にはこれと言って失ったものは無さそうだ。身に付けている物は石化しないようで、そのまま残っている。


「どうだ? 本当に治せそうか?」


 案内してくれたオーガの男性がマリエラに聞いた。僕と一緒に石化したエルフを見ていたマリエラは、その視線を僕に向ける。聞かれても僕自身わからないからなあ。


「確約は出来ないよ。試したい事があるだけだし」


「坊主がやるのか!?」


 マリエラがやるもんだと思っていたらしい。まあ、気持ちはわかる。こんな子供がそんな事に挑戦するなんて、普通は思わないよね。


 ともかく、始めよう。


 手の平に魔力の風を集め、まずは地術と癒術の併用によって石化を解けるか試す。石は地術の領域だから関わりがある。そして肉体に関わるのは癒術だ。肉体の情報を癒術で得て、その情報をもとに地術へ癒術の要素を加えて石化を解く。そんな風に考えて、魔法を構成した。


 試してみれば、エルフの身体はゆっくりと肌の色を取り戻していく。少しずつ石の灰色が本来の肌色に変わって柔軟性を取り戻し、しばらくの時間の後にベッドへと倒れた。上手く出来たようだ。覗き込んでいたマリエラとオーガが感嘆の声を漏らしている。


 しかし、これで終わりじゃない。コカトリスの石化は毒だ。体内にこの毒がある限り、また石化するだけなんだ。今度はそれを除去しなければならない。それには先日の魔法を使う。アルコールを除去したあの魔法で、コカトリスの石化毒を消し去る。


 これは困難を極めた。地術と癒術で石化の進行を食い止めながら、同時に石化毒の除去と身体の保護を行うんだ。魔法三つの同時使用。魔力は急速に失われるし、精神は瞬く間に疲弊する。ただでさえその制御に集中力が求められるのに、これは厳しい。一刻でも早く終わらせる必要がある。


 毒の除去にも身体の保護にも、水術と癒術を併用した。身体の多くは水分で出来ているのだから、水術があれば癒術の作用を助けるはずだと考えた。実際にやってみれば上手く働いてくれて、毒による石化の進行が弱まるのがわかった。


「おい、終わったんじゃないのか?」


「静かにしてて。彼がまだ何かしてるんだから、終わってないんだよ」


 確かにまだ終わっていない。けれど、もう時間の問題だ。やり方は確立出来た。後はこのまま魔法を持続させて、完治まで魔力を消費し続けるだけだ。







 目が覚めると、僕は自分のテントのベッドに寝かされていた。頭にぼんやりと霞がかかったようで、何もかもが判然としない。身体を起こして頭を掻きつつ周りに目をやれば、マリエラが飛び付いて来るのが見えた。


「良かった! やっと目が覚めた!」


 何が何やら。


「どうしたの?」


「魔力をぎりぎりまで使っちゃったんだよ! 危うく死んじゃうところだったんだから!」


 気の抜けた声で尋ねれば、震える声でそう返って来た。涙を溢れさせながら、押し倒す勢いで抱き締められる。


 そう言えばレベッカさんに聞いた事があったっけ。魔力を全て失うと、存在を維持出来なくなるんだ。でもそうなる前に気を失って、魔力の消費も止まるはずだよな?


「気絶したなら、そこまで消費しないよね?」


「気絶したまま魔法を使ってたんだよ! 私どうしたら良いかわかんなくて……!」


「マジで?」


 聞けば気絶して膝を突いて、ベッドにもたれたまま魔法を使い続けていたらしい。そして完治させたところで魔法も止まり、辛くも一命を取り留めた。エルフの戦士は助かったものの今度は僕が眠ったまま目覚めず、それから三日が過ぎたという事だった。


 マリエラは泣きながら、感情を吐き出すように話してくれて、その様子だけで心の底から心配させたのだと理解するに充分だった。押し倒されたまま抱き付いて泣いているマリエラの頭と背を撫で、宥め続ける。


 失敗したなあ……。治療は上手く出来ても、こんな風に心配させたのでは大失敗だ。結局あれだけの魔法を使うには、僕の魔力では足りなかったんだ。改善出来るまでは、石化治療も禁止だな。


 でも相手がコカトリスである以上、その犠牲者が出るのは避けられないだろう。魔力を急激に成長させる方法なんて無いと思うし、何か手段を講じないといけないな。


「……ハルト君、反省してないでしょ?」


「いやいや、してるって。マリエラを泣かせるような事はもうしないよ」


「約束だからね」


「もちろん約束するよ」


 反省……、してるけどね。失敗を省みて問題点を洗い出し、改善する。そのためには、足りない魔力を補う手段の発見が急務だ。


 はてさて、何か良い案は無いかな?


