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訣別の結末

 アールガルド家の邸宅に住み込み始めてから、僕の一日はわりと忙しくなった。何故なら、食事を作るのは僕の担当となってしまったからだ。ミリヘルド様は仕方ないとしても、サラさんもシェラさんも料理出来ないんだもの。


 一応前世では自炊していたんで大丈夫だろうと料理してみると、大したものではないけど何とか出来た。そんなわけで、朝昼夕と一日三食作るのが僕の日課になった。そしてそれは、エンゲルド様ご一行が来ても変わらなかった。信用出来ない者の作った料理は食べられない、との事で。


 となると、作らなければならない量は一気に跳ね上がる。もう、てんてこ舞いだった。おかしい、僕は戦士のはず……。


 料理自体は、わりと好評だった。




 そんな事をしたり魔法について研究したりなどして過ごす日々が四日程続いたある日、邸宅に来客があった。門番は私兵がしてくれてるので、僕は自分の事に専念出来ていた。けど、念のために魔眼と風術による警戒は続けている。


 その来客は私兵の案内で邸宅までやって来て、ロビーで何事が話を始めた。ただ、声に何となく聞き覚えが……。


「いい加減ハルトちゃんを返しなさいよ!」


 何だ、レベッカさんか。……何で支部長がわざわざ来てるの?




 昼食の仕込みが一区切りしたところで、僕は呼び出されてサロンまで向かった。そこではミリヘルド様達三人にエンゲルド様達三人、それにレベッカさんの七人が待っていた。


 何の話かと言えば、戦士登録のある者を無断で長期間拘束した事がまずかったらしい。ただ、僕らも迂闊に動けない状況だった。それを話せば、レベッカさんも納得はしてくれた。


「それで、契約はどう致します? 続けるのであれば、これまでの分に加えてさらに報酬をいただきますが」


 レベッカさんが丁寧に話してる……。


 ミリヘルド様は悩んでいた。契約を終わらせるには、不安が大きいんだろう。でも、僕の仕事も戦士らしくないものに変わってしまっているし、僕からもエンゲルド様達は怪しい行動を一切取っていない事は報告している。


 そろそろ僕がいなくても、大丈夫そうではある。でも、不安が大きいんだ。薄桃色の瞳が心細げに僕を見ている。


「当人達だけで、少し話し合った方が良さそうね。ハルトちゃん、あなたにも話があるし、あたし達は一旦外しましょ」


 レベッカさんの提案で、僕ら二人はサロンを後にする。残された六人はそれぞれに複雑な表情を浮かべていたけれど、ミリヘルド様の縋るような目がどうにも僕の後ろ髪を引くようだった。


 立ち去り難い。けれどこれはアールガルド家の問題で、僕はあくまでも部外者なんだ。レベッカさんに手を引かれたまま、去る事しか出来なかった。




 誰かに聞かれるとまずい内容もあるのか、レベッカさんは僕を邸宅の外へ連れ出した。敷地内を散歩しながら二人で話す。


「ハルトちゃん自身はどうしたいの? もう少し様子を見たい?」


「見抜いてるね。そうだよ、放っとけなくてさ」


「あなたらしいわね」


 それなら、とレベッカさんは一つ提案した。それは戦士組合を通さずあくまで友人として、ここに残って守るという事だった。


「制服は返してもらうし、戦士の名は使えないわ。でもハルトちゃんなら問題無いでしょ?」


「なるほどね……。ミリヘルド様に残るよう頼まれたら、そうしてみようか」


 組合としては儲からないけど、ミリヘルド様達の負担にはならない。でもこんな提案して良いのかね。あんた、支部長でしょ。


「それじゃ、そっちは良いとして。こっちの話をするわね」


 遺跡調査の話が始まった。


 調査自体は、今もまだ行っているらしい。レベッカさんは先に戻って来たんだそうだ。


 調査隊は、まず昇降機の縦穴を上るところで苦労したらしい。梯子やロープ、鉤爪などで何とかしようとしても上手く行かず、負傷者が出た頃にソニアが魔法に目覚めて風術で上る事が出来た。後はロープを使って五階まで行き、そこからは階段で上がってようやく重要な箇所、最奥部と書庫の調査が行えたそうだ。


