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貴族からの護衛依頼

 白いシャツを着て緑のズボンを履き、バッグを袈裟にかけてから緑のジャケットを羽織る。靴も組合で借りた茶の革靴だ。


 髪を手櫛で梳いて整える。伸びたな……。そろそろ切りたいけど、自分では難しいからなあ。


 そしてその手に耳が触れる。尖った耳の先が。


 この問題は、肌色の染料を手に入れる事で解決した。自分の耳の上側に、染料を混ぜた水術で尖った部分を作って取り付けている。これでもう人間と気付かれる事も無い、はず。


 諸々確認も終わって、最後に戦士の証である銅の首飾りを付ければ支度は完了だ。部屋を出て主人さん達に挨拶し、地図を片手に邸宅を目指して早足で向かった。




 到着してみれば、結構早くに来たつもりだったけど僕が最後だったそうだ。皆さん早いね。


 門の前には青い布に銀の糸で紋章を描いた旗が掲げられている。円を二つ組み合わせた三日月と、その下に半円状の荊。アールガルド家の紋章だろうか。


 通された邸宅のロビーに、派遣された戦士全員が揃っていた。他三人はまとまって失礼にならない程度に言葉を交わしている。僕もそこに合流させてもらって、軽く挨拶して顔を合わせておいた。


 三人は何れも男性で、ダークエルフ二人にオーガが一人という編成だった。同じ銅級であるらしく、三人共気安く握手など交わしてくれる。


 順にクーリー、キレル、グスタフと言うそうで、得物はダークエルフ二人が剣を、オーガのグスタフはメイスをそれぞれ腰にベルトで固定している。


「君は魔法使いなのかな?」


「うん。水術と癒術が使えるよ」


「それは頼もしいな。何かあったら頼むぜ」


 物腰の柔らかいクーリーにやんちゃそうなキレル、グスタフは無口な様子で、三者三様な戦士達だ。


 そうして待つ事しばし、私兵に先導されて豪奢な衣服を纏った男性と少女のエルフが階上より下りて来て、姿を見せた。


 男性は短くまとめた金髪に薄い橙色の瞳で、黒を基調に金糸で様々に模様の入ったジャケットや首、指などに飾った装飾品が目を引く。


 彼が依頼者のイルゲルド・アールガルドだろう。にこやかに微笑んでいて、人柄が良さそうに見える。


 少女はセミロング程の薄い桃色の髪に同じく薄い桃色の瞳。袖やスカートにレースをあしらった、僅かに桃色がかった白のドレスを着ている。装飾品は左手人差し指の一つだけだけど、それが返って上品に見えた。


 遠目には愛らしく、歩き方にも品があって非常にお嬢様らしい。けれどその顔には表情が無く、元々そうなのか緊張しているだけなのか、はたまた別の要因なのか。今一わからない少女だった。


 彼女が護衛対象のミリヘルド・アールガルドだろうか。


「よく来てくれた。私が依頼を出したイルゲルド・アールガルドだ。今日は娘のミリヘルドをよろしく頼むよ」


「はっ!」


 他の三人に倣って、僕も跪いておく。


「礼儀正しい戦士を派遣してくれたようだね、ありがたい事だ」


 感心した様子で頷いていたけど、イルゲルド様は執事に急かされて外に追い立てられてしまった。のんびりした方なのかな?


 ミリヘルド様も二人の女性私兵に付き添われてその後に続く。僕らは私兵の指示に従ってその後ろに。


 外には馬車が一台と馬が十頭用意されていた。頑丈そうな箱型の馬車は四頭立てで、そこにアールガルド親子と執事、使用人二名が乗り込んだ。私兵二人が御者台に座り、六人が馬に乗る。僕らも乗るように言われたけど、これどうするよ? 届くわけないだろ? まあ良い、乗れない事はない。


 どうも気性の荒い馬が僕の担当のようだ。近付くと暴れようとする。皆それぞれ支度に取りかかっていて、戦士仲間も私兵達もこちらを気にした様子が無い。


 仕方ない、強引だけど乗らせてもらうよ。


 馬の目を正面から見据えて、魔術で押さえ付ける。暴れようとする度に押さえ付ける。首もこちらに向けさせ、目をしっかり見て、誰の仕業かをはっきりさせる。そうして大人しくなったところで、ひょいと跳び乗る。


