疑心暗鬼の三人
ミリヘルド様達三人は、レナードさんに呼ばれた召使いによって玉座の間の上、尖塔の方へと案内されて行った。何故か僕だけが残されている。
嫌な予感しかしないよね、こういう時って。
「さて、ここからは全くの別件だ。お主も立って、楽にして良いぞ」
お許しをいただいたので、立ち上がっておく。
「聞きたい事は山のようにあるのだが、レベッカの顔も立てておいてやらねばならんからそれは置こう」
聞くな、と言っておいてくれたのかな。さすがレベッカさんだ、気が利くね。今度食事でも奢っ……僕今金無いんだった。銀貨六枚くらいしか無いんだよね。早く報酬受け取りに行きたい……。
「残らせたのは、あの馬について聞きたかったからだ。あれを妾にくれんか?」
何言ってんの、この人? いきなりしょうもない事言い出したな。
「はっはっは。強盗の真似事とは感心しませんね、閣下」
「強盗だと!? 随分な事を言うではないか!」
「いえ、閣下。ハルト様の仰りようは正しくございます」
レナードさんの助け船が来た。もう言ってやってよ。
「侯爵と言う身分を持つ者から寄越せと言われて、断れる者がございますか? ご自分の持つ権力と言う名の暴力によって、閣下はハルト様からかの白馬を奪おうとされたのです。常々申し上げておりますが、ご自分の言葉の意味、与える影響などしっかり吟味した上で口にするよう、改めて今一度申し上げます」
「ぐ……」
ぐうの音も出ない正論である。僕の言いたい事は全部代弁してくれた。
しかしレナードさん、しっかり言うね。教育係みたい。
「済まぬ、そこまでのつもりは無かったのだ……」
しゅんとして、何だか別人みたいになった。多分、軽い気持ちで口にしちゃったんだろうね。そう言って願えば、これまで誰もが献上してくれたんだろう。それは周りの責任でもある。ああでも、閣下との関係が良くなるならと、喜んで差し出してるなんて可能性もあるな。やっぱり周りの責任じゃないか。
ま、僕はお断りだね。あれは水術で作ったものだし、何かあってばれたら困る。
「ハルト様、お断りいただきありがとうございます。良い機会となりました」
「そう言っていただけると、僕としても気が楽になりますね」
レナードさんと二人、笑顔で言葉を交わす。人格者だなあ。レナードさんがいれば、閣下も妙な方向には行かないで済みそうだ。まあ、今みたいな事は多少あるだろうけど。
「しかし見事な馬よな。特に色が良い! 真っ白な砂浜のような、美しい白であった!」
ははは、大当たりだよ。素知らぬふりをしておこう。
「閣下は、白がお好きなので?」
「うむ。お主のような銀の髪も良いがな。白や赤など、明るい色が好みなのだ」
おお、なるほどね。それだと、自分の髪や鱗の色はあまり好きじゃないのかも。綺麗な青だけど、明るくはないからな。
「では、レナードさんの髪はちょうどお好みの色ですね」
「ま、悪くはない。だがそやつは肌が黒過ぎるのでなあ」
そう、レナードさんは濃い褐色。そこが駄目だったか。
ちなみに目も黒で、彼の魔力は黒い炎だ。閣下は青いうねるような水の魔力を持っている。ただこの二人、どちらも魔力がすごく強い。
「お誉めに与り、光栄の至り」
「誉めとらんわ、どういう意味だ!?」
遊んでるね、レナードさん。
「レナードの事はどうでも良い。あの馬は、何処の馬なのだ?」
「閣下。実は、正確には馬ではないのです。あれはゴーレムでして。遺跡で発見した馬型のゴーレムなのです」
ミリヘルド様達にそう言ったからね。そういう事にしておこう。本当便利だな、遺跡って。