「ハルトちゃんは、水術で上がったのよね? 色々用意して行ったけど、結局ソニアのおかげで調査に取りかかれたようなものだったわ」


 魔法のお披露目を済ませたんだね。皆驚いたろうな。ただ、レベッカさんは何か言いたげにこちらをちらちら見ていた。疑惑持たれてるな。僕は知らんふりを続けておいた。鋭いんだよなあ、レベッカさんは。


 最奥部は、僕とソニアで報告した以上の事は特に発見されなかったようだ。あそこはあれしか無かったから、想定通りだ。ただ、書庫については案外読めるレベルの物が残っていたらしい。その幾つかをレベッカさんは自分で解読した。


 その内容は懐中時計から得た情報とそう変わらなかったけれど、魔導器の事はそこに含まれていなかった。イラ・ティスの事やトオ・クレルの事が、断片的にわかったくらいだ。


「魔力を集めて送る。そんな恐ろしい遺跡だったなんて、思ってもみなかったわ」


「停止させて正解だったね」


「ハルトちゃんが見抜いた通りだったわ。改めて、ありがとね」


 ちなみにイラ・ティスは、基本的には魔物から魔力を奪う事を目的としていたらしい。結界によって魔物を閉じ込め、魔力を奪っていた。けれど充分な魔力を確保出来なくなると、その矛先を大地へと向ける。その際には結界を解除し、出入りを自由にする。そうする事で誘い込み、また充分な数の魔物が集まるのを待つ。そして集まれば再び、というわけだ。


 酷い事を考えたものだ。魔力が無くなれば死ぬ。それはわかっていたはず。やはり敵同士で、戦いに明け暮れる間柄だったのだろうか。だから血も涙も無く、そのような事が出来る。もしかしたら戦争状態にあったのかもしれないな。


「戦争状態、ね。それは、可能性の一つとして充分あり得ると思うわ。そしてあたし達が勝ち残ったわけね」


「そうなるよね。でも、あれだけの技術があって絶滅させられるって、人間何やってたの? って思うけど」


「千年前の事は、あまり情報が残ってないのよ。歴史を書き残す手段が無かったとか概念が無かったとか、何かがあって記録が失われただとか、説は色々あるけどね」


「千年くらいで?」


 不思議な話だった。魔族の寿命は長い。二百年や三百年も生きる種が当たり前にいるはず。なのに残っていないのか?


「奇妙な事だけどね。調べてみても、驚く程人間がかつて生息していたという痕跡が見つからないそうよ。遺跡の中に少しだけ見つかる程度。それも断片的で、研究なんて少しも進んでいないのよ」


「それはまた、変な話だね」


 遺跡なんていう、あれだけの物を作れたはずの人間の痕跡が見つからない。そんな事あり得るのか? 二人で訝しく思うけれど、答えを得られるだけの材料は無い。


 今は考えても仕方ないし、そろそろ答えもまとまっているだろうとサロンへ戻る事にした。


 この世界の人間は、謎に包まれ過ぎている。少しくらいは知りたいと思う気持ちもあるけれど、実のところは自分で解き明かそうと意気込む程の興味は持っていない。トオ・クレルはこの身体の故郷らしいしいつか向かうつもりだけど、多分そこまでだな。







 ミリヘルド様は、契約を更新しない事を決めた。けれど、信用は出来ない。だから三人は、城に入る事を選んだ。ミリヘルド様はレナードさんのような官職を目指して、サラさんとシェラさんは騎士を目指して。


 荷物は既にまとめられていた。僕らが出た後、早期にこの決着となったのだろう。エンゲルド様やミリファ様は、悲痛な表情で三人を見つめている。カルスさんは怒り心頭なのか、鬼のような厳しい顔付きで睨む。