 力技で済まないけど、時間もかけられないからね。鐙まで足が届かないんだけど、それも魔術の補助で何とかした。


 それからは指示通りに動いてくれて、僕も遅れる事無く馬車の後を追う事が出来た。恐怖を植え付けてしまったかな……。







 魔法発表会は魔法組合の塔の裏手にある、大きな建物の中で行うみたいだ。馬車がそちらへ向かうと、青コートの組合員が先導している。建物のそばには大きな厩舎があって、馬はそこに預けられるようだ。使用人の一人がその辺りの話をしていて、馬を下りた僕らは護衛としてミリヘルド様のそば近くに控える。


 彼女の護衛担当は僕ら四人と女性の私兵二人の、合計六人だ。娘の護衛に銅級とは言え戦士四人を丸ごと配置するのって、どうなんだろう。でも貴族だし、跡取りでもなければこんなもん?


 何となく複雑な思いを抱えたまま、僕は最後尾を歩いた。




 建物は劇場のような作りになっていて、貴族には側面に作られた二階三階の個室が割り当てられていた。アールガルド親子は三階の一室だ。そこに四人は座れそうなソファ一つとテーブルが置かれていて、正面は壁の代わりに腰辺りの高さの柵がある。部屋自体が斜めを向いていて、舞台がよく見えた。


 ソファに親子二人が座ると、使用人二人が早速茶を淹れている。護衛は部屋の壁際に控えるけど、ミリヘルド様付きの私兵二人とイルゲルド様の私兵の内二人はソファの背面近くで守りに立った。


 しばしゆっくりと休んで後、執事からの言葉を受けてイルゲルド様がソファから立ち上がる。


「私は他の皆さんに挨拶して来るから、ミリヘルドはここでゆっくり発表会を見ていなさい」


「はい、お父様」


 おっと、ようやく声を聞けた。か細く消え入りそうな、静かな声音だった。でも頭を撫でられた途端に笑顔を見せて、それがまたとっても可愛らしい。良さそうな親子だね。


 貴族ってのは色々あるんだろうなあ。面倒なしがらみとかさ。今の二人が、本来の姿なのかもしれない。少し、胸が温かくなるようだった。


 執事と私兵に先導されて、イルゲルド様は部屋を出て行く。残されたのはミリヘルド様と護衛の六人で、合計七人だ。僕ら四人は扉付近に疎らに立って、それぞれに警戒した。何があるとも限らないけど、僕は何かが起きると確信している。何故なら僕自身が、襲撃を受けたから。


 撃退するに留まってしまったのは、惜しい事をした。まだ躊躇いがあったんだ。魔法で攻撃する事を身体が忌避した。だから逃がしてしまった。本来なら骨の一本でもへし折って捕まえて、無理矢理にでも吐かせるべきだったんだ。でもそれが出来なかった。


 そこから辿っていれば、ミリヘルド様の身に降りかかる危険だって先に取り除けたかもしれないのに。


 そう思ってはいても、やっぱり魔法を攻撃に使う事は難しい。わかってはいるんだけど、なかなかね……。




 警戒は、魔眼と風術の感知を併用して行っている。二つ同時でも魔力の回復と消費が釣り合うように調整したのだけど、これが上手い具合に出来た。


 魔眼の消耗が、少し軽くなってる気がする。それか自然回復の速度が増したか。まだはっきりとわかる程の変化ではないけれど、着実に何処かが向上しているみたい。


 舞台では今ちょうどヘルミッド達開発部の発表が始まったところだ。舞台上にヘルミッドともう一人の女性が滑りながら現れた。そして二人で音楽に合わせたダンスを披露している。


 これがなかなかどうして見応えのある演技で、フィギュアスケートでも見ているようだった。もちろんあそこまで広い舞台ではない。けれどこの世界において、ここまでスピード感のあるダンスはあまり見られなかったのだろう。舞台正面の席に座るたくさんの組合員達から僕らがいる個室の貴族達まで、全体が大変な騒ぎとなっていた。


