表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/60

力の目覚め

 翌朝も朝食を作らせてもらって、一宿の恩義は無事お返しした。


「助けてもらったのにご飯までご馳走してもらって夜は温めてもらったし、何か悪いなー」


「気にしない気にしない」


「するって!」


 雨はまだ降っているけれど、昨日程の勢いは無い。これならその内に止むかもしれないな。


 仕事は昼前に行けば良いらしく、それまではのんびり過ごすそうだ。寝る前にバッグへしまった時計を出して見れば、現在は五時半。まだまだ時間はあるね。僕もレストに乗って帰れば速歩でも二時間、駈歩ならそれ以下だから、かなり余裕がある。


 でも、あまり長くお邪魔するのもね。


「長居も悪いから、そろそろ行くかな」


「もう行っちゃうの? まだいて良いよ。具体的には、店に行く時間までは大丈夫だよ」


「そう? 特に用事も無いし、ニースさんが良いなら甘えちゃうけど」


 それからはまた雑談する。その中で、彼女の故郷の事を聞けた。


 昨夜少しだけ聞いた通り、ニースさんはリヴァース侯爵領の南にあるセドルモリア伯爵領と言う土地で生まれ育ったそうだ。無口な父は元戦士だったけれど、彼からはその当時の話はほとんど聞けなかったらしい。母親は明るく快活で、聞いた印象ではニースさんそのまま。両親の仲は非常に良好で、絵に描いたように幸せな日々だったようだ。


 ところが十年程前、引退した父に戦士組合からの要請があった。魔物の討伐に力を貸して欲しい、という話だった。運悪くその魔物の推測される行動範囲内に、ニースさんの住む町が入っていた。だから父のところに参戦の要請が来て、そして彼はその要請に応じた。


 父とはそれが、最後の別れとなったそうだ。


 母は弔った後も明るく振る舞っていたけれど、心がやはり弱ってしまっていた。流行り病を患って、懸命の闘病も空しく今年の春に他界した。


 寄る辺を無くした彼女を引き取ったのは、母の親友として慰問に訪れたさえずり亭の女主人だった。家も土地も手放してリアスタに来たのが初夏の頃だったという。


「メーダさんには感謝してるよ。でもさあ、まさか酒場兼娼館だとは思わなかったよねー。給仕だけで済ませてくれてるから良いけど、あっちの仕事はあたしは無理」


 メーダ、というのはあの虎獣人の事だ。主人だったらしい。


 ニースさんは亡くなった両親の事をあっけらかんと話す。そこに寂しさはあるものの、悲愴さは感じられなかった。


「父さんはしっかり魔物倒して町を守ってくれて、皆も英雄として弔ってくれたから誇らしくってさ。寂しくはなったけど、父さんらしいかなって思ったよ。母さんは、あたし知らなかったんだけど、結構年だったみたい。晩婚って言うの? だから元々身体も弱ってたんだよね。父さんに出会えてすごく幸せだったって大往生みたいに亡くなったから、やっぱりそんなに悲しくはなかったなー」


 この子も何というか、強くて逞しいな。きっと当たり前に幸せを築けるタイプの人物だ。でも昨夜のような奴がそれをぶち壊しにする。一度ある事は二度あるとも言うし、何か対策しておきたいね。


 けどこれ、本来はメーダさんの仕事じゃない? 相談するか?







 出勤のお時間となって、僕らは長屋を出た。結局一応メーダさんに話そうと考えて、僕も店まで同行する事にした。


 雨は止み、雲間から光が差し込む程度に天気は回復している。道はぬかるんでいるけれど、根っから明るいニースさんはそれすら楽しんでいた。


 転けないように気をつけながら、彼女も転けないように気を遣う。でも見ていると、危なっかしくはあるけどバランス感覚は良いみたい。滑っても転ける気配が無かった。


 何事も無く街道を横切り、南東地区へ。路地に入って奥へと進んで行くと、前方にまとまる十人程の反応を風術が捉えた。それだけならそう珍しい事でもないんだけど、ただたむろしてるだけならね。連中は両側に陣取っていて、まるで待ち構えているように感じた。得物も持っているようで、否応無く警戒心が高まっていく。


 そしてそこに差しかかると、案の定立ち塞がってきた。十人の中の一人は、昨日の男だ。つまり報復に来たと、そういう事だろう。自分がやった事に罪の意識が無く、思い通りに行かなかった事を恨みに思う。


 野に蔓延る魔物達と比べて、どちらが邪悪なのかね。


「待ってたぜえ。昨日はよくもやってくれたな、糞ガキ」


「魔物に構ってやる程、酔狂じゃないんだけどな……」


「手前え、俺達を魔物呼ばわりとは随分舐め」


 それ以上は聞く耳を持たなかった。


 青く輝く風が吹き荒び、渦巻いて包み込む。直後魔力は大量の水へと姿を変えて、十人全てを飲み込んだ。


 水は渦巻いたままさらに回り続け、渦潮となって男達をひたすら嬲る。目が回り、水を飲み、息は切れる。そして散々に感覚を狂わせた辺りで、唐突に消す。


 身を投げ出された男達は地に身体を強かに打ち付け、呻きと悲鳴を上げる。のた打ちもがき、恐怖して汚物を漏らす。溺れた者も意識を失った者も無かったけれど、反抗の意志も邪念も全てが叩き折られていた。


