ミード到着
ミードは、前二つに比べるとまだまだ小さな村だった。農地は無く、代わりに材木が豊富に積み上げられている。土地を切り開いている真っ最中といった様子だし、森を伐採してるところか。
民家の家屋は十数軒程。他には屋根のある大きな作業場や倉庫などが並ぶ。そんな村の住民達の雰囲気は暗い。やはり魔獣が近くにいるという事態は、不安を誘うんだろうね。
兵士達は既に到着していて、村と森の間に布陣する姿が見えた。戦士の陣は北西の端にあるらしく、僕らは村の西側をぐるりと回り込んでそちらへ向かう。
村の西は緩やかに上る斜面が広く切り開かれている。今はまだ何にも使われておらず、これから農地にするなり家屋を建てるなりするんだろうと思われる。
そんな風に辺りを見回しながら、僕らは戦士達の陣に到着した。時刻は十四時過ぎ。そこはテントなどを立てているだけだし、陣と言うよりただの野営地だった。なのでその西側で、僕らも同じように野営支度に入る。
村や兵隊との連絡や会議などは金級であり赤獅子の隊長でもあるカーツィアルさんが行う話になっている。副長のユーリさんも付いて行くとは思うし、心配は要らないだろう。
あ、これじゃ失礼か。酒の席での姿がどうにも残ってるな……。
今回のテントは、円柱の形にした。サイズは高さ二メートル、半径五メートル。中心に一応柱を一本立てて、そこだけ天井を少し高くする。この柱には暖房兼用のライトを仕込んだ。天井間際から明るく照らさせる。
内装は三人掛けソファ二つとそれ用のテーブルのセット、食事用のテーブルと椅子二脚にかまどと調理台、衝立で囲った浴槽一つなど。ベッドについては、マリエラから希望があった。
「ダブル一つで良いよ」
「言うと思った」
という事で、ダブルを一つ作る。
場所は野営地の一番西の端にする。入口は南向きで広めに開くようにして、反対側には窓も作った。これで換気が出来るだろう。どちらにも鍵を組み込んでおいた。ついでに入口付近に外套掛けも一つ立てておく。
外観は灰白色の大きなテントだ。昔懐かしいサーカス団のテントを縮小したような、そんなデザインにしている。
出来映えを眺めてみたけど、ちょっと大袈裟だったかな? でも数日過ごす事になるだろうし、僕一人ならともかくマリエラもいるのに住環境で手を抜きたくないからね。
ちなみに、レストはテントの物陰でしまった。
ゴブレットや水差しなど細々した物を揃えていると、来客があった。
「て、テントに扉? マリエラとハルトはいるか?」
そんな声がして、ノックが聞こえた。
「開いてるよ、どうぞ」
返事をすれば、入って来たのはユーリさんだ。中を見るなりぎょっとしている。失礼な。
「これは何とも……。さすがにカーツィでも、ここまで揃えていないぞ」
「いらっしゃい、ユーリ! どしたの?」
「今後の予定が決まったのでな。その説明に来た」
「そういう事なら、こちらにどうぞ」
ソファに座ってもらって、カップとティーポットを出して温かいハーブティーを注ぐ。ついでになってしまうけど、僕ら二人にも用意した。
「ありがと!」
「い、至れり尽くせりで恐縮する。……何だこのソファは!?」
驚かしてばかりで悪いけど、面白いから困るね。悪い事で驚かしてるわけじゃないし、勘弁してもらおう。
ハーブティーを一口含んでゆったり楽しんでから、ユーリさんは話を始めた。
「まず、今日のところはゆっくり休む事になった。これは領軍の兵も同様なのだが、私達は到着したばかりだからな」
コカトリスの捜索には、明日から参加する。東の森で発見されたという話だったから、捜索の中心はそちらのようだ。現在は野営地でミードを北西から時計周りに南までをぐるりと囲んで守っている状態なので、担当は単純に個々の正面と決まった。つまり僕らは北西方面だ。
「まず遭遇しなさそうだね」
「そうだな。領軍としても、派遣されて来たからには手柄が欲しいのだろう。私達はここへ来た事だけでも充分な報酬が出るからな。それで無事解決出来れば何の問題も無い」
それと、全体で捜索しては村の守りが手薄になるという事で、捜索と警護とに手分けするのだそうだ。ユーリさんはその希望を取るためにも来ているわけだった。
「どっちでも良いけどね」
「それじゃ、希望の少ない方にする?」
「それで良いのか? そうなると恐らく警護のための待機になるが」
赤獅子はやっぱり、戦う方を選ぶ戦士が多いんだな。昇級も望めるだろうし、それが戦士の普通なのかな?