「ほう、そうであったか! 見事な姿も作り物故のもの、という事なのだな。ならば死なぬのだな? 凄まじい技術よ。尚の事欲しくなったわ。ハルトよ、飽きたらで良い。妾に献上すれば望みの礼を約束するぞ」
余程気に入ったんだなあ。でも、絶対にあげられない。魔法で作った事が万一にも気付かれたら厄介過ぎるからね。諦めてもらおうか。
その後はミリヘルド様達と合流して、サロンのようなところでしばし歓談した。そして帰り際に、護衛の騎士は要るかと閣下が聞いた。それをミリヘルド様は断って、僕らは四人で馬車に乗って帰った。
今は、近くに他の者を置きたくないのかもなあ。信用出来るのが僕ら三人だけというのは、今後が心配になるね。僕も、いつまでもはいられないんだ。領地から家族が来て、彼らに害意が無いとわかればそこで契約も終わるだろう。
それまでは、僕もここにいるつもりだ。信用には応えたいからね。
現在は、ミリヘルド様への面会などは全て断っていて、その旨は城から貴族達に通達されている。ところがわざわざやって来る者もちらほらといた。その狙いなんて明らかだ。幼いミリヘルド様を言いくるめて、少しでも美味い汁を吸おうというのだろう。
だから門は閉め切っていて、一切取り合わない。門番不在も堂々と公表していて、完全に外との関わりを断っていた。
そんな敷地内に入り込む者は、全て捕まえて衛兵に引き渡している。日に何人も来たりはしない。でも来る時は数人であったりするので、結果的にそれなりの人数になるな。
こいつらは確実に穏やかな理由では来てない奴らだろうね。だから遠慮もしなければ問答も無用に扱った。
そうして八日程が過ぎて、捕らえた数は二十に届いた頃だ。……二十て。来過ぎだ、馬鹿たれ共め。
「開門せよ! 我らはアルグリッド子爵領、アールガルド家の者である! 誰かおらぬのか!」
そんな声が聞こえてきた。僕は白馬にシェラさんを乗せて向かい、確認を頼んだ。するとどうやら本物であったようだ。閂を外して、中へと入ってもらう。しかしすごい声量だな。良い声してるし、わりと羨ましい。
「おお、シェラではないか! 息災であったか!」
声を上げていた先頭の私兵が、ちょうどシェラさんの知り合いだったみたいだ。緑がかった黄色の髪に深い緑の瞳の男性エルフだ。もしかして、身内? お兄さんかな?
「父さん、久しぶり!」
父親だったか! 若いな! エルフはわかんないよ!
彼の馬に続いて馬車が入り、さらに五騎の馬が通ったところで門を閉めた。彼らはシェラさんの案内で、先に邸宅に向かって行く。しっかり閂をかけたところで、僕もてくてく後を追った。
五騎の私兵の内二人が馬を厩舎まで連れて行ったのか姿が見えず、三人は僕を警戒していて邸宅に入る邪魔をした。
「戦士組合の者か? 何故ここにいるのだ」
「依頼を受けたからに決まってるよね」
「ならばもう用はあるまい。帰るが良かろう」
「それを決めるのは雇い主のミリヘルド様だ。私兵が決めて良い事だと思ってるの?」
「何だと!」
そこへ、気付いたシェラさんがやって来た。凄まじい剣幕で怒鳴り付ける。
「何をしているの!? その方は私達の恩人なのよ! 勝手な事は許さないわ! 早くお通ししなさい!」
邪魔をした三人は顔色を青くして、謝罪して脇に退いた。忠誠心もあるだろうけど、確認くらいしたら良いのにね。
「ありがとうございます、シェラさん」
「こちらこそ、失礼致しました」
頭を下げて謝るシェラさんを三人はぎょっとした目で見た。困惑して戸惑ってる。シェラさんって、どんな立ち位置よ? 怖い上司?