 僕はと言えば、舞台が濡れていない事に目を奪われていた。一体どのようにして実現させたんだろう? そのからくりがわからない。思わず魔眼を凝らし、集中してしまった。そして気付く。あれは、即時蒸発させているんだ。こんな事も出来るのか。熱が無くとも、水は気化する。それはあくまでも水の状態変化であり、ならば水術で充分再現可能なんだ。


 やるなあ、開発部……。ちょっと感動してしまった、悔しい。


 でもこれで、僕もいつでも滑れるな。水を足裏に付けて滑るやり方なら多少の凹凸も、石や砂利でも何とでもなる。今日は、来て良かった。つい見入ってしまって、気付けば魔法の分析に脳内をフル回転させていた。


 あれ、何しに来たんだっけ?







 余韻に浸る暇は、与えてもらえなかった。僕が柵の隅で一人感動しているところで、風が不穏な動きを捉えた。そちらには目もくれず、僕は魔法を使う。青い風が吹き、護衛対象をまとめてすっぽりと水が覆った。


 その表面で、打撃音が響く。


「何のつもりで武器を抜いたのかな、三人共?」


 ゆっくりと振り向けば、目でも事態が把握出来る。守られているのはミリヘルド様と女性の私兵二人。武器を手に取ったのはクーリー、キレル、グスタフの三人だ。


 三人の顔は嫌な表情に歪み、元々抱いていた印象は消え失せてしまった。


「何だこれは? これが水術だと言うのか!?」


 振り下ろされたのは、グスタフのメイスだった。二度三度とさらに打ち付けるけれど、水の壁は砕けない。残りの二人も剣を振るう。しかしその切っ先は、ほんの少しの傷を付けるに留まる。そしてその傷もすぐに消えた。


 ふむ、水術の硬いゴムのような壁でも案外壊れないもんだね。こりゃ充分だ。


 さて、この三人は暗殺者だったわけだ。面倒なんで、そのまま壁を変形させて捕縛した。さらに変形させて内側でぴっちり押さえ付け、武器は確保し、猿ぐつわを噛ませ、呼吸は出来るように空気の穴を通しておいてやる。最終的な形としては、円柱になった。


「以上、かな?」


 ふむ、攻撃せずに捕らえられたぜ。こうすれば良かったんだね。水、便利だなあ……。


 とりあえず邪魔なんで、部屋の端に転がしておく。


 女性三人は呆けたように、ぽかんとしている。せっかくお綺麗なのに台無……いや、これはこれで可愛いか。


 いち早く復活した私兵の一人が、疑問を口にした。


「ハルト殿は、気付かれていたのですか?」


「いや、気付いたのは今さっきですよ。武器を取るのがわかったんで」


「でも、完全に舞台に見入っていたように見受けられましたが……。あいや、さすがです。そのお年で銅は伊達ではなかったという事ですね」


 慌てて言い変えた。まあ、見入っていたけども。それでも風が捕捉してくれたからね。風の感知って、ある意味反則だよなあ。動きも呼吸もわかるから、気付かれないよう密かに動くとか絶対無理だもの。


 この三人からの事情聴取は、衛兵に任せるべきかな。僕がやったのでは当事者だし良くないよね。でも把握しておきたいしなあ。先に吐かせてしまうか?


 ミリヘルド様は少し怯えているようだった。標的は彼女だったのだろうし、無理もない。両膝を突いて目線を合わせている私兵の一人にくっ付いて、泣きはしないものの顔色は青くなっている。エルフだから今一年齢はわからないけど、僕の身体と同じか少し下くらいの見た目だ。その衝撃は如何ばかりか。不憫な……。


 そこへ、イルゲルド様一行が帰って来た。中の様子を見て度肝を抜かれている。何か、済まん。


「ハルト殿が捕まえて下さいました」


「そうかそうか」


 私兵の長らしき男性オーガが笑顔で返事し、いきなり抜刀した。一瞬間に合わず、僕のすぐ目の前でその女性の肩が深々と斬り裂かれる。その剣は魔術で弾き出して水術で止血、癒術で痛みを緩和させた。そして以降の攻撃は、全て見えない壁で退ける。


 速度の関係で、どうしても魔力そのものを使う魔術の方が速い。つまりは、水術を使うだけの時間を得られなかったんだ。


 ……その場にいる全員が、僕らに襲いかかって来たから。


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