「その顔は、やっぱり反省してない!」


「ええ!? どんな顔してる!?」


「また魔法の事考えてたでしょ! しばらくゆっくり休んでなきゃ駄目だからね!」


 この身体は、顔に出過ぎるんだろうか。でも自分では反省してるつもりなんだよなあ。だってさ、反省のために自粛して大人しく静かにしてるなんてのは、それこそ形だけの反省じゃない? 失敗から学んで次に活かしてこそ、反省と言えるって思うんだけどな。


 でも心配させたのは間違い無い事だし、そんな形でも反省を示すのは大切な事か。どうせ待機組なんだし、ここはゆっくりのんびりしてよう。


 手段について考えるにも時間は欲しい。都合良く考えて、自粛と休養する体で時間をそっちに割かせてもらおうっと。


 ……これだと反省してないって言われる?




 石化の治療に成功した事は、ミードはもちろん戦士達や兵達の間にまで広まっているそうだ。その代償として気絶した事も含めて。マリエラはそれを利用して、未だに目覚めていない事にして面会謝絶のままにした。


 ただ、例外もあった。カーツィアルさんとユーリさんの二人だけは招き入れて、目覚めた僕の姿を見せた。


「一時はどうなる事かと心配したが、無事なようで安心したよ。石化治療の成功、おめでとう。彼も感謝していたぞ」


「実験に付き合わせたようで、僕としては複雑なんだけどね。三日しても何ともないなら、多分大丈夫だね」


「そうだな。……魔力を気絶しても足りない程使う魔法か。石化の治療はそうまでしなければ為し得ないくらいに難しい事なんだな」


「まさか気絶しても魔法を使い続けるなんて、思いもよらなかったよ」


 でも、心当たりはある。僕はあの時、完治まで魔力を消費し続けるだけだ、と考えてしまった。そして完治と同時に魔法は止まった。それが答えだと思う。


「ハルト。私の親友をあまり悲しませないで欲しい」


「もちろんだよ。僕も懲りたって」


 二度とあんな事考えないよ!


「ならば、良い」


 ユーリさんは僕の髪をぐちゃぐちゃに掻き混ぜる。酷い。




 その後はカーツィアルさんが話題を変えた。


「このテントや中の物は、やはり遺跡で見つけた物なのか?」


「そうだよ。このバッグの中に入れっ放しになってたんだ」


「案外多いらしいな、そういう事も。残念ながら俺が発見した物には何も入っていなかったが」


 やっぱりあるんだね。適当な嘘吐いたけど、上手く誤魔化せそうだ。


「この分だと、他にもまだありそうだな。羨ましい限りだ。俺達もまた遺跡探索に手を出すか」


「夢はあるが、戦士の本分を忘れるなよ?」


「まあな。遺跡からは、戦いの役に立つ物が見つかる事は少ないからな」


「そうなの?」


 これは知らなかったな。バッグにしろ懐中時計にしろ、確かに便利な道具に過ぎない。でもソニアに渡した腕輪は、戦闘のためとは言い切れないけど充分過ぎる程に役立つ物だ。だから、そんな風に考えた事は一度も無かった。


「戦いを好まない種族だった、という説も出る程に武器の類いが発見されないんだ。俺達が持っているバッグ類や先端を当てるだけで傷を治すワンドだとか、そんな便利な道具ばかりでな」


「熱くない火で周りを照らす、油も蝋燭も要らないランタン、なんてのもあったよね」


「音を大きくする筒、なんて物もな」


 面白いな。新しい魔法のネタになるじゃないか。少なくともたった今、三つもアイデアをもらった。そして今更ながらに思う事があった。


 僕は、魔道具を作ってるんだな……。


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