移動手段獲得
ヘルミッドは上機嫌で魔法組合へと帰り、僕も手を振って別れた。水の上限定の移動手段だけど、移動のためと言うより完全に遊びだな。流行ったら嬉しいね。
でもこれから寒くなるんだよなあ。ウォータースケートは夏のスポーツだよね。来年の夏が楽しみだ。
一人残った僕は、しばし海の上に漂う。時計を見ればまだ十二時。宿へ帰るにはまだ早い。でも仕事をするには少し遅い。このまま移動のための魔法について考えていようか。
ウォータースケートは、水術師にしか出来ない。とは言え地術で地上を滑るには、地面は凹凸が多い。小石や砂利などもあって、摩擦を減らしても足で滑るには向かない。それこそスキー板のような物が要るだろう。しかしそれだって、平面を滑るのは大変だ。
やっぱり地上はタイヤで走るべきだろうか。馬が作れれば苦労しないんだけどなあ。
作った物を自動で動かす手段、何か無いか……。持続的に消費したとしても、それが自然回復を下回っていれば問題は無い。作るだけ作ってみるかな。
となれば、本物の馬を見なくては。
馬は、戦士組合で見せてもらう事が出来た。今日はタニアさんが出勤していて、裏手にある厩舎まで案内してくれた、尻尾を後ろにふりふりさせながら。動いとる、滅茶苦茶動いとる。
そこでは乗馬の訓練も出来るようで、何人かの戦士達が馬を歩かせたり走らせたりしていた。これは何とも都合が良い。
タニアさんに礼を言って、僕は彼らを観察させてもらう事にした。
「何だ坊主。馬に乗りたいのか?」
「いや、見物に来ただけだよ。馬が動いてるところを見たいんだ」
「馬が好きなのか? まあそれなら、存分に見て行くと良い」
厩舎の担当者が、そんな風に話して離れて行った。彼はオークだな。
担当者にも認めてもらえたし、じっくりと観察させてもらう。身体の動き、脚の運び、首の振り、などなど。作る上ではとにかく見て、頭に思い描けるようになる必要がある。特に今回は動きのあるものを作るつもりなんだ。慣れ親しむくらいでなければ難しい。
まあ、実際には完全な把握なんてそこまで必要ではない。何となくでも何とかなるのが魔法でもあるからね。
そうして、二日後となった。
僕は成果を試すために、見慣れてしまった北門を出る。馬のデザインは厩舎の、僕に懐いてくれた一頭のクレストクレスちゃん。綺麗な黒い体毛の牝馬だ。水で作るから、そこまでは再現出来ないけどね。
さて、僕は馬を作ると念じ、魔法を使った。すると出現した水の馬は、いきなり首を振って足踏みをした。そしてこちらを向いて、頭を下げて触らせてくれる。
動いとる、滅茶苦茶動いとるぞ……。
持続消費はしていない。つまり、本当に馬が出来てしまった。本気か、魔法すげえな……。
馬具もセットで現れているので、そのまま乗って脚の長さに合わせて調整すれば準備も完了だ。よし、このまましばらく乗って動かしてみよう。
揺れはやはりある。少し気持ち悪くなったけど、幸い癒術が効いた。なので、酔っても大丈夫だ。乗馬技術に関しては、見て覚えた事が活かせているようだ。案外何とかなった。
速度を上げさせてみる。駈歩と言ったっけ。オークさんに聞いた。結構速くて、僕が慣れるまで魔術の補助が要りそうだ。
もう一段上の襲歩は、今は止めておいた。僕が対応出来ないからね!
駈歩の三倍だ、なんて脅すんだもの。しばらくは控えておくよ……。
テトまでは徒歩で二日だ。二日と言っても一日当たり半日も歩いていない。そんな距離だ。それをこの疲れ知らずの馬で、駈歩で向かったらどの程度の時間で着くだろう。何となく興が乗って、確かめてみる事にした。
懐中時計は八時と表示している。レヴァーレストの北門から走る事は出来ない。衛兵に見られちゃうから。同様にテトの村までも行けない。でもその間だけでもわかれば充分だ。
「駈歩!」
僕の言葉に従って、水の馬が走り始める。リズミカルに街道を叩き、小気味良い音を響かせている。周りの景色が流れて行き、風が僕の顔にも身体にも強く吹き付けてくる。普通の自転車で全力に走ると速度としてはこれくらいだろうか。
騎乗する僕を前後に揺らせ、馬は駆けて行く。その内に慣れてきて、魔術の補助も要らなくなってきた頃に道幅がぐっと広がる。そこは中間の野営地だ。駆け抜けつつ時計を見ると九時を過ぎた頃だった。速っ。
何だかもう、ここまでで充分だよな。幸いこの野営地までは誰にも会わずに済んでいる。でも、色を染めた方が良いね。透明なままはまずい。何か良い手段は無いかと視線を巡らせた先に白い砂浜が見え、閃く。
……白馬って、良いよね。
水の馬を砂浜へと向ける。そしてそこに寝転がらせ、白い砂を取り込ませた。表面だけでも構わないんだけど、どうせならしっかり白く染め上げてみる。見事に馬具まで白に染まったけど、これで何処から見ても白馬となった。
クレストクレスちゃんをじっくり見れたおかげで、体毛まで再現出来ているのが良かった。細かな砂を使う事で白い体毛を作れたので、本当に白馬に見える。
後は目をどうにかしよう。反対側の草原から普通の土をもらって、瞳を茶色にした。馬具も部分的に茶色を採用して、少しは見られるように変えてみた。
ここまで整えてみると、消してしまうのが勿体ないな……。でも残しておくにも場所が無いからなあ。ここは諦めるしかない。
白馬が出来上がったところで、帰りも駈歩で行く。昼過ぎにはレヴァーレストまで到着していた。
そこでふと思い付く。バッグに入るんじゃないか?