 一歩二歩と近寄れば、這ってでも逃げようと足掻く。しかし狂った感覚の中では到底叶わず、ただみっともなく四肢をもたつかせるに留まった。


「僕が相手を傷付けられない根性無しで良かったな、お前ら。これが普通の戦士だったら、全員あの渦潮の中で死んでたぞ?」


「ひ、許してくれ! もう二度と関わらねえ、もう近付かねえから!」


「この町を出ろ。そして二度と余計な真似をするな。次なんて、お前らには無いからな」


 それだけ言ったら、ニースさんの手を引いて通り過ぎる。呆然として全てをその目に収めていた彼女は、手を引かれてようやく全て終わったのだと気付いたようだった。


 通り過ぎたところで、僕は礼を言われた。


「ありがとね、ハルト。あたしも力があれば、魔法が使えればなあ……」


 おっと、これはチャンスか? 今ならわりと自然に対策を講じられるんじゃない?


 こっそり魔力に働きかけて、刺激してみる。魔眼を調整出来るようになったから、ソニアの時みたいに触れる必要は無いね。


「何だろ、変な感じがする」


「どんな?」


「内側でぞわぞわ動いてるような?」


「それ、魔力じゃない? そっちに意識を集中してみなよ」


「本当!? が、頑張る!」


 すると彼女からは、真っ白な狼が姿を現した。彼女の周りをばたばたと駆け回り、一つ遠吠えして消えていく。


 適性を試してみれば、凍術と癒術を使えるとわかった。いかん、凍術は詳しくないぞ。


「あたし、魔法使えたんだ……!」


「おめでと。今日からは僕と同じ、魔法使いだね」


「うん! ありがと!」


 感動のあまりか、思い切り抱き締められた。で、そのまま持ち上げられて、踊るような足取りでさえずり亭まで連行された。あなた、案外力持ちね……。半分狼獣人だから?


「おっかさん!」


 店に入るなり、ニースさんはメーダさんをそう呼んだ。奥から顔を出したメーダさんは、苦笑いで彼女を迎える。


「どうしたんだい? あれ、あんたは昨日の」


「詳しくは後で話すから、まずは聞いてあげて」


 と言ったところで、ニースさんによる怒涛のマシンガントークが始まった。僕は補足する程度に留め、基本は彼女に任せる。


 そして大体を話し終えたところで、メーダさんは大きく笑った。


「まあ、何事も無くて良かったよ! ハルトだったね? 私からも感謝するよ。ありがとうね」


 頭を撫で回される。予想に反して優しい感じで、全く痛くはなかった。




 その後、ニースさんはどうやら父のような戦士になりたかったらしく、魔法によってその道が開けた事から夢を目指して訓練を始める事になった。メーダさんを師として戦士に必要な戦闘の技術や旅の知識などを一年かけて修得するそうだ。


 魔法については僕が少しだけ教えた。リアスタにもう一泊だけして、その夜に凍術と癒術についての使い方やら注意点やらを教え込んだ。


 ニースさんは物覚えが良く、瞬く間に吸収してものにしてしまう。おかげで教え甲斐もあり、この短時間で大体の事は教え終わってしまった。


 そして翌朝、少し早めにさえずり亭へと顔を出す。メーダさんは既にそこにいて、支度を始めていた。こちらに気付けば一旦手を止めて、歩いてやって来る。


「ありがとうね、ハルト。あの子はどうだい?」


「物覚えが早いね。凍術は専門外だからあまり教えられなかったけど、癒術はもう大丈夫だよ」


「そうじゃなくてさ、女としてどうだって聞いてんのさ」


「そっちかよ! いやだから、僕には早いって!」


「おっかさん! 気が早いよ!」


 二人で同じような事を返せば、豪快に笑われた。


 ニースさんは顔を真っ赤に染めてる。ええと、脈あんの? いやいや、勘違いしちゃいかん。こんな話題なら、彼女だって赤面くらいするさ。僕だって今まさにそうなんだから。


「ああそうだ、ハルト。もしあんたに困った事が起きたら、ここに来ると良いよ。ニースによくしてくれた礼に、手を貸すからね」


「へ? ええと、それじゃその時はよろしく?」


 手を貸す? どういう事かよくわからないけど、まあコネの一つとして覚えておけば良いか。


 メーダさん体格良いし、実はすっごい強いとか?




 二人に別れを告げて、さえずり亭を出る。少し話し込んでしまったから、昼前くらいの時間になっていた。適当なところでレストを引っ張り出し、跨がる。そして、レヴァーレストへの帰途に就いた。


 ちょっと運搬依頼に来ただけだったけど、何故だか弟子が出来てしまった。何処にどんな縁が転がっているかなんてわからないもんだなと、つくづく思わされた。


 あの店には近寄り難いけど、二人にはまた会いたいね。一年後には、ニースさんは多分レヴァーレストの戦士組合に来るだろうから、そこで会えるだろうな。その時に彼女がどうなっているか。また楽しみな事が増えた。


 速歩で街道を進むレストに揺られて、僕は一人にこにこと頬を緩めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