玄関を通ってロビーに入ると、シェラさんは僕をサロンまで先導した。そこにはミリヘルド様とサラさんの他に、四人のエルフが集まっている。一人は脇に控えていて、使用人のようだった。
一人は既に顔を見ている。サラさんとシェラさんの父親だ。短い髪の色男で、サラさんと同年代と言われても信じてしまえるくらいに若く見える。彼がまず名乗ってくれた。
「カルス・メディアと言う。娘二人が世話になったそうだな。感謝する」
既に僕の事は話してくれたみたいだね。頭を下げてくれるので、僕も同じように返した。
続いてはミリヘルド様と全く同じ特徴を持つ、大人の女性だ。薄桃色の長い髪に瞳で細身。表情は優れず、無理矢理に笑顔を作っていた。
「わたくしの母です」
「ミリファ・アールガルドですわ。娘を守ってくれてありがとう」
少しやつれているだろうか。やはり心労が大きかったのだろうな。
最後は薄い金色の髪に薄い赤の瞳の、青年手前という年頃の少年だ。
「俺は兄のエンゲルド・アールガルドだ。父の凶行を止め、妹を救ってくれたと聞いた。感謝するぞ、ハルト殿!」
ぐっと迫って来て、がっと握手する。そんな風に勢いがあるというか、圧力のある少年だった。家族の誰とも似てないじゃないか……。
紹介が終わったところで私兵以外の全員が座り、使用人の女性が茶を用意したところで事の顛末がサラさんの口から語られる。
心得てくれていて、僕の魔法に関わる部分は細かに触れずに上手くぼかして話してくれた。そして結局、この邸宅にいた自分達以外の全員がミリヘルド様の命を狙っていた事を話したところで締めくくる。
「ですから私達は、例え父様でも……そして不遜である事は百も承知ですが、エンゲルド様もミリファ様も信用出来ません」
「な、サラ! お前は何という事を!」
「父様。私達はミリヘルド様を守るためにいるのです。貴族にとって身内同士の諍い争いなど日常茶飯事。特に今回は、ミリヘルド様は旦那様に殺されようとしたのです。そして私も、ハルト殿に治していただけなかったらここにはおりません。私兵も使用人も周りの全てが敵で、味方はただ一人、ハルト殿だけでした。そのような状況を生き抜いて今を得たのです。父様は、ご自分の何をもって私達に信用しろと仰るのです? 旦那様ですら私達を殺そうとしたのに。苦楽を共にした私兵の仲間も、その前日まで楽しく談笑した使用人も、全てが私達に刃を向けました。彼らの何人かは父様が選んで付けた配下ですよ?」
まくし立てるなあ。カルスさん、瞬く間にうなだれてしまったけど、ライフがゼロになってない? サラさんは怒らせると怖いタイプだな。もう反論なんて無くなってたね。
そしてそれを聞いていたミリファ様やエンゲルド様も顔色を失った。直に言葉で訴えられて、初めて想像と理解が追い付いたんだろう。彼女達三人が如何に怖ろしい目に遭ったのか。
「ミリヘルド! お前は、お前達は! このように酷い状況にあったのか!?」
「はい、お兄様。わたくしはお父様が大好きでした。けれど最後に見たお父様は、わたくしを強く睨んでいました。頭を撫でて、安心させようと微笑んでくれたあの目が、わたくしを殺そうと怖ろしい目に変わっていたんです……。わたくしもサラと同じ気持ちでおります。もう、誰も……」
その目から涙が溢れて、それ以上は言葉にならなかった。
サラさんからハンカチのような布を手渡され、受け取って目元を覆っている。それから付き添われて、ミリヘルド様は部屋へと帰って行った。
その後ろ姿を見送って、残された僕らはしばらく無言となった。その静寂を破ったのは、エンゲルド様だった。
「ハルト殿! サラは全員と言ったが、それは真なのか!?」
声でかいな! 滑舌はとっても良いので、そう大きな声を出さなくても聞き取り易いんだけどな!
「ええ、一人残らず。魔法発表会へと同行した執事、使用人二人、私兵八人、戦士組合から派遣された僕以外の三人になり代わった三人。合計十四人とイルゲルド様の全員が、ミリヘルド様を殺すために襲いかかって来ました。サラさんはその時に、不意を打たれて重傷を負っています。偶然にも僕が癒術の適性を持っていたために一命を取り留めましたが、それも運が良かっただけでしょう。そして邸宅に戻った際にも、残っていた者全てが襲いかかって来ました」
数えてみると酷い人数差だな。相手に魔法使いがいなかった事が、不幸中の幸いだったよ。
エンゲルド様は蒼白になってしまってて、頭を抱えて嘆き始めた。
「何という事だ。ミリヘルドがそのような危機にあったとは! 領地の事にかまけて、少しも考えてやれなかった……!」
悪い子には見えないんだよなあ、エンゲルド様も。でもイルゲルドも悪人に見えなかったしなあ。もう、僕にはわかんないよ。