「僕は構わないけど、マリエラはそれで良いの?」
「ハルト君、戦うの好きじゃないでしょ? だったらそれで良いよ。私達は村を守っていようね」
巻き込んだようで申し訳ない気もするね。
ただ、彼女は好戦的には見えないからな。村を守る、というのが案外マリエラの望みなのかもしれない。
「待機の方が良さそうだな。後方は任せるぞ」
「しっかり守るよ!」
話も終わり、中を見たいとの事だったので自由に見てもらう。すると、衝立の向こうを見てまた驚いていた。
「これはまさか、湯浴みに使うのか!?」
「そだよ?」
「浸かれるのか……?」
「そりゃもちろん」
ああ、入りたいんだな。
「ユーリさん一人くらいなら、入って行っても大丈夫だよ」
「しかし、私だけがそんな贅沢など……!」
「マリエラの友人って事で、良いじゃない。友人に貸すんだから、何も変なところは無いと思うよ?」
まるで悪魔の囁きだな、これ。でも、遠慮しないで良いと思うんだけどなあ。
「そ、そうだな! 私とマリエラは親友なのだ! 何もおかしくはないよな!」
屈したか。
その後もベッドや柱に埋め込まれたライトに仰天し、可笑しくも愛らしい姿を見せてくれる。そうして何処か呆けた様子で、ユーリさんは帰っていった。
「楽しんでくれたようで何より」
「楽しんでたのかな……?」
マリエラは苦笑いで、ユーリさんを見送った。
夕食の支度が終わり、これから食べようという十七時頃。再び来客があった。小さく、静かに三回のノックが鳴る。何となく、ユーリさんな気がした。
どうぞ、と返せばやっぱりユーリさん。辺りを気にしながら、さっと素早く入って扉を閉めた。多分、湯浴みに来たんだな。
「食事中だったか! これは失礼した」
「構わないよー。私達がここで食べてて大丈夫なら、入ってく?」
「それは大丈夫だ。しかし、随分しっかりした料理だな……」
ここでばっちり作ってるからね。今夜は三品。
一品目は普通にサラダ。葉物の野菜を中心に盛って、オリーブオイルに柑橘類の果汁と刻んだハーブを加えたドレッシングで食べる。
二品目はニョッキ。茹でたニョッキをオリーブオイルで軽く炒めて器に移してチーズを乗せたところに、バジルを加えて熱したオイルをかけたもの。味の強いチーズを選んだけど、好みで塩や香辛料を加えても味が変わって美味しいかも。
三品目はスープ。キャベツと玉ねぎに燻製肉を具材に、白いスープにした。ホワイトルーを作って溶かし込み、仕上げには粉チーズを使う。器に移したところへ振りかけておけば、それが良い味になってくれる。
マリエラには白ワイン、僕には果汁を香り程度に加えた水を用意している。
「マリエラ、なのか?」
「ハルト君だよ?」
「何だと!?」
もしかしたら、マリエラが料理出来ない事を知ってるのかもね。だからまず疑問から入ったんだ。まさか僕の仕業とは思えないだろうし、そしたらマリエラしかいない。
今日はユーリさん、こんなんばかりだな。
「こんな事を聞いて良いものかと自分でも思うのだが、この食材は保存用の加工を施していないように見える。その、大丈夫なのだろうな?」
「もちろん。詳しくは話せないけどね」
「それは構わない。そうか、大丈夫なのか……。保存する手段を持っているのだな。素晴らしい事だ」
感嘆した様子で、ユーリさんは言う。その視線は料理に注がれていて、気になって仕方ない風だ。
「少し食べる? 僕はそんなに食べないし、半分も残してくれれば充分だからさ」
「重ねがさね済まないな。既に夕食は済ませているから、私も多くは食べられない。ほんの少しだけ、いただかせてもらおう」
フォークとスプーンを渡せば、それぞれを味見程度に口にする。別に大層な料理を作ってるわけじゃないから、感動したり口から光を吐き出したりはしないと思うけど。ん、ネタが古いか。
「どれも美味しいな。ハルトは腕が良いようだ」
「気に入ってもらえたなら良かったよ」
「私も料理が出来なくてな。羨ましく思うよ」
「カーツィがいつも料理してたもんね、私達」
ん? ああ、そういう事?
「昔組んでた?」
「あ、話してなかったね! うん、そうなんだ。私達、元々一緒に組んで仕事してたの」
「何だ、話し忘れていたのか?」
それで友人だったわけね、納得。となると、ユーリさんやカーツィアルさんは昔のマリエラを知ってるわけだ。
「昔話、是非とも聞きたいところだね」
「えー!? 聞いても面白くないよ!」
「そうだな。マリエラは、面白くないだろうな」
ほうほう。これは面白そうだな。
ユーリさんもにやにやしていて、やぶさかではないらしい。彼女はやっぱり弄る側のようだな。楽しい話が聞けるかもしれないね。
「仕事が終わった後の宴の時にでも、たっぷり聞かせよう」
「楽しみにしてるよ」
「やめてー! ちょっとユーリ!」
「そんなに嫌がる事か? やましい事でもあるようだぞ?」
「無いけど! 無いけど恥ずかしいよ!」
「大丈夫だ。酒の席で話すからな、羞恥心など失せているだろう」
「大丈夫じゃない! それ、全然大丈夫じゃないからね!」
何だろ、こんなマリエラ初めて見るな。既に面白い……。