 彼らは訣別という、悲しい結末となってしまったわけだ。


 こんな結果を迎えてしまう程に、イルゲルドの犯した過ちは三人の胸に大きな傷痕を残してしまったんだな。


 僕の仕事は、三人を無事に城まで送る事をもって完了となる。これにはレベッカさんも同行するそうだ。


 玄関までの見送りの際、アールガルドの親子は最後に向き合っていた。以降は自由に会う事も出来なくなるだろう。最悪、今生の別れとなる事もあり得る。他に道は無かったのだろうか。


「ミリヘルド、いつでも帰って来い。俺は親父とは違う。いつまでもお前の味方だからな」


「お兄様、ごめんなさい。ミリヘルドは二度と戻りません。ですから、次にお会いする場所は領城になるでしょう。それまで、お元気で」


「そうか……。そうだな、俺から会いに行こう。お前も身体に気をつけて、元気な姿を見せてくれよ……」


 とうとうエンゲルド様は涙を流し始めてしまった。どれだけ良い兄に見えても、ミリヘルド様には父親が、イルゲルドが重なって見えてしまうんだ。だからこそ、信用したくとも出来ない。それがどれだけ辛い事か。


「お母様。信用出来ずに出て行く娘をどうか、お許し下さい……!」


「あなたは何も悪くないわ。父さんを、イルゲルドを止める事が出来なくてごめんね。私は領地に戻らねばならないから、会う事は難しくなってしまう。でも、いつもあなたを想っているから……」


 母親と娘は揃って瞳を滲ませ、そして溢れさせて落とした。けれど抱き合う事も、触れ合う事も出来ない。近付く事すら叶わないまま、ミリヘルド様は背を向けて歩き出す。そして共に行く二人に挟まれて、振り返る事無く出て行く。


 見ればサラさんはもらい泣きし、シェラさんは憤りに拳を握っていた。僕とレベッカさんは残された面々に一礼し、三人の後に続く。


 こうして本来なら幸せになれたであろう家族は、愚かな父親の手によって無惨にも引き裂かれた。







 待合室で待つ事しばし、僕ら五人は再び閣下との謁見に臨んだ。何で僕まで?


 玉座の間には前回同様閣下とレナードさんの二人しかいない。そこで三人は、仕官を申し出た。閣下とレナードさんはさして驚いた風でもなく、ただ三人を眺めていた。そして問う。


「妾が断ったなら、どうするつもりだ?」


「その時には、ハルト様と同じ戦士の道を行く事になります。幸いわたくしに従ってくれた二人は腕に覚えのある元私兵。二人に鍛えてもらい、わたくしも剣を取ります」


「受け入れたなら、何とする?」


「わたくしはレナード様を目標として邁進する所存にございます。元私兵の二人は騎士を志しております。必ずや閣下を守る力となりましょう」


 閣下はにやにやと笑っている。勿体付けやがって……。


「レナード、どう考える?」


「閣下、時は金と申します。決まっている事をいつまで引き延ばすおつもりで?」


「遊び心の無い奴だ」


 そんなわけで、三人の行く先が決まった。


「お主ら三人なら妾も安心だ。レナード、良きに計らえ」


「はっ。では三人共、わたくしに付いて来て下さいね」


「レナード様が教えて下さるのですか!?」


 三人は恐縮とも喜びとも付かない表情で、困惑したように驚いた。


「それが閣下の望みでございます。ですが、わたくしは厳しいですよ」


 と言いつつ、その笑顔は柔らかに優しい。でもそれが、逆に怖かったりしてね……。


 レナードさんは三人を連れて下がるけど、その間際に振り返って一言残して行った。


「閣下。わたくし共はこれで失礼致しますが、お二人に粗相の無いようお願い致します」


「お主は妾を何だと思っておるのだ?」


「遊び心と悪戯の区別すら付かない……」


「もう良い! とっとと行けぃ!」


 レナードさんも結構、閣下の事からかうよなあ。見てて面白い。でも良いのかよ、この主従?


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