試せば何の問題も無く入れる事が出来た。わざわざ作らなくてもよくなったな。となると、名前を付けてやりたくなるね。考えておこうか。
馬を作った翌日、何となく戦士組合へと顔を出してみる。いつも通りの賑わいで、騒がしいと思う反面ほっとするようにもなっていた。だんだんと慣れて、ここが自分の居場所だと思うようになっているのかもしれないな。
嫌なわけではないので、自分の事ながら微笑ましく感じている。
そろそろ残金も心許ないので、何か良い仕事をこなしておきたい。食材と諸々を買ったために、残りは銀貨が八枚と銅貨が少しだ。稼がないと白海豚亭に泊まれない。
そんなわけで、依頼を探す。今回ももちろん級無しだ。
するとタニアさんに声をかけられた。名前を呼ばれて、手招きされる。奥の部屋に行くのか? 呼ぶのは良いけど、色っぽく誘うのはやめてくれないかな。周りから面白半分に冷やかされて面倒臭い。
「ちょうど良かったわよ、ハルトさん。銅級扱いの護衛依頼があるんだけど、やってみない?」
応接室に入るなり、彼女はそんな事を持ちかけてきた。護衛依頼は良いんだけど、詳しい話を聞かないと何とも言えないよね。先を促すと、依頼書を一枚見せてくれた。
依頼者はイルゲルド・アールガルドと言う子爵位を持つ人物で、護衛対象はミリヘルドと言うお嬢さんのようだ。
「今度魔法組合で魔法発表会があるのよ。その席で護衛に当たる私兵を充分に確保出来なかったそうなの。そこで戦士組合に、足りない数を補充するために依頼が来たってわけ」
魔法組合の研究を見る良い機会だと、タニアさんは僕に片目を瞑って見せた。
これに行けば、ヘルミッドの発表も見られるな。
「報酬は銀貨十枚。すんなり終われば拘束も四時間ってところね。服は戦士組合のを貸し出すわ。武具も必要なら言って。待遇としてはそんなところかしら」
随分良い仕事だな。でも、気になる事はある。
「魔法発表会で、何故護衛がいるの?」
「貴族が出席するからね。暗殺者を差し向けたりとか、そういう事が過去にあったのよ」
「とんでもないな……」
権謀術数渦巻く世界だろうけど、それで敵わなきゃ実力行使か。嫌だねえ、なるべく関わり合いになりたくないねえ。
銀貨十枚ってのも、必要経費なのかもなあ。馬鹿らしい出費だ。
「戦士組合からは、今のところ三人派遣するわ。あなたが受ければ四人になるわね」
四人で銀貨四十枚の出費。すげえな。
「わりの良い仕事探してたし受けるけど、物騒な話だね」
「おかげで私達も儲かるんだけどね」
まあ、確かに。
襲う方じゃなくて守る方だから気は楽か。
その後は制服を借りて、武具は断る。扱えない物を持っても邪魔なだけだ。武器は自分を斬りかねないし、防具は重い。魔法で何とかするつもりだし、余計な物は借りる必要も無い。
「それじゃ、あちらには連絡しておくわ。三十日の朝、西地区のこの邸宅に行ってね」
一枚の地図を渡される。見れば細かくわかり易いように描かれていて、この地図ならば迷う事も間違える事も無いだろう。
それから依頼書にお互い署名して、受注が完了した。
それから当日まで、二度の襲撃を受けた。一度は街を散歩している時。もう一度は深夜の宿で。どちらも魔力を多く注いでいる魔眼が捉えてくれて、事無きを得ている。
この襲撃は当然、受けた依頼によるものだろう。何故僕が狙われたのか? 発表会の始まらない今襲ったところで何の意味がある? 奇妙だった。
ともあれ、きな臭い依頼になってきた。あらゆる危険性を考えて、護衛しなければならないだろうな。
これだから、貴族に関わりたくなかったんだよなあ。




