アレとコレを合わせて新競技
リアスタから帰った翌日、何となく戦士組合に向かってレヴァーレストの街を歩いていると、ヘルミッドの姿が見えた。案の定滑って移動してやがるな……。
こちらの姿が目に入ったのか、鋭角にターンを決めて向かって来る。やめんか、恥ずかしい!
「師よ! 久しぶりだな、元気そうで何よりだ!」
「ヘルミッドも元気いっぱいだね」
「もちろん! 年末に本部へ行く事が決まったのでな! より高度な使い方を見せるためにこうして、日夜訓練している!」
テンション高いな。回るな回るな!
本部での発表が決まったのだから、それは嬉しいだろうけどさ。
「すごいじゃない! おめでとう!」
「これも師のおかげ。このヘルミッド、心より感謝致す!」
相変わらず大袈裟な。最初に一言口にしただけだから、あまり持ち上げられても気恥ずかしいばかりだな。
高度な使い方か……。ここは少し入れ知恵してみようか。
「優雅に舞うのからは離れてしまうけど、こういうのはどうかな」
イメージはスピードスケート、もしくは競艇だ。広い場所に二つの目印を置き、その二点の周りを滑って速度を競うレースだ。
レヴァーレストは海に面した街。ここなら海の上がベストだろう。位置次第では玉座の間からも見えて、閣下も大喜びだ。
「何と胸の踊る……! さすがだ、師よ! しかしそれを魔法組合主導で行ってしまっても良いのか?」
「事故があった時とか、魔法組合なら対応出来るでしょ?」
「なるほど……。これは早速持ち帰らなければ! 師よ、これで失礼するぞ!」
「楽しみにしてるよ」
単純に、自分が見たいだけだったりする。あははは。
「どうしてこうなった……」
それから三日後、僕はレヴァーレスト北側の砂浜に佇んで海を眺めていた。
服は首から爪先までのほぼ全身をぴったりと覆う、アルケニーの編んだ特別な生地を使った専用の防水服。足には足首までの、やはり同様に作られた防水靴。色は白で統一されており、肘や股関節、膝などの曲がる部分の谷側に黒の線が入れられていて、胸元には魔法組合の紋章である七芒星が青で描かれている。
寒空に配慮されてて防寒機能もあるらしく、着ていて温かい。アルケニーのすごさを感じられる逸品だ。
何故こんな格好でこんな場所にいるのかと言えば、僕が試験術師、いわゆるテストプレイヤーに選ばれてしまったからだった。言い出しっぺではあったし、断り難かったんさ……。
ちなみに、僕を試験術師に推したのは閣下だ。酷い。
「お主なら容易い事。ただ滑るだけであろう?」
「いや、そうですけど。子供の身体で試験してどうするんですか」
「子供でも危険が無いという証明のためであるな」
子供の水術師が絶対真似するから、だそうだ。違う、そうじゃない。子供でも大丈夫だなんて公表したら、必ず事故起こすぞ?
「ははは、師よ。細かい事を気にし過ぎては、自慢の銀髪も色がくすんでしまうぞ」
はげるぞってか? 随分マイルドに言ったもんだな。まあ、ここまで来たらやるけどもさ。
「閣下。このようなところにまでお越しいただき、魔法組合一同感激の極みにございます」
「うむ。今日は楽しませてもらうぞ」
閣下は砂浜にテーブルと椅子を置き、そこに座ってレナードさんが淹れた温かい茶を楽しんでいる。気楽ですな!
さて、僕とヘルミッドは閣下達や多数の魔法組合員に見守られながら海へと滑って行く。海の上には浮きが既に置かれていた。まだ何もかも手探り状態だけど、浮きの間の距離はひとまず百メートル程にしてある。これは僕が適当に決めた。
まずは慣らしとして、何周か二人でゆっくり滑ってみる。距離はまあ、良いんじゃないかな。一勝負は三周か五周が良さそうだ。
「どう、ヘルミッド?」
「胸が高鳴って静まらん! 師よ、早く始めよう!」
本当にテンション高いな!
スタートラインは、目印に困るから浮きの一方のあるところにした。二つの浮きと選手で直角の線になるように並ぶ。ただし、後ろに下がっている分については構わないルールとしている。まだどうなるかわからないけど、助走の関係でそっちの方が良いとか駆け引きが行われるかもしれないからね。
スタートの合図は、組合員の炎術師が引き受けてくれた。
「師よ。そんなに浮きから離れていて良いのか?」
「試験的な意味もあるからね。色々試しておかないと」
「さすがであるな……。だが初戦は俺がいただく!」
「こっちも捨ててるわけじゃないよ」
ヘルミッドは浮きのすぐ近くに陣取って、にやりと不敵に笑っている。それに対して僕は結構離れた位置で、内心ほくそ笑んでいた。
しかし二人で海の上に立ってる絵というのも、不思議なもんだね。
「位置確認良し! 秒読み、三、二、一……」
そして爆発音が響く。僕らは同時に走り出した。ここではそう差が付かない。二人は真っ直ぐに走って加速して、速度に乗ったところで滑り始める。そして五十メートル先の浮きが近付いて来たところで、僕だけが早くもターンの準備に入った。
それに気付いたところで、ヘルミッドはもうリカバリー出来ない。浮きを曲がり切る事が出来ず、彼は大きく外側へ膨らんで外れて行った。
僕は早めにターンし始めていたけれど、それでも見込みが甘くてやはり膨らむ。でもヘルミッドに比べれば遥かにマシで、大きく円を描くように二回目のターンを行った。
それにかなり遅れる形でヘルミッドがターンし、しかしまた大きく膨らんでしまう。かなり苦戦していた。
水の上を滑っているから、こういう事になっている。慣性を殺し切れないんだ。無理に急激な力をかければ止まる事は出来る。けどそれは、全速力で壁に向かって走るに等しい行為だ。足を取られて転ぶか、最悪衝撃で骨折する結果に終わる。
僕は日本の、競艇の知識があるから随分マシに滑れている。でもそれが無ければ、同じ運命を辿っていただろう。仲良くあっちへ膨らみこっちへ膨らみ。それも楽しそうだけどね。
三回目のターンを行い、少しずつ膨らみを修正していく。そして四回目のターンではほぼ完璧な弧を描いた。そして五回六回と万全のターンを決め、スタートに使った浮きでない方の浮きの線まで滑り、三周勝負は僕の勝利に終わった。
浜に戻ると、ヘルミッドは肩で呼吸するような状態だった。癒術で回復すると感謝される。
「師は、あれに最初から気付いていたのだな」
「半信半疑だったけどね。やってみたらやっぱりそうだった」
「さすが俺の師だ!」
悔しさもあるようだけど、それよりも嬉しいみたい。
とりあえず二人で閣下に挨拶だ。
「二人共、大変興味深かったぞ! これは今後、是が非でもこのリヴァース主導で広めて行くべきであるな!」
「はっ!」
どうやら気に入ってもらえたようだ。競技としてどのように拡散して行くかは専門外だからな、何も言う事は無い。ただ難点として、水術師である事が前提なんだよな。個人的にはこれを何とかしたい。
水上を滑れる靴の開発……。それってつまり、魔道具の開発なんだよね。かつて人間が行っていた事だから、出来ない事は無いはず。ただ、どうやって作るのかは全くの謎だ。これも今後の課題というところかな。
「では妾も……」
「なりません、閣下」
立ち上がろうとした閣下の肩をレナードさんが押さえ付ける。まあ、止めるよね。不満げに唇を尖らす閣下に、僕はレナードさんと二人で吹き出した。何だそれ、可愛いな!
ヘルミッドは余程気に入ったのか、体力と魔力の限り滑り続けるつもりのようだ。何周もひたすら回っている。トッププレイヤーにでもなるつもりかよ?
僕はそもそも見る側の人間だからね、それを眺めて楽しんでいる。
ふと、一人の女性組合員の姿が目に入った。確か、発表会でヘルミッドと一緒に踊っていた女性だな。彼女も水術師のはずだし、やりたいんだろうか。
防水服がまだ僕とヘルミッドが着てる二着しか出来てないらしいんだよな。だから、やるとしたらずぶ濡れになる覚悟でやる事になる。それは女性としては厳しいよね。
あ、走った。でも止められた。哀れ。
その後僕ももう何周かしてみて問題点の洗い出しを行って、特にこれといった事も見つからなかったので一応競技としての完成を見た。
スタートとゴールもそのまま、三周で一勝負というところもそのまま、使える魔法は水術のみで、当然攻撃も無しだ。
三周では少ないかとも思ったけど、魔力が切れた時の事を考えるとあまり多くも出来ない。それに水術を使った加速なんてのも今後出てくると思うし、そう言った研鑽の余地のためにも基本ルールの時点で余裕を無くすような事はしたくない。だからこれで決定だ。
閣下のお目通しも無事終わり、競技用防水装備一式が揃い次第発表が行われる事となった。
これは貴族も平民も関係無く観覧出来る、一大イベントとするようだ。場所は今いる浜で行うけれど、ここはそれまでにしっかり整備する予定を立てていた。
賭博はどうせ放っておいても行われてしまうのだから、いっそ運営側でやってしまう事を勧めておいた。そして儲けから選手には賞金を与える。そうすれば選手になる事を目指す者も現れ、賑わうようになるだろう。
賭けの倍率についてもわかる範囲で教えておいた。均一ではなく強さによって差を付けて、などだ。
勝負は一対一ではなく、五とか六とか複数で行う事も勧めた。それによって強い選手でも安定しなくなって、場が荒れたりして面白くなる。
そんな風に色々話していると、閣下の目がだんだんと怪訝にしかめられていく。
「お主、常々思うておったが何者だ?」
「銅級戦士ですが」
「そうではない!……まあ良い。数々の進言、吟味しておくぞ」
何故かレナードさんがきらきらと輝く目でこちらを見ていた。あれだ、領地の収入増やせるからだな。
その辺りは完全に門外漢だ。上手くやってくれとしか言えない。
ただ、閣下のこちらを見るあの目。ぎらりとして背筋がぞくりとさせられるような、美しいシアンの鋭い眼光。その目が気がかりだった。
僕は目を合わせられなかった。合わせたら目を離せなくなっていただろう。それくらいに恐ろしく、且つ魅力的だった。
何を企んでいるかわからない、そう感じた。僕の考えを素晴らしいと思い、もっと聞き出そうと企んでいるのかもしれない。危険だと思い、拘束し閉じ込めておこうと考えたのかもしれない。でもあの目は、もっと違う何かを予感させた。
様子は見るべきだろう。無体な事をする人物だとも思えない。けれど、彼女は貴族だ。この領地を治める侯爵なんだ。油断大敵だし、信用し過ぎる事も危険だ。
警戒しなければならないな